【転生JKは無能騎士(笑)】でも最強の固有魔法《クリエイター》で、ラスボス魔女を攻略しちゃいました!?
第1章:目的のない日常とSNSの光
茅ヶ崎渚は、どこか宙ぶらりんな毎日を送っていた。異世界に転生して数年、彼女はごく普通の高校生として生活していた。朝、カーテンから漏れる柔らかな陽光で目を覚まし、身支度を整えて学校へ向かう。教室では、先生の話を聞いているようで聞いていないような、うつろな時間を過ごした。
隣の席の友人、リゼが小声で「今日の放課後、新作のパンケーキ食べに行かない?」と囁くのに、愛想笑いを浮かべ「んー、いーよ」と返事をする。そんな他愛もないやり取りが、渚の日常の全てだった。
特別な夢も、打ち込む目標もない。この世界に来てから、ずっとそんな調子だった。前世の記憶は朧げで、たまにフラッシュバックのように蘇る断片的な映像は、どれも病室の白い天井や点滴の管ばかり。
自分がどうやって死に、なぜこの世界に来たのかも、漠然とした「病死」という認識があるだけで、詳しいことはまるで分からなかった。だからだろうか、渚はいつも、何か物足りなさを感じていた。
心のどこかで、自分を突き動かす「何か」を探し求めているような、そんな漠然とした焦燥感が常に胸の奥底にあった。
唯一、渚がひっそりと情熱を注いでいたのは、小説を書くことだった。誰かに強制されたわけでもなく、ただ漠然と「物語を紡ぎたい」という衝動に駆られて、気がつけばペンを握っていた。ノートに文字を綴る時間は、渚にとって唯一、自分と向き合える、静かで充実したひとときだった。
彼女が書くのは、どこかファンタジーの世界を描いた物語が多かった。この異世界での生活が、無意識のうちに想像力を刺激しているのかもしれない。
「ねぇ、ナギっていつも何か書いてるよね?日記?」
リゼが時々、興味深そうに渚のノートを覗き込むことがあった。そのたびに渚は慌ててノートを閉じ、「ううん、ただの落書きだよ」とごまかした。誰かに見られるのは、少し恥ずかしかった。いや、恥ずかしいというよりも、この「落書き」が、自分にとって唯一の秘密めいた場所だったからかもしれない。
それでも、せっかく書いたのなら、誰かに読んでもらいたいという漠然とした思いもあった。だから、渚はひっそりと神様ネットワークのSNSで、自作を宣伝するアカウントを運用していた。この世界のSNSは、神の恩恵を受けた魔法的なツールで、瞬時に情報を拡散させることができた。
しかし、渚の投稿は、いつも反応が芳しくなかった。フォロワーは増えず、コメントも「いいね」もほとんどつかない。まるで砂漠に水を撒くような虚しさを感じながらも、それでも渚は、どこか義務的に投稿を続けていた。
放課後、リゼとパンケーキを食べ終え、だらだらと神様ネットワークを眺めていた時のことだ。いつものように流れてくる他人の投稿をぼんやりと見ていた渚の目に、あるアカウントの投稿が留まった。
それは、美しいイラストと共に投稿された、小説の抜粋だった。タイトルは『星辰の詩』。
渚は吸い込まれるようにその文章を読み始めた。流麗な筆致で描かれるのは、どこか遠い過去の出来事のような、そしてこの世界のどこかにあるような、それでいて全く知らない、幻想的な情景だった。登場人物たちの紡ぐ言葉は詩的で、感情の機微が繊細に表現されている。何よりも、その世界観が、渚の書く小説とは全く異なる、独自の色を持っていた。
「……すごい」
思わず声が漏れた。胸の奥で、何かが強く揺さぶられるのを感じた。それは、彼女自身の小説にはない、圧倒的な「光」のようなものだった。渚は、これまで感じていた物足りなさや漠然とした焦燥感が、この小説の光によって少しずつ満たされていくような感覚に陥った。まるで、ずっと探していた「何か」が、この文章の中に隠されているかのような錯覚。
ページをスクロールし、作者のアカウント名を確認する。その名は「ベル」。渚は、ベルの他の投稿も次々に読み漁った。どの作品も、読者の心を深く捉える力を持っていた。彼女の紡ぐ物語は、渚の心を強く揺さぶり、忘れかけていた小説への情熱を、再び燃え上がらせていく。
