17.暴走
ペルカが、手を上げた。
「では、レオナルド様。どうぞ」
レオナルドが、中央に歩み出る。
その表情は相変わらず無機質だ。
笑顔がない。
「まずは、魔法をご覧ください」
ペルカが観客に向けて言う。
レオナルドが手を前に突き出した。
「紅蓮弾」
パッ。
炎の球が、手のひらに生成される。
オレンジ色の炎。
熱気が、会場に広がる。
「ほう…」
審査員の一人が、感心したように呟く。
バシュ!
炎の球が、的に向かって飛んでいく。
ズドンッ!
ど真ん中に命中した。会場がざわつき始める。
「耐火性の的が焦げてるぞ!なんて威力だ」
「恐ろしいな、あの若さであの腕前!さすがペルカ殿の教え子だ」
その言葉を聞いて、ペルカは満足そうに頷く。
しかしこの程度で満足するなと言わんばかりに…。
「次は連続で参ります。どうぞご覧ください」
レオナルドが、次々と紅蓮弾を放つ。
バシュ!バシュ!バシュ!
2発、3発、4発…。
「おお…」
観客たちが、前のめりになる。
10発、15発、20発…。
「すごい、まだ続けるのか!?」
「これは…天才だ!」
審査員たちの驚きの声。
耐火性の的が徐々に焦げていく。
表面が黒く、炭化していく。
「24発…」
ペルカが数えている。
「最後!25発目!」
バシュ!
最後の紅蓮弾が、的に命中した。
ズドォン!
的を支えていた支柱が吹き飛んだ。
本体の的は宙を舞っている。
「…っ」
審査員たちが息を呑んだ。
「これが、レオナルド様の実力です」
ペルカが誇らしげに言う。
「12歳で、連続25発の紅蓮弾。しかも耐火性の的を破壊までするとは…天才だ!!!」
「素晴らしい…!」
「完璧だ…!」
パチパチパチ…。
レオナルドの表情は変わらない。
ただ、義務を果たしたような顔だ。
「次は剣術です」
ペルカが言った。
「レオナルド様、どうぞ」
レオナルドが、腰から剣を抜く。
鋭い刃。磨き上げられた剣。
先ほど吹き飛ばした的は、まだ空中を飛んでいる。
目を細めて、狙いを定める。
「…っ」
レオナルドが動いた。
一瞬で落ちてくる”的”に接近。
間合いを詰める。
シュッ。
居合い斬り。一閃。
バサッ。
魔法で無傷だった”的”が、真っ二つに切断された。
「…」
会場が静まり返る。
驚いて皆リアクションを忘れていた。
次第に拍手が起こる。
パチパチパチパチ!
「素晴らしい!」
「噂に聞いていたが、これがペルカ殿の育児か!」
審査員たちが口々に賞賛する。
ペルカが満足気に微笑んだ。
「ありがとうございます。10年の経験の結果です」
レオナルドは、無表情のまま剣を鞘に収めた。
「では、次は…」
ペルカが俺たちを見た。
「イクノ・メン、お願いします」
「…ああ」
俺は立ち上がった。
「アリア、リュク、行こう」
「うん!」
「おう!」
2人が元気よく返事をする。
俺たちは中央に歩み出た。
審査員たちの視線が、俺たちに集まる。
「さて…審査員の方々の為に、簡単に紹介しましょう」
ペルカが書類を読む。
「こちらは、アリアちゃん2歳と、リュクくん10歳ですね?リュクくんは…セラド家出身。普通の家庭の子ですね」
「…」
「以前の魔力測定では…魔力値45。平均的な10歳児は100程度ですから、まあ半分以下ですね」
ペルカが、わざとらしく溜息をついた。
「育児師になって3ヶ月程度で、才能のない子を伸ばすなど…無謀ですわね。このような場に連れてくること自体、子供のことを考えてないのです。トラウマになるかもしれないのに」
「…」
俺は黙って聞いていた。
「…あら失礼。余計なお世話だったかしら?お気になさらずに、さあどうぞ」
ペルカが、手を広げた。
「見せていただきましょう。イクノ・メンの育児を」
「…ああ」
俺は、アリアとリュクを見た。
「アリア、いつものやつ」
「うん!」
アリアが両手を前に出す。
目を閉じて、集中する。
パッ。
光の玉が生成された。
「おお…」
「綺麗な球体だ」
「あんなに小さいのに」
会場の視線がアリアに集まる。
パッ。パッ。パッ。
2つ、3つ、4つ。
4つの光の玉が、アリアの周りに浮かんでいる。
俺とリュクから見たら、いつもの光景だが…。
「…っ!!!」
審査員の一人が、立ち上がった。
「2歳で…4つ!?」
「そんな馬鹿な!?」
「秀才の5歳児でも、1つが限界だぞ!」
会場が騒然とする。
思っていたとおりだ。
やはりアリアの年で、あれだけやれるのは異常なのだ。ペルカを見ると驚きで固まっていた。
「リュク、いつものやれるか?」
「おう!」
リュクが木剣を構える。
アリアが光の玉を一つ、リュクに向けて飛ばす。
ポーン。
リュクが木剣で軽く打ち上げる。
ポーン。
光の玉がアリアに戻る。
アリアがまた打ち上げる。
ポーン。
リュクが同じようにアリアに返す。
ポーン。
「魔法でボール遊び?」
審査員の一人が呟く。
2人は、笑顔で楽しそうに遊んでいる。
4つの光の玉が、リズミカルに行き来していた。
ポーン、ポーン、ポーン、ポーン。
「楽しそうだな」
「ああ…まるで家族のような…」
堅物そうだった審査員たちが、微笑ましそうに見ている。
「えへへ!」
アリアが嬉しそうに笑う。
「たのしい!」
「ああ、楽しいな」
リュクも笑顔だ。
ーーーレオナルドは、それを睨みつけながら見ていた。
「…」
何だあれは?楽しそうに笑う2人。
俺は、あんな風に笑ったことがあったか?
