15.それぞれの想い
「また雨か…」
窓の外を見ると、どしゃ降りだった。
連日の豪雨だ。
おとといから外に出られていない。
「ぱぱ、そとであそびたい…」
アリアが、窓の外を見て寂しそうに言う。
「…そうだな」
公園に行けず、訓練も十分にできない。
家の中でできる運動は限られている。
アリアはボール遊びや簡単な魔法の練習。
リュクは腕立て伏せ、腹筋、素振りなど。
それくらいしかできない。
アリアもリュクも、体力が落ちているように見える。
「対決まで、あと1週間なのに…」
焦りが募る。
◇
それから更に数日。
俺は、家の中でできる限りの訓練を2人と続けた。
雨は今だに止む気配がない。
「リュク、腕立て伏せ」
「うん」
【育児眼】で、リュクの状態を確認しながら。
【父の温もり(コンフォート・オーラ)】を発動させて、2人の気持ちを安定させながら。
【愛情促進】で、少しでも成長を促しながら。
限られた空間での訓練。
でも、諦めるわけにはいかない。
子供たちに焦りを気づかれないように、表面的には平然としていた。
しかし、もしペルカに敗北したら、この生活はなくなるかもしれない。その考えが常に頭をよぎる。
育児師を剥奪されたら、2人を育てる権利がなくなってしまう。それだけは絶対に避けなきゃならない。
「アリア、光の玉を作ってみようか」
「うん!」
アリアが、手のひらに光の玉を作る。
俺は、毎日スキルを使い続けた。
子供たちの成長のために。
対決のために。
「いいぞ、リュク!もう10回増えたな!」
「本当だ!」
「アリア、3つ目も安定してきたぞ!」
「やったー!」
少しずつだが、確実に成長している。
でも、やはり限界がある。
外での訓練に比べると、どうしても制約が多い。
一見楽しそうに見えるが、室内だけだと子供たちのストレスが蓄積していってる。
精神的にあまりよくない状況だ。
小雨なら出歩いてもいいんだが、豪雨の中はさすがに気が引ける…。
◇
夜、2人を寝かしつけた後、俺は一人で考えていた。
「対決まで、あと3日。仮に明日雨が止んだところで、ぬかるんだ公園で遊ばせるのは危険だよな…」
せめて、広くて安全な訓練場があれば。
その時、視界にメッセージが表示された。
-----
【スキルレベルアップ!】
【育児眼Lv.2 → Lv.3】
【父の温もり(コンフォート・オーラ)Lv.2 → Lv.3】
【愛情促進Lv.2 → Lv.3】
全てのスキルがレベルアップしました!
-----
「…スキルが、レベルアップした」
毎日使い続けた結果か。
突然だったが、確かに実感はあった。
あれだけ使ったのだから。
-----
【新機能解放!】
機能名:**空間作成**
効果:
- 訓練・遊び用の安全な空間を作成できる
- 訓練道具の生成・設置
- 遊具の配置
- 天候の影響を受けない
- 使用後は消去可能
使い方:「空間作成」と念じる
-----
「…こ、これは?」
俺は、メッセージを読み返した。
「訓練用の空間を作れる…」
これは、まさに今必要なものだ。
「試してみるか」
自室の中で立ち上がった。
窓の外では、雨が激しく降り続けている。
「空間作成」
心の中で念じた。
その瞬間、部屋の空気が歪んだ。
ボワン…
光が広がり、部屋の中に空間が出現した。
「…すごい、なんだこれ」
部屋の中に、さらに別の空間が広がっている。
透明なドーム状の空間。
広さは約20m四方くらいだろうか。
部屋の壁を突き抜けて、外にまで広がっているように見える。
でも、部屋の家具はそのまま。
空間は、物理的な障害を無視しているようだ。
俺は、恐る恐る空間の中に入った。
「…っ」
世界が、変わった。
もう、部屋じゃない。
そこには広々とした訓練場が広がっていた。
地面は柔らかいマット。
そして、訓練器具が並んでいる。
木製の訓練用剣、的、障害物コース。
隅には、遊具まである。
滑り台、ブランコ、鉄棒。
まさに俺が思い描いていた、理想の場所だった。
「ここなら…!」
俺は、確信した。
雨だろうが雪だろうが嵐だろうが関係ない。
リュクとアリアに、思いっきり体を動かさせてあげられる。
空間の端まで歩いてみる。
透明な壁に触れると、ふわりと跳ね返された。
痛くはない。
「安全だな」
そして、空間から出てみる。
一歩踏み出すと、再び自分の部屋。
「出入りも自由か。明日、2人を連れてこよう」
俺は一旦、空間を消去することにした。
「空間消去」
ボワン…
光が消え、ドームが消失する。
また普通の部屋に戻った。
「完璧だ」
対決までの最終調整もできそうだ。
◇
翌朝。
「リュク、アリア、ちょっと来てくれるか?」
「なあに、ぱぱ?」
「2人に見せたいものがあるんだ」
俺は、2人を庭に連れて行った。
雨は、まだ降り続けている。
「うわ、あめ…。さんぽするの?」
「イクメン、さすがにこの中出歩いたら…風邪ひいちゃうよ」
「まぁ大丈夫、見ててくれ」
俺は昨晩やったとおりに、その場に空間を作成する。
「空間作成」
ボワン…
光が広がり、訓練場が出現する。
「わあああ!すごい!」
アリアが、目を輝かせた。
「ぱぱ、これなあに!?まほう?」
「まあ…そんなかんじだよ」
「すごいすごい!あめがはいってこない!」
アリアが、中に飛び込んだ。
「わーい!」
遊具に飛びついて、嬉しそうに遊び始める。
「…イクメン」
リュクが、俺を見つめている。
「これ…どうやって?」
「ん?」
「こんなこと、普通の人にはできない…よね?俺バカだけどそのくらい分かるよ」
リュクの目が真剣だ。
「イクメンって、もしかして…」
「…リュク?」
「…いや、何でもないよ」
リュクは、俺から視線を外した。
でも、その表情には疑問が浮かんでいる。
何かに気づき始めている?