気がつけば、渚はベルのアカウントにメッセージを送っていた。
『あの、突然すみません。ベルさんの小説、とても素晴らしいです。特に『星辰の詩』、感動しました……!』
ありきたりな言葉しか出てこなかったが、この思いを伝えずにいられなかった。送信ボタンを押すと、胸がドキドキと高鳴る。返信が来るだろうか。こんな突然のメッセージに、迷惑に思われないだろうか。
しかし、数分後、意外なほど丁寧な返信が届いた。
『メッセージ、ありがとうございます。私の作品を読んでくださって、とても嬉しいです。茅ヶ崎渚さんの小説も、拝見させていただきました。独特の感性をお持ちで、今後の作品も楽しみにしていますね。』
ベルからの返信は、渚の心を温かく満たした。自分の小説を読んでくれたことへの驚きと喜び、そして、何よりもベルという存在が、自分の生活に小さな「光」をもたらしてくれたことへの、言葉にならない感謝。
この出会いは、目的もなく日々を過ごしていたナギの生活に、確かな意味を与え始めた。彼女は無自覚ながら、ベルという存在に強く惹かれ、彼女に自身の満たされない心の隙間を埋める可能性を見出し始めていた。これからの日々が、少しだけ、いや、きっと大きく変わっていく予感がした。渚の異世界での物語は、この「ベル」との出会いから、真に動き出すのだった。
第2章:深まる絆と高まる疑念
ベルとの出会いは、ナギの日常に鮮やかな色彩を添えた。SNSでの交流は日を追うごとに深まり、二人は互いの小説について語り合った。ベルの的確な批評と、物語に対する深い洞察力は、ナギの創作意欲を刺激し、彼女の書く文章に新たな広がりを与えていく。
「ベルさんの表現って、どうしてあんなに綺麗なんですか?私、いつも語彙が足りなくて悩んでるんです」
『小説は、言葉のパズルみたいなものよ。一つ一つの言葉に意味を持たせて、それを組み合わせていくの。茅ヶ崎渚さんの作品は、物語の根底に流れる優しさが素晴らしいわ。それに、独特の視点も持っている。』
そんなベルからの返信を、ナギはいつも心待ちにしていた。通知音が鳴るたびに胸が高鳴り、ベルからのメッセージがあるだけで、その一日が輝いて見えるようだった。無自覚のうちに、ナギはベルの存在に強く依存し始めていた。彼女の言葉が、自身の創作活動に不可欠な栄養だと感じるようになっていたのだ。
やがて、小説以外の個人的な話もするようになった。日々の出来事、学校での小さな悩み、感動したこと、笑ったこと。物理的に離れていても、まるで隣にいるかのように互いの存在を感じることができた。
ある時、ベルが言った。「そろそろ、合作で何か書いてみない?」
ナギは驚き、そして胸を躍らせた。自分の作品に自信がなかっただけに、憧れのベルから持ちかけられた提案は、何よりも嬉しいものだった。
『合作!?私なんかで、大丈夫ですか?』
『ええ、あなたの感性と私の感性が合わさったら、きっと一人では生み出せない、新しい物語が生まれるはずよ。』
そうして始まった合作小説は、二人の絆をさらに強固なものにした。互いの得意な部分を活かし、アイデアを出し合うことで、物語は予想もしなかった方向へと膨らんでいく。ナギは、小説を書くことの楽しさや、誰かと分かち合う喜びを、ベルを通じて改めて知った。彼女はベルの才能や考え方に深く傾倒し、その存在が自身の創作活動、ひいては日々の生活に不可欠だと感じていた。
合作小説の進捗を祝うかのように、あるいは単なる偶然か。ある日、神様ネットワークの「神様通販」を眺めていた二人は、同時にある商品に目を留めた。「ブランドG」の腕時計だ。シンプルでありながら洗練されたデザインに、互いに「これ、いいな」と感じ、相談の上、お揃いで購入することに。
『物理的に離れていても、これでベルさんと繋がってるみたいですね!』
