11.ペルカの偵察
リュクが家に来てから、更に時間が経過した。
2人の生活のリズムができてきた。
ルーティンってやつだ。
**1日のスケジュール:**
- 朝6時:起床
- 朝食
- 午前:基礎体力訓練、魔法練習
- 昼食
- 午後:外遊び、知育
- 夕食
- 夜:読み聞かせ、就寝
規則正しい生活が、子供の成長には欠かせない。
決まった時間に起きて、決まった時間に寝る。それだけで体内時計が整い、成長ホルモンの分泌が促進される。特に夜10時から深夜2時のゴールデンタイムに深く眠れるかどうかが重要だ。
リュクのようにトラウマを抱えた子供には、予測可能なリズムがさらに大切になる。「次に何が起こるか分かっている」という安心感が、心の安定に繋がる。
◇
朝の訓練。
「リュク、今日も腕立て伏せからだ」
「うん!」
リュクが腕立て伏せを始める。
「1、2、3…」
以前は5回が限界だった。
でも今日は…
「8、9、10!」
「やった、10回できた!」
リュクが嬉しそうに笑う。
「すごいぞ、リュク!2週間前は5回だったのに、今日は10回もやれたじゃないか!」
「…本当だ」
リュクが、自分の手のひらを見る。
「俺、強くなってる…?」
「ああ!確実にな」
「次は腹筋だ。10回やってみよう」
「おう!」
リュクの目が、輝いている。
【父の温もり(コンフォート・オーラ)常時発動中】
リュクとアリアの成長が、少しずつ加速している。
でも、スキルだけじゃない。
大事なのは、この子たちのやる気と、毎日の積み重ねだ。
リュクの訓練が終わった後、今度はアリアの番だ。
「アリア、魔法の練習しようか」
「うん!やる!」
アリアが嬉しそうに手を上げる。
「じゃあ、いつもの光の玉を作ってみて」
「はーい!」
アリアが集中する。
「…えい!」
ポワンと、光の玉が現れた。
以前より、安定している。
「すごいな、アリア!前より綺麗だ」
「えへへ」
「じゃあ、今度はもう一個作ってみようか」
「もういっこ?」
「うん。右手と左手、両方で」
「…むずかしそう」
「大丈夫、ゆっくりでいいから」
アリアが、再び集中する。
右手に一つ、左手に一つ。
「…できた!」
両手に、小さな光の玉。
「すごい!アリア、天才だな!」
「やったー!」
アリアが飛び跳ねる。
2歳でこれは、本当に凄い。
でも、無理はさせない。
「今日はここまで。疲れたろ?」
「うん、ちょっとつかれた」
「よし、休憩しよう」
俺は、アリアに水を渡した。
魔法の才能は確かにすごい。
でも、それ以上に大事なのはアリアが楽しんでいること。
幼児期の学習は「遊び」であるべきだ。子供は遊びを通じて学ぶ。楽しいと感じたことは自然と身につくが、嫌々やらされたことはすぐに忘れてしまう。だから俺は、魔法の練習も「遊び」として教えている。
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【称号獲得!】
称号:**「小さな成功の積み重ね」**
取得条件:子供に小さな成功体験を与え、自信をつけさせた
保有称号数:9個 → 10個
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特訓の後は3人で、昼食を食べる。
2人は帰ってからずっと椅子に座って、料理の出来上がりを今かと待っていた。可愛いものだ。
「今日は、野菜たっぷりのシチューだ」
「わーい!」
アリアが嬉しそう。
「リュク、しっかり食べろよ」
「うん」
リュクは、以前より食欲が出てきた。
栄養状態も、少しずつ改善している。
「イクメン、これおいしい!」
「そうか、良かった」
リュクが、自分から話すようになった。
心を開いてくれている。
「ぱぱ、おかわり!」
「はいはい、アリアはよく食べるな」
「おいしいもん!いくらでもたべれる!」
3人で、笑い合う。
食事は栄養を取るだけの時間じゃない。
家族が集まって会話をする、大切なコミュニケーションの場だ。楽しい雰囲気で食べると食欲も増すし、会話を通じて社会性も育つ。だから俺は、食事の時間を大切にしている。
テーブルを囲んで、今日あったことを話す。
それが、家族を作ると信じて。