心の中で疑問が湧く。
…いや、ない。
俺の訓練は、いつもペルカ先生の監視下だった。
笑う余裕なんて、なかった。
でも…笑う必要なんてない。舐められるだけだ。
俺の方が強い。
俺の方が優秀だ。
なのに、なぜ協会関係者たちは。
「素晴らしい…」
「これが…本当の育児じゃないか?」
「2歳でこのレベル…歴史に残る天才だ!」
口々に賞賛する。
あいつら、俺を忘れたのか?
俺が…あれだけ努力したのに。たった2歳のガキが…。
ーーーアリアとリュクは、ボール遊びを終えた。
「やったー!」
アリアが嬉しそうに飛び跳ねる。
「イクメン、見てた?」
「ああ、よく頑張ったな」
俺は2人の頭を撫でた。
「リュクも、よくやった」
「うん…ありがとう」
リュクが照れくさそうに笑う。
「素晴らしい!」
審査員の男が、立ち上がった。
「イクノ・メン殿!あなたの育児は…歴史に残る!」
「ほほほ、2歳でこのレベルとは…恐れ入る!」
「アリアちゃんは、将来王国最強の魔法使いになるでしょう!」
口々に賞賛する審査員たち。
「…」
ペルカの顔が、引きつっている。
レオナルドへの賞賛は、もう聞こえない。
聞こえてくるのは、アリアに関しての感想だけだった。
ーーーレオナルドの顔が歪んだ。
俺は…俺は、何だったんだ?
10年間の訓練。毎日のスパルタ教育。
笑う余裕もなく、ただ訓練だけやってきた。
それが…2歳のガキに…負ける?
「ーーーふっざけるなぁぁぁ!!」
レオナルドが、叫んだ。
会場が、静まり返る。
アリアが俺のズボンにしがみつく。
「レオナルド様…?」
ペルカが驚いた顔で見る。
「俺が…!」
レオナルドが、前に歩み出る。
「俺がどれだけの努力をしたと思ってるんだ!!」
「レ…レオナルド様、落ち着いてください」
ペルカが制止しようとする。
「黙れ!」
レオナルドが、ペルカを振り払った。
「俺を差し置いて、出しゃばるな!」
レオナルドが、アリアに向けて手を突き出す。
「紅蓮弾!」
パッ!
炎の球が、生成される。
「おやめください、レオナルド様!」
ペルカが叫ぶ。
だが、レオナルドは聞かない。
バシュッ!!!
紅蓮弾が、アリアに向かって飛んでいく。
【愛情促進】の「守護の加護」が発動していたので、俺はアリアを抱えて逃げる準備ができていた。
だが、それよりも早く反応してる者がいた。
「させない!」
リュクだった。
俺とアリアの前に飛び出すと、木剣を構える。
「リュク!?危険だ逃げるぞ!」
「イクメンは下がってて!」
2発の紅蓮弾が迫る。
「はあああ!」
リュクが木剣を振る。
ボゴンッ!!!
1発目を床に叩き落として、木剣で叩きつぶした。
「あの威力の魔法を…剣で!?」
審査員の一人が、叫んだ。
ボゴンッ!バキィ!!!
リュクは、2発目も同じく叩きつぶそうとする。
だが木剣が焼け焦げて、耐えれなかった。
「くっ…!」
木剣が紅蓮弾を叩きつぶすと同時に、炭化して砕け散る。魔法の衝撃を殺すことができず、リュクは反動に押されてしまった。
「うわぁぁ!」
バシュ!バシュ!バシュ!
吹き飛ぶリュクに向かって、レオナルドは3発の紅蓮弾を撃ちこんできた。
「リュク!」
俺はアリアを置いて、急いで駆け寄る。
スライディングしながら、何とかリュクを受け止めた。そのまま転がるように動いて、紅蓮弾の回避にも成功する。
「リュク!大丈夫か!」
「う…うん…」
リュクが、苦しそうに呟く。
「よく頑張った」
俺は、リュクを優しく地面に降ろした。
「ぱぱ…!たすけて!」
アリアの声。
振り返ると、アリアが震えている。
レオナルドが紅蓮弾をアリアに放っており、間近に迫っていた。
「こわい…」
「アリア!!!」
俺はアリアの前に立った。
すでに火球は目と鼻の先で、逃げるヒマも避ける隙もない。ならやれることは1つしかない。
「アリアしゃがんでろ!!!」
俺は腕をクロスした。
ドォン!
1発目が俺の腕に直撃する。
熱い!服の袖が溶ける匂いが、鼻にこびりついた。
ドォン!
2発目も腕で受ける。相変わらず熱い!
衝撃で下がりそうになるが、すぐ足元でアリアが伏せているので、後退しないように踏ん張って堪える。
ドォン!ドォン!ドォン!
3発、4発、5発。
何発撃ちこんでるんだ!あのクソガキ!
爆音が鼓膜を震わす。
煙が立ち上り、何も見えなくなった。