ナギはそうメッセージを送り、実際に届いた腕時計を腕につけてみた。ひんやりとした金属の感触が、ベルとの目に見えない繋がりを、より強固なものにしてくれるように感じられた。この腕時計は、ナギにとってベルとの絆を示す「お守り」のような存在となった。
しかし、ベルは常に一定の距離を保っているように感じられることもあった。彼女の小説には、異世界に住むナギの知らない場所や、まるで遠い過去の出来事を描いているかのような描写が散見され、ナギはベルの正体や背景に疑問を抱き始める。
ベルからの連絡が遅れるたびに、ナギは漠然とした不安と焦燥感を募らせた。ベルの存在が、自身の精神状態に大きな影響を与えていることに、ナギは無自覚ながらも苦悩していた。
ベルの言葉や小説の描写の中に、「神の国」と呼ばれる異世界の最高権力者としての片鱗や、「ゆう様」という謎の存在、そして「戦争」といった不穏なキーワードが散りばめられ始める。
『ベルさんの作品に出てくる「神の国」って、どこかにあるんですか?なんだか、すごくリアルで……』
ナギが尋ねると、ベルからは曖昧な返事が戻ってくる。
『ええ、そうね。とても、大切な場所よ。』
その言葉に、ナギは次第に、神様ネットワークが単なるSNSではない、より大きな世界の仕組みに関わっているのではないかと疑念を抱くようになった。そして、ベルのプロフィールの背景写真に映る、特徴的な街並み。それは、この世界に転生して以来、一度も見たことのない、しかしどこか懐かしさを感じる風景だった。
ある日、ベルからの返信が途絶えた。一日、二日……不安が募っていく。ナギはいてもたってもいられなくなった。直感的に「ベルがいるかもしれない」と感じたナギは、衝動的にその街へ向かうことを決意する。この行動は、ナギの無自覚な依存と、ベルへの強い憧れ、そして彼女自身の新しい世界への渇望が入り混じったものとして、彼女を突き動かしていた。
「もし、ベルさんが本当にそこにいたら……」
希望と不安を胸に、ナギは慣れない旅路へと踏み出した。
第3章:旅立ちと迫りくる脅威
ナギは、ベルの背景写真に映る街を目指し、幾日もの旅を続けた。慣れない宿での宿泊、見たこともない風景、そして何よりも、ベルに会えるかもしれないという期待と、そうではないかもしれないという不安が、常に彼女の胸を締め付けていた。
そして、ついにその街の入り口が見えたとき、ナギの心臓は高鳴った。写真で見た通りの、石畳の道が広がり、特徴的な形の建物が並ぶ。間違いない、ここだ。ベルが、ここにいるかもしれない。
街に足を踏み入れ、まずは一息つくために、賑やかな通りに面したカフェへと入った。温かいお茶を一口飲み、今後の行動を考える。どこから探せばいいのか、本当にベルがいるのか、考えるほどに不安が募った。
その時だった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオォンッ!
突然、街全体を揺るがすような激しい轟音が響き渡った。カップがガタガタと震え、店内の客たちが一斉に窓の外を見る。ナギもつられて窓の外に目をやった瞬間、彼女の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。
巨大な影が、空を覆うように迫っていた。
「ひ……っ!」
それは、特級危険種――超大型マンモス型竜種、バファモスの群れだった。何十頭もの巨体が、地響きを立てながら、あるいは翼を広げて空を覆いながら、街へと突進してくる。その体躯は山のように大きく、皮膚は岩のようにごつごつとして、鋭い牙と角が禍々しく光っていた。
街は瞬く間に大パニックに陥った。人々は我先にと悲鳴を上げ、混乱の中で逃げ惑う。店主も客も、誰も彼もが店を飛び出し、出口へと殺到する。
ナギもまた、その恐怖に体が震えた。脳裏をよぎるのは、前世で病に蝕まれていた時の、どうすることもできない無力感。逃げなければ。そう思い、立ち上がったその時、後ろから押し寄せた人波に突き飛ばされた。
ドンッ!