俺が、普通の育児師じゃないことに。
「リュク、とりあえず入ってみよう!」
「…うん」
リュクが、空間の中に入る。
「すごい…本当に雨が入ってこない」
「ああ。ここなら天気関係なく、思いっきり訓練できる」
「うん!」
リュクが、木剣を手に取った。
「じゃあ、素振りから始めるか?」
「おう!」
リュクが、剣を振り始める。
1週間ぶりの、思いっきりとした訓練。
リュクの動きが、生き生きとしている。
「いいぞ、リュク!」
「はあ、はあ…!見ててよイクメン!」
「ああ。見てるぞ」
リュクが何度も剣を振る。
汗が流れる。
キツイはずなのに、その顔は笑っていた。
「ぱぱ、見て!」
アリアが、滑り台を滑る。
「すごいぞ、アリア!」
「えへへ!」
2人とも、イキイキしてて楽しそうだ。
1週間の鬱憤が、晴れたように。
俺は安堵した。
◇
それから2日間。
俺たちは、空間の中で訓練を続けた。
**リュクの訓練:**
- 素振り100回
- 腕立て伏せ30回
- 障害物コースをダッシュ
- 的当て練習
**アリアの訓練:**
- 光の玉の操作
- 3つの玉を同時に動かす
- 魔力のコントロール
- 遊びながら学ぶ
2人とも、確実に成長している。
「リュク、いい動きだ!その調子だ」
「うん!」
リュクの動きが、以前より速くなった。
剣の振りも、滑らかだ。
「アリア、今度は4つ作ってみよう」
「よっつ?」
「できるか?」
「…やってみる!」
アリアが、集中する。
右手に一つ、左手に一つ、頭の上に一つ、そして…。
「…できた!」
4つ目の光の玉が、背中の後ろに浮かんだ。
「で、出来てしまった…!凄いぞアリア」
「やったー!」
2歳で4つの光の玉を同時に操る。
きっと誰もが異常だと言うだろう。
でも、それがアリアの才能。
「よし、これなら大丈夫だ」
対決まで、あと1日。
準備は、整った。
【その頃、ペルカ側】
王都中心部。
シュナイダー育成院。
ペルカは、レオナルドの最終調整をしていた。
「レオナルド様、もう一度!」
「は、はい…」
レオナルドが、的に向けて魔法を放つ。
得意の紅蓮弾。
バシュ!
的に命中する。
「連続20発!」
「…にっ!?」
レオナルドが、再び魔法を放ち続ける。
汗が、滝のように流れる。
息がとてつもなく荒い。
「19、20…」
レオナルドが、膝をついた。
「はあ…はあ…」
「休憩は許しません。次は剣術です」
「は…はい」
レオナルドが、ふらふらと立ち上がる。
その顔には笑顔がない。
ただ、義務を果たすような表情。
「レオナルド様、明日が本番です」
「…はい」
「あなたは、完璧に育っています」
「相手の子供たちなど、敵ではありません」
「…はい」
レオナルドが、剣を握る。
でも、その手は震えている。
疲労とペルカのプレッシャーで。
「高速素振り100回!」
「…はい」
レオナルドが、剣を振り始める。
1、2、3…
でも、50回を過ぎたあたりで、動きが鈍くなった。
「もっと早く!集中してください!」
「…っ」
レオナルドが、歯を食いしばる。
51、52、53…。
ペルカは、その姿をずっと見つめていた。
「完璧ね…」
レオナルドの表情はというと、疲れ切って笑顔がなかった。一瞬休ませるべきか迷うが、すぐにペルカは首を振った。
「大丈夫、結果が全てなんだから。明日、勝てばいい」
自分に言い聞かせる…が。
ペルカの心の奥底で、なんとも言えない小さな不安が渦巻いていた。
【場所は戻って、イクメン側】
夕食後、俺はリュクとアリアを呼んだ。
「2人とも、少し話がある」
「なあに、ぱぱ?」
「どうしたのイクメン」
「明日、お披露目会があるんだ」
「おひろめかい?」
「うん。お前たちが、どれだけ成長したか、みんなに見てもらう会だ」
「楽しそう!」
アリアが、嬉しそうに飛び跳ねる。
「…なんでいきなり。緊張する」
リュクが少し不安そうに言う。
「リュク、緊張しなくて大丈夫だ」
俺は2人の頭を撫でた。
「お前たちは十分頑張った。だから、明日は楽しもう。いつも通り、自分たちができることを見せればいい」
「うん!そうする」
「そういうなら、分かったよイクメン」
2人が笑顔で頷いた。
対決…なんて言えない。
俺は心の中で思った。
子供たちに、そんなプレッシャーはかけたくない。
だから明日やるのは、ただの「お披露目会」だ。
楽しく、自分たちの成長を見せる場所。
それでいい。
「じゃあ、明日に備えて早く寝ようか」
「はーい!」
「うん」
2人を寝かしつけた後、俺は一人で考えた。
「明日…」
ついに対決当日、ペルカとの勝負だ。
男性育児師の未来がかかっている。
「俺は俺のやり方でいくぞ、ペルカ」
子供たちを楽しませ、笑顔にする。
それが俺の育児だ。
「…勝つさ」
俺は決意を固めた。
2人を寝かしつけた後、俺は改めて確認することにした。
「まずは、アレを見てみるか」
俺は育児眼を発動した。
最初はアリアから。
-----
【アリア・フォンブラウン】
年齢:2歳5ヶ月
状態:良好(健康・情緒安定)
**才能:**
- 魔力:SSS
- 魔法適性:SSS → SSS+(上昇!)