食事が終わったら少しゆっくりする。
一息ついたら、みんなで出かける準備をした。
午後は3人で公園だ。
「リュクお兄ちゃん、あそぼ!」
「ああ」
リュクとアリアが、遊具で遊ぶ。
すると、他の子供たちが近づいてきた。
「ねえ、一緒に遊ぼうよ!」
「…え?」
リュクが戸惑う。
「だめ…かな?」
「い、いや…えと」
リュクが、俺を見る。
俺は、頷いた。
「…いいよ!」
「やったー!」
子供たちが、リュクを遊びに誘う。
最初、リュクは戸惑っていた。
きっと初めてだったのだろう。
でも次第に、少しずつ、笑顔になっていく。
「走るの、速いね!」
「そ、そうか?」
「うん!鬼ごっこしようよ!」
「…いいよ!」
リュクが他の子供たちと走り回る。
笑い声が公園に響く。良かった。
リュクに友達ができた。
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【称号獲得!】
称号:**「仲間との絆」**
取得条件:子供が他者と友情を築くのを見守った
保有称号数:10個 → 11個
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遊び終わって、汗をかいたリュクが戻ってきた。
「楽しかったか?」
「うん」
リュクが、照れくさそうに笑う。
「友達、できたな」
「…うん。みんな、優しかった」
「そうか」
リュクの顔が明るい。本当の笑顔だ。
「また、明日も遊ぼうって」
「良かったな」
「…イクメン、ありがとう」
「ん?」
「俺、ずっと一人だった」
「…」
「でも、イクメンが拾ってくれて」
「アリアと、友達ができて」
リュクの目から、涙がこぼれそうになる。
「俺、幸せだ」
「…リュク」
俺は、リュクの頭を撫でた。
「これからも、ずっと一緒だ」
「…うん」
リュクが、俺の手を握った。
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【称号獲得!】
称号:**「子供の笑顔」**
取得条件:心を閉ざしていた子供が、再び笑えるようになった
保有称号数:11個 → 12個
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◇
夕食後、3人で絵本を読む。
「昔々、あるところに…」
アリアとリュクが、俺の両脇に座っている。
「ぱぱ、このおはなしすき」
「そうか」
リュクも、静かに聞いている。
「…めでたし、めでたし」
「おわっちゃった」
「もう一回読む?」
「うん!」
アリアが嬉しそう。
「リュクは?」
「…俺も、聞きたい」
「よし、じゃあもう一回」
もう一度、同じ絵本を読む。
2人とも、幸せそうな顔をしている。
次第に眠そうな顔になってきた。
本を閉じて声かけをする。
「おやすみ、アリア」
「おやすみ、ぱぱ」
「おやすみ、リュク」
「…おやすみ、イクメン」
2人とも、すぐに眠った。
【父の温もり(コンフォート・オーラ)】の効果で、よく眠る。本当にいいスキルだ。
俺は、2人の寝顔を見つめた。
「良い夢を見ろよ」
そっと、部屋を出る。
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【称号獲得!】
称号:**「安らぎの時間」**
取得条件:子供たちに安心と愛情を感じられる時間を作った
保有称号数:12個 → 13個
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◇
翌日の午後。
リュクとアリアが公園で遊んでいる時だった。
「イクノ・メン」
聞き覚えのある声。
振り向くと、なんとペルカが立っていた。
高級なドレス、完璧に整えられた髪。
最初に会った時と雰囲気が変わってない。
「…ペルカ、久しぶりだな」
「ええ。それより、お時間よろしいかしら」
ペルカが、冷たい笑みを浮かべる。
「視察に来たの。アポなしで悪いけれど」
「…視察?」
「対決前に、あなたの育児を確認させていただくわ」
ペルカが、公園で遊ぶリュクとアリアを見た。
「あれが、あなたの育てている子供たち?」
「ああ」
「ふうん…」