鈍い音と共に、ナギの頭が冷たいコンクリートの地面に叩きつけられる。視界が急速に暗転していく。遠くで、人々の悲鳴とバファモスの咆哮が聞こえたような気がした。
意識が、遠のいていく……。
次に意識を取り戻したとき、ナギは自分がどこにいるのか、一瞬分からなかった。
そこは、心地よいベッドの中だった。柔らかいシーツが体を包み込み、どこか懐かしいような、それでいて清らかな香りが漂う。まるで、安らかな夢の中にいるような感覚だった。
体を起こそうとすると、傍らに人の気配を感じた。目をゆっくりと開けると、そこに一人のロングヘアーの白髪の赤目の女性が、静かに座っているのが見えた。彼女はナギの意識が戻ったことに気づき、心配そうにその顔を覗き込む。
その仕草で、女性が片手でサラリと髪をかきあげた瞬間。
ナギの目に飛び込んできたのは、その女性の手首で輝く「ブランドG」の腕時計だった。
一瞬、ナギの心に電撃のような「何か」が走った。この見慣れたデザインは、紛れもなく自分がベルとお揃いで買った、あの腕時計だ。心臓がドクン、と大きく鳴る。
だが、直後にナギの思考は冷静に「市販品の有名ブランドなのだから、同じものを持っている人がいても不思議ではない」と結論づけ、その「何か」の感覚はかき消された。
女性が静かに、優しげな声でナギに語りかける。
「怪我はない?」
その声は、どこか懐かしく、SNSでベルと交わした声の響きにも、確かに似ていた。ナギはまだ混乱した頭で、女性の問いに答える。
「あ、はい。大丈夫……だと思います。」
女性はさらに続けた。
「あなた、名前は?」
とっさに、ナギはオンラインで使っていたペンネーム「茅ヶ崎渚」と答える。
その瞬間、女性の表情が一瞬ピクリと変わった。わずかに目を見開いたかと思うと、すぐに元の穏やかな表情に戻った。しかし、ナギはその微かな変化を見逃さなかった。まだその意味を理解できないものの、彼女の心に新たな疑問の種が蒔かれたのだった。
女性はナギの言葉に耳を傾け、やがて優しげな声で問いかける。
「あなた、小説が好きなの?」
彼女の視線が、ベッドサイドに置かれたナギのバッグに向けられている。
「かばんにたくさん小説が入ってたわよ?」
その言葉に、ナギは弾かれたように返事をした。
「はい……!」
初対面の女性に対する警戒心よりも、小説という共通の話題と、この女性への無自覚な親近感が勝る。ナギは、彼女の質問がきっかけとなり、安心感を覚えて、まるで堰を切ったようにペラペラと語り始めた。
「『やさしい嘘』っていう小説を、自分も書いてます。まだ未熟なんですけど、神様ネットワークのSNSにも投稿してて……」
ナギの話を聞きながら、女性はゆっくりと深い溜息をついた。その瞳には、何か遠いものを見るような、複雑な感情が宿っていた。そして、静かに、しかしはっきりと告げる。
「そう……」 彼女は、諦めるように、あるいは全てを悟ったように言った。
「やはり、あなたが……」
そして、ナギの顔を真っ直ぐに見つめ、感情のこもった声で続けた。
「私は、ベル。本名を、結衣という。」
その言葉に、ナギの頭の中で全てのピースがカチリと嵌まる音を聞いたような気がした。
SNSで憧れ、常に「おねーちゃん」と呼んで親しくしてきた「ベル」が、目の前にいるこの白髪の赤目の女性、つまり「結衣」なのだ。そして、この結衣こそが、この「神の国」の最高権力者、世界神貴族。ナギは、自分がバファモスの襲撃から救われただけでなく、まさかこんな形でベルに会えるとは思ってもみなかった。
結衣は、ナギの顔を真っ直ぐに見つめ、感情のこもった声で語りかける。
「やっと出会えたというわけね……」
結衣
結衣の言葉が、ナギの心の奥底に触れた瞬間、何故かナギの目から、止めどなく涙が溢れてきた。それは、会いたかった憧れのネット小説家「ベル」に、こんな劇的な形で会えた喜びなのか。それとも、ベルがこの世界の最高権力者「結衣」だったという驚きなのか。