- 剣術:A
- 指揮能力:S
- 知力:B
**現在のスキル:**
- 光の玉生成(熟練)
- 複数同時操作(4つまで可能)
- 魔力コントロール(2歳児としては異常な精度)
**成長予測:**
適切な育成を継続すれば、10代で王国最強の魔法騎士になる可能性
現在の育成方針:最適
**精神状態:**
安定。幸福度:非常に高い
家族への愛情:深い
-----
「えっと、魔法適性が…SSS+!?なんだこれ!」
思わず大声が出てしまい、急いで口に手を当てる。
もはや機械で測定しようものなら、エラーが出るレベルだろう。たった数ヶ月でここまで成長するとは。
おそるべし少女アリア。
毎日の訓練、楽しみながら学ぶ姿勢。
そして、【父の温もり(コンフォート・オーラ)】の成長加速効果。全てが合わさった結果だ。
次にリュクを見る。
-----
【リュク・セラド】
年齢:10歳
状態:良好(体調回復・精神状態改善中)
**才能:**
- 魔力:D
- 剣術:C → C+(上昇!)
- 知力:D → D+(上昇!)
- 器用さ:E → D(上昇!)
- 精神力:B
**現在のスキル:**
- 基礎剣術(習得中)
- 基礎体力(向上中)
- 仲間との連携(開花中)
**成長予測:**
才能は平凡以下。
しかし、「守りたい」という強い想いを持つ。
適切な育成を継続すれば、家庭騎士として覚醒する可能性。
想いの強さが、才能の限界を超える。
**精神状態:**
トラウマ:軽減中(【父の温もり(コンフォート・オーラ)】の効果)
幸福度:高い
家族への愛情:深い
決意:「イクメンとアリアを守る」
**特記事項:**
育児師が普通ではないことに気づき始めている。
しかし、それが信頼を損なうことはない。
むしろ、尊敬と感謝の念が強まっている。
-----
「リュク…成長してる」
剣術がC+に。
知力もD+に。
器用さもDに。
わずかな上昇かもしれない。
それでも確実に成長している。
「これは才能じゃない。努力だ」
リュクの毎日の訓練、諦めない心。
それがこの成長に繋がっている。
「心配するな。お前は強くなってる」
俺はリュクの寝顔を見つめた。
「明日お前たちの成長を、みんなに見せてやろう」
◇
翌朝、対決当日。
カーテンを開けると、眩しい日差しが顔を出す。
ここ最近の悪天候が嘘のようだ。
「リュク、アリア、朝だぞー」
「んー…ぱぱ、まだねむい」
「今日は、お披露目会だぞ」
「…あ!そうだった!」
アリアが、飛び起きる。
「おはよう、ぱぱ!」
「アリアおはよう」
リュクも、起きてきた。
「おはよう、イクメン」
「リュクおはよう。朝ごはん食べよう」
3人で朝食を食べる。
アリアはいつも通り元気だ。
リュクは、少し緊張しているようだが、表情は明るい。
「よし、準備しよう」
俺たちは身支度を整えた。
アリアには可愛らしい、フリフリのついた綺麗なドレス。リュクには、シンプルだが清潔な服。
「ぱぱ、かわいい?」
「ああ!とても可愛いぞ」
「えへへ」
「リュクもいいぞ!格好いいな」
「…ありがとう」
リュクが、少し照れくさそうに笑う。
「じゃあ、行こう」
「うん!」「おう!」
俺たちは家を出ようとする。
するとドアからノックが聞こえてきた。
今から出るところなのに、誰だろう?
俺は子供たちと顔を見合わせながら、ドアを開けた。
 