ペルカが、何かを考えている表情で近づいていく。
慌てて俺もペルカの後を追った。
「リュクお兄ちゃん、まてー!」
「遅いぞ、アリア」
リュクとアリアが、鬼ごっこをしている。
2人とも、笑顔だ。
ペルカが、その様子を黙って見ている。
「…」
しばらくして、ペルカが口を開いた。
「金髪の子が、アリア・フォンブラウンね」
「ああ」
「2歳…にしては、やけに運動能力が高いわね」
ペルカの目が、細くなる。
「それにもう一人の子は?」
「リュク・セラド。10歳だ」
「セラド…ああ、火事で両親を亡くした子ね」
「…ああ」
「引き取ってから、どのくらい?」
「2週間ちょっとだ」
「2週間…?」
ペルカが、リュクを見つめる。
リュクが、他の子供たちと笑い合っている。
「…おかしいわね」
「何が?」
「セラド家の子は、才能がないと聞いていたのだけれど」
ペルカが、俺を見た。
「あの子、動きが良すぎる」
「…」
「2週間でここまで変わるなんて」
ペルカの声に、わずかな動揺がある。
「何をしたの?」
「何もしてない。ただ、毎日訓練してるだけだ」
「訓練…」
ペルカが、考え込む表情をした。
そして、アリアに視線を移す。
「アリアちゃん、こっちにいらっしゃい」
「…?」
アリアが、ペルカの方を見る。
「だれ?」
「私はペルカ。少しお話ししたいの」
アリアが俺の方を見る。
俺は黙って頷いた。
「ぱぱがいいっていうなら…」
アリアが、ペルカの前に来る。
「アリアちゃんは、魔法は使える?」
「うん!ひかりのたま、つくれるよ!」
「…そう。じゃあ見せてくれるかしら」
「いいよ!」
アリアが、手のひらに光の玉を作る。
ポワン。
安定した綺麗な光の玉だった。
俺はペルカの後ろで、つい得意げな顔をしてしまった。
「…」
黙っている。
なにも言わないのか?
少しだけ前に移動して顔を確認する。
「…っ!」
ペルカの目が、見開かれていた。
こいつもこんな顔するのか。
「もういっこもできるよ!」
アリアがサービスと言わんばかりに、両手に光の玉を作る。右手に一つ、左手に一つ。
「…嘘でしょ?」
ペルカが、息を呑んだ。
「2歳で、魔力のコントロールがここまで…」
ペルカが、俺を見た。
「この子に才能があるのは間違いない。でも成長が異常すぎるわ!どうやって教えたの!?」
「遊びながらだ。無理強いはしてない」
「遊び…?」
ペルカが、信じられないという表情をした。
「私は10年間、エリート教育をしてきたわ。厳格なスケジュール、徹底した訓練。それでも、2歳でここまでの子は…見たことがない」
ペルカの声が、震えている。
「あなた、本当に独学なの?」
「ああ」
「…信じられないわ」
ペルカが、リュクとアリアをもう一度見た。
「2人とも、表情が明るい。情緒も安定しすぎているくらいだわ。これをこんな短期間で?」
ペルカが、唇を噛んだ。
「…失礼するわ」
「もう帰るのか?」
「ええ。見るべきものは見たわ」
ペルカが踵を返す。
その背中が少し震えているように見えた。
「イクノ・メン」
ペルカが、振り返らずに言った。
「あなたを侮っていたわ」
「…」
「でも、対決の結果は変わらない」
「私には、今まで築きあげた完璧な育児がある」
そう言って、ペルカは去っていった。
ペルカが見えなくなってから、俺は小さくため息をついた。
「…やっぱり来たな」
予想はしていた。
でもこれほど早く来るとは思っていなかった。
「ぱぱ、あのおねえさん、だれ?」
「近所のおばさんだよ」
「ふーん」
アリアは、すぐに遊びに戻った。
リュクが、心配そうに俺を見る。
「イクメン、大丈夫?」
「ああ大丈夫だ」
俺はリュクの頭を撫でた。
「お前たちは、ちゃんと育ってる。それだけで、十分だ」
リュクが、少し安心した顔をした。
「…うん」
◇
その夜。
2人を寝かしつけた後、俺は一人で考えていた。
ペルカの反応。あれは、驚きと…焦りだった。
「俺の育児が、予想以上だったんだろう」
でも、ペルカには完璧な育児がある。
10年のキャリア。
数十人を成功に導いた実績。
「…負けられないな」
リュクとアリアのためにも、対決まで残された期間。やれるだけの事をやるしかない。
俺は窓の外を見た。
月が静かに輝いていた。