あるいは、もっと深い、彼女自身もまだ自覚していない、過去から続く繋がりへの感情なのかもしれない。ナギの心は、安堵、驚愕、そして言いようのない感動で満たされていた。
結衣は、静かにナギの手を取った。その手が、あまりにも暖かく、そして力強いことに、ナギは涙が止まらなかった。
第4章:神の騎士団と大魔女ユイ
結衣の邸宅での生活は、ナギにとって目まぐるしいものだった。回復したナギに、結衣は自身の正体、そして「神の国」の現状を明かした。
結衣は、この「神の国」を統べる世界神貴族であり、最高権力者である。彼女は、「ゆう様」という謎の存在が、現代日本と神の国で起こる大きな戦争を止めるため、彼の世界級魔法である「幻想魔法」を、自身の命と引き換えに創造した存在なのだと告げた。
そして、ナギ自身もまた、現代日本で不治の病により絶命し、この異世界「神の国」に転生した存在であったことも、結衣の言葉と共に、断片的ながら具体的な記憶としてナギの脳裏に蘇った。
「私が、病気で……死んだ……?」
ナギは混乱した。しかし、結衣の穏やかな瞳は、全ての真実を受け入れるように促していた。自分の転生に、この世界での出会いに、何らかの意味があるのだと。
真実を知ったナギは、結衣の元で、「神の騎士団」の一員となることを決意する。彼女が結衣に抱く、もはや執着に近い並外れた忠誠心、そしてこの世界で自分に与えられた意味を求める心が、彼女を突き動かしていた。その揺るぎない忠誠心は、神の国においても異例とされ、ナギは驚くべき速さで神の騎士団副団長の地位を与えられた。
だが、ナギは生粋のインドア派だった。剣術はもちろん、運動神経もたいしたことない。騎士としての実力は皆無に等しく、その地位は、まさに結衣への揺るぎない忠誠心と、彼女自身が持つ(まだ未知の)特別な意味によってのみ成り立っているものだった。
ナギは、自身の身体能力と与えられた地位のギャップに戸惑いながらも、結衣の傍にいるため、そして彼女を守るために、自身の役割を果たそうと奮闘する日々を送ることになる。彼女の無自覚な依存は、今や「忠誠心」という形に昇華され、新たな物語が始まっていた。
神の騎士団での訓練は過酷だった。周囲の騎士たちからは、その戦力としての無能さを露骨に、あるいは陰で嘲笑される日々を送った。
「おいおい、あの副団長、また剣を落としたぜ。」 「足手まといにしかならねぇのに、なんであんな地位にいるんだか。」
そんな陰口は、毎日耳に入ってきた。剣の訓練では足を引っ張り、実戦形式の演習ではほとんど役に立たない。それでもナギは、結衣の「私の傍にいてほしい」という言葉を胸に、必死で食らいついた。彼女の結衣への絶対的な忠誠心だけは、誰もが認めざるを得なかった。
誰よりも結衣の近くに侍り、彼女の言葉に耳を傾け、彼女のために尽くそうとするナギの姿から、疑いようのない事実として伝わってくるからだ。この忠誠心こそが、ナギがその地位に留まる唯一の理由であり、彼女自身の存在意義にもなっていた。
そんなナギのもとへ、結衣を支える重要な存在たちが現れた。一人は、結衣にとって姉としての立場を持つ魔女。彼女は結衣の過去や「幻想魔法」の秘密を深く知る存在であり、ナギの転生についても何かを知っているようだった。
もう一人は、「ステラ」という組織の団長。この組織は、結衣の古き友である魔女「ステラ」の名前が由来となっており、神の国における重要な役割を担っていた。
これらの人物が結衣と親密に会話を交わしたり、結衣を支える役割を彼らが果たしている様子を見るたびに、ナギは心のどこかで嫉妬の感情を抱いた。彼女は、結衣の傍にいる「特別」な存在になりたいという、無自覚な独占欲を抱いていたのだ。
特に、結衣の「姉」という存在は、ナギがベルに抱いていた「おねーちゃん」という呼称と重なり、その感情を一層複雑なものにしていた。ナギは、この嫉妬の感情とどう向き合っていくかが、今後の彼女の成長における大きな課題となることを、まだ知らなかった。
そして、物語は最大の局面へと向かう。結衣が創造された真の意味が、ここで明確な形となって発揮される時が来たのだ。
神の国に、巨大な戦争が起ころうとしていた。その発端は、世界に生きる全ての魂を人形に閉じ込め、魔法のない、「平等な世界」を創ろうとする、謎に包まれた存在、大魔女・ユイだった。
ユイは、古くから存在し、運命を司る魔法のアヤノ様の予知によってその存在が特定されていた、「人型特級危険種」である。彼女の目的は、この世界の魔法や階級、そして苦しみを伴うあらゆる「不平等」を根絶すること。しかし、その方法は、魂を奪い、人形へと変えるという、あまりにも非道なものだった。
ユイ
さらに、驚くべき事実が明かされる。大魔女ユイは、かつては初代の世界神貴族候補であったというのだ。彼女は、誰かが作ったこの世界を守ることをやめた、「失敗作」として扱われ、その結果「堕ちた女神」となった。その過去が、彼女を魔法なき「平等な世界」という歪んだ理想へと駆り立てたのだろう。
結衣は、この堕ちた女神の野望を阻止するために、ゆう様によって創り出された存在だった。彼女の「幻想魔法」は、この世界に蔓延る混乱を鎮め、真の平和をもたらすための最後の希望。
戦争の兆候は、日々色濃くなっていった。神の国には、ユイの信奉者たちが魔の手を伸ばし、民衆の間にも不安が広がる。ナギは、戦力としては無能ながらも、結衣への絶対的な忠誠心と、転生者としての秘められた力、そして小説家としての洞察力を武器に、この壮大な戦いに巻き込まれていくことになる。彼女の嫉妬は、結衣を守るという使命感へと昇華され、彼女自身の未知の可能性が試される時が迫っていた。
第5章:世界級魔法の激突と覚醒
ついに、大魔女ユイが動いた。空が暗転し、不気味な光が世界を覆う。ユイが、自身の世界級魔法「ドールハウス」を展開したのだ。それは、世界中の魂を人形へと閉じ込めるための、広大な領域支配魔法。街は歪み、人々は恐怖に凍りつき、まるで糸の切れた人形のように倒れ伏していく。
「結衣様!」
ナギの叫びも虚しく、ドールハウスの魔法は容赦なく広がる。しかし、結衣は動じることなく、その瞳に強い光を宿らせた。
「させるものか!」
結衣は、その身に「ゆう様」から受け継いだもう一つの世界級魔法「幻想魔法」を集中させた。そして、その幻想魔法が形を成し、具現化されたのは、「魔法殺し」と名付けられた、異形の力だった。結衣の「魔法殺し」は、ユイの「ドールハウス」の構造を破壊し、その影響を打ち消していく。二つの世界級魔法が激突し、光と闇が渦巻く中、空間そのものが軋みを上げた。
予期せぬ結衣の反撃に、ユイの表情に一瞬の焦りが浮かぶ。彼女は、自身の計画を妨害する結衣に対し、激しい怒りを覚えた。
「無駄な抵抗を……!手下ども!あの女を殺せ!」
ユイの命令を受け、彼女に従う異形の存在たちが、結衣めがけて一斉に襲いかかる。その中には、強大な力を持つ特級危険種以上の炎竜が4体も含まれていた。その巨体から放たれる炎は、街を焼き尽くし、全てを灰に変えようとする。
「守れ!結衣様をお守りしろ!」
神の騎士団団長の叫びが響き渡る。結衣の指揮のもと、彼女を守るため、そしてこの世界の未来のために、神の騎士団が最前線に立った。彼らは炎竜の猛攻に立ち向かい、剣と魔法で抗戦する。
さらに、「ステラ」という組織も独自の魔法と戦術で参戦し、戦場に混乱と秩序をもたらす。そして、広範囲に及ぶ防衛と支援を担うのは、神の国の国防軍。彼らは連携し、ユイの手下たちと炎竜の群れを食い止めようと奮闘した。
ナギは、神の騎士団副団長という立場にありながらも、周囲の騎士たちからはその戦力としての無能さを露骨に、あるいは陰で嘲笑される日々を送っていた。この絶望的な戦場でも、彼女は剣を握る手が震え、足はすくみ、訓練通りに動くことすらできない。
(私には、何もできない……!)
炎竜のブレスが騎士団を飲み込み、悲鳴が上がる。結衣の顔に疲労の色が浮かび始めた。その時、ナギの脳裏に、結衣から告げられた言葉が蘇る。
「私の傍にいてほしい」
それは、彼女への絶対的な忠誠心と、かけがえのない存在だという言葉。
「結衣様を……守る!」
ナギは、結衣への絶対的な忠誠心と、彼女を守りたいという強い思いが極限まで高まったその瞬間、身体の奥底から何かが弾けるのを感じた。
彼女の手に握られていた、いつも持ち歩いているノートとペンが、微かに光を放つ。
「私には……私にしかできないことが……!」
ナギは震える手で、ノートに文字を書き始めた。無意識のうちに綴られる言葉、それは彼女が日頃から物語を紡ぐ中で培ってきた、イマジネーションの結晶だった。
『炎に焼かれぬ、鋼鉄の兵士』
彼女の筆先から文字が躍り出ると、それが光の粒子となって瞬く間に膨れ上がり、戦場の最前線に、数百体もの兵士が具現化したのだ。彼らは甲冑を纏い、剣と盾を構えている。そして、その身体は、炎竜が吐き出す灼熱のブレスを、まるで存在しないかのように通り抜けさせた。
「な、なんだあれは!?」
炎竜の猛攻が完全に無効化されたことに、ユイの手下たちは困惑する。炎に苦しめられていた神の騎士団や国防軍からは、驚きと歓声が上がった。ナギの「無能な副団長」という評価は、この瞬間、完全に覆された。騎士や兵士たちの間には、驚きと、そして希望が満ちていく。
「ナギ……!これは、あなたの……!」
結衣が驚きに目を見開く。ナギはただ、必死にノートに文字を書き続けた。
さらに、ナギは畳み掛ける。彼女の頭に閃いたのは、異世界に転生して初めて直面したあの巨大な恐怖、特級危険種バファモスだった。かつては彼女を打ちのめした存在。だが今、彼女はそれを自身の筆で創造する側となった。
『蹂躙せよ、巨躯の獣』
地響きと共に、巨大なバファモスが戦場に具現化される。その圧倒的な質量と突進力は、ユイの手下たちを次々と薙ぎ倒し、混乱をさらに深めていく。ナギの創造した火炎に耐性を持つ軍隊と、特級危険種バファモスの出現により、これまで劣勢だった結衣側は一気に優勢へと転じた。大魔女ユイの目論見は大きく狂い始め、彼女の表情にも焦りの色が浮かんだ。
しかし、ナギが創造する軍隊には、一つの致命的な弱点があった。その弱点は、彼女の固有魔法「クリエイター」の根源である「文字」に由来する。
(インクは、水に弱い……!)
炎には絶対的な耐性を持つが、彼らは水に触れると、まるでインクが滲むように実体を失い、消滅してしまうという決定的な弱点を抱えていた。ユイはそれに気づくと、すぐさま水系の魔法使いを呼び寄せ、あるいは戦場に水脈を発生させる魔法を試み始めた。ナギは創造に集中しながらも、その弱点を補うための新たな戦術を模索する。
第6章:勝利と新たな始まり
ユイが水系の魔法で反撃に出る中、ナギは限界まで集中力を高めていた。汗が額を伝い、指先が痺れてくる。しかし、ここで止めるわけにはいかない。結衣を守るため、この世界の平和を取り戻すため。
ナギの脳裏に浮かんだのは、現代日本で培ってきた知識の全てだった。この魔法世界には存在しない、しかし効率的かつ破壊的な兵器の数々。彼女の小説には、未来的な描写も多く含んでいた。
『鋼鉄の防壁、空を舞う目』 『弾丸の雨、精密な破壊者』
ナギは、自身のノートに緻密な設計図を描き出すように、次々と「機械化軍団」を大量に具現化していく。まるで工場のラインから生み出されるように、鋼鉄の装甲を纏った兵士たち、自動で弾丸を放つ銃器、そして空を覆う無数のドローン部隊が、次々と戦場に現れた。
それらは魔法とは異なる物理的な力と、無機質な精密さを持つ。神の騎士団やステラ組織の魔法使い、国防軍の兵士たちが驚愕の声を上げる中、機械化軍団はユイの手下たちを圧倒し、ユイの本陣へと猛然と攻撃の手を伸ばす。彼らの砲撃はユイの魔法障壁を打ち砕き、ドローンは上空から敵の動きを封じた。
「バカな……そんなものが、なぜ……!」
ユイは、その本質が「堕ちた女神」であり、直接的な戦闘力を持たない存在だった。彼女は自身の魔法「ドールハウス」や手下たちの力で事を成そうとしていたが、ナギの予想外の「創造」による攻撃には全く対応できない。機械化軍団の猛攻に、彼女は為す術もなく、ついにその身を晒す。
「捕らえろ!」
結衣の号令と共に、神の騎士団の精鋭がユイへと突入する。ナギが創造した機械化軍団の援護を受け、彼らは抵抗する手下たちを退け、あっけなくユイを拘束した。
こうして、大魔女ユイは捕縛され、神の国の地下深くに厳重に投獄された。
巨大な戦争は、ナギの「クリエイター」という固有魔法と、現代日本の知識が生み出した「機械化軍団」によって、劇的な終焉を迎えたのだった。
戦後、神の国には平穏が戻った。街の復興が始まり、人々は少しずつ日常を取り戻していく。そして、その中心には、二人の女性の姿があった。世界神貴族・結衣と、彼女の傍らに立つ神の騎士団副団長・茅ヶ崎渚。
ナギは、もはや「無能な副団長」とは誰からも言われなくなった。むしろ、その卓越した能力と、戦局を覆した功績により、真の意味で皆から認められる、神の騎士団の一員となったのだ。
騎士団の訓練場で、剣を振るうナギの姿は、以前と変わらずぎこちない。それでも、周囲の騎士たちは、もはや嘲笑の目を向けることはない。彼らはナギの隣を歩き、彼女の筆先から生まれた炎耐性の軍隊や、機械化兵器について、興味津々に質問する。
「副団長、あの火に強い兵士たちは、本当に水で消えるんですか?」
「あの鉄の鳥は、どうしてあんなに速く飛べるんです?」
ナギは、照れながらも、自身の創造したものを説明するようになった。彼女の言葉には、以前のような劣等感はもうなかった。
結衣の傍らには、常にナギがいた。結衣の姉である魔女も、ステラの団長も、今ではナギを対等な存在として、あるいはそれ以上に敬意を払って接するようになっていた。
ナギが彼らに抱いていた嫉妬の感情は、互いが結衣を支える「別の形」の力を持つ存在であると理解し、認め合うことで、解消されていった。
ナギと結衣の関係性も、大きく変化していた。以前のナギは、ベルへの一方的な憧れと依存心が強かったが、戦いを経て、二人は互いの能力を信頼し合う、真のパートナーシップを築き上げていた。
結衣は、ナギの持つ無限の創造力と、現代日本の知識がこの世界にもたらす可能性を深く理解し、ナギもまた、結衣が背負う世界の重さと、その孤独を、自身の力で支えていくことを決意していた。
ある日の午後、結衣とナギは、庭園のベンチに並んで座っていた。ナギは、新しい物語の構想を練るように、ノートに何かを書き記している。
「ナギの小説は、きっと、この世界の未来を創る物語になるわね」
結衣が静かに言った。ナギは顔を上げ、結衣の腕に光る「ブランドG」の腕時計に目をやった。自身の腕にも、同じ時計が輝いている。
「はい。ベルさんと出会って、私、この世界で本当にやりたいことを見つけました。私の小説で、みんなに希望を与えられるような物語を書きたい。そして、ベルさんと一緒に、この世界を守っていきたいです」
ナギの瞳は、以前のような漠然とした不安ではなく、確かな光を宿していた。
彼女の小説は、単なる趣味ではなくなった。それは、ナギが転生者としてこの世界に存在する意味、そして「クリエイター」としての自身の力と、失われた過去の記憶を繋ぐ、重要なツールとなるだろう。
「ブランドG」の腕時計は、二人の特別な絆と、新たな使命の象徴として輝いている。
物語の終わりは、始まりでもあった。大魔女ユイは捕らえられたが、その思想が完全に消え去ったわけではないかもしれない。そして、ナギが現代日本の知識を「創造」することで、この魔法の世界にどのような変化をもたらしていくのか、その可能性は無限大だった。
茅ヶ崎渚の物語は、これからも続いていく。この異世界で、彼女はペンを握り、未来を紡いでいくのだ。
旧ツイッターで知り合った、小説家になろうにいる小説家さんの茅ヶ崎渚さんとの実話を元にした物語です。
消えた記憶と愛する人の嘘 作者:茅ヶ崎渚
私の旧ツイッターのアカウント名:神宮寺 結衣/フォロバ100/ヤンデレ認定済み