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61.責任

 戸田嶋はお父さんの発言を反復した。


 『軽率なのは息子の方……』


 そう言われれば確かに、一般的にはそういうことになるのかもしれない。とはいえ、

 「仁さんは、未成年ですし」

 とお母さんから指摘されたことを自分から言った。


 「いいえ、今は法的にも十八歳で成人です。それに、仮に、行為が十七歳であったとしても、合意である以上、結果は当事者ふたりの責任です。それとも戸田嶋さん、仁のことは、遊びですか」


 「そんな、わたしは真剣です」


 「なら、あなたひとりに責任を負わせるのはおかしい。あまりに情けないんで、きつく叱ったところです」


 そうなのか。仁、何も言ってなかったけど。

 でも、あれ? 

 仁は、最初から自分の責任だと言っている。生まれてくる子のために進学を諦めるとまで言っている。


 あ、そうか。お父さんが叱ったのは奥様のことだ。


 「そこでだ。仁を成人として認めるということは、こちらも腹を括らなくちゃいけない」


 腹を、括る?


 「結果責任は、あなた達ふたりで負わなくちゃいけない。これはいいですね」


 「はい」


 「ということは、我々夫婦も子離れしなくちゃいけない、ということです」


 子離れ。それは突き放す、ということだろうか。

 今の状況を考えると冷たい気もするが、これは、ありがたいことなのかもしれない。

 なにしろお母さんは、仁との仲を引き離そうとしている。本当に弁護士を立てられたら窮地に追い込まれてしまうかもしれない。

 一方のお父さんは、仁の考えを尊重しようとしている。

 なら、これはやはり、ありがたいことなのだ。


 戸田嶋のなかで、ある衝動が芽生えた。

 今の、この流れ……。

 自分をあと押ししているかのようなこの流れ。

 今しかないのではないか。この勢いで一気に言わないと!


 制御できなかった。


 「お父さん」

 仁が同時に「早妃さん」と言ったのは聞こえた。

 でも仁だってきっと同じ気持ちでいるに違いない。だって『卒業したら働きます』『一緒に住んでいいですか』、と気概を見せてくれたのだ。それならここは攻めどころだ。間違いない。


 立ち上がって一気に言った。


 「お父さん、息子さんを、仁さんを、わたしにください。きっと、仁を幸せにします」


 深く頭を下げた。


 声が大きかったのだろうか。

 周囲のテーブルから聞こえていた会話が途絶えたような気がする。どうしよう、なんか注目を浴びている気がする。

 あたし、何かおかしなこと言った?


 気が付くと仁が腕を掴んで揺らし、「早妃さん」と繰り返していた。

 「早妃さん、今、父が、身体の具合はどうかって」

 え?

 「すみません、わたし」

 顔が火に当たったように熱くなった。


 「戸田嶋さん、とりあえず座りましょう」


 お父さんが驚いた顔をされている……。


 「そうですか。そこまで気持ちが固まっているとは思いませんでした。ふたりの覚悟は、よくわかりした」


 思わず仁の顔を見た。ゆっくりと頷いた。

 よし! なんか勢い任せだけど、プロポーズは成功ってことでいいよね。順番がちょっと違うような気はするけど。


 戸田嶋は、やり遂げた感に浸った。

 というか、幸福に酔って頭がぼおっとしてしまった。

 お父さんの声が聞こえてきたのは話の途中からだったと思う。


 「ですがこういう話は我々だけ進めるわけにいかない。戸田嶋さん、あなたご兄弟は」


 「おりません。ひとりっ子で、両親は健在です」


 「なるほど、そうですか……。戸田嶋(へたしま)というのは珍しい苗字だね。きっと由緒のあるお家柄なんでしょう。

 うん、わかりました。もしご両親が婿を取りたいというお考えなら、仁を戸田嶋家に入籍させることも(やぶさ)かじゃありません」


 それは過ぎたご提案というもの。なぜなら、

 「あ、いえ、うちは別に由緒なんて、ぜんぜんないので」。


 「柏崎家は家業もありませんし、これといった歴史もない。継ぐといったってあの古家くらいのもんです。別に、わたしの代で終わっても問題ない。

 でもまあ、それは後々のこととして、まずは当面の暮らしです。ふたりが、いや三人がどう暮らしを立てていくのか、その計画を聞かせてもらえないと、話を進めるわけにはいきません」


 そう、ここが問題だ。

 戸田嶋は、心に整理していたことを語った。


 「今取り組んでいる仕事がうまくいけば、子供を育てながら三人で暮らしていくことは可能です。仁さんには何としても大学に進んでもらいたいと思っています。多少の預金はありますが、足りない分は奨学金を借りて、ふたりで返していくつもりです」


 なんか余計なことまで言ってしまったような気がする。玲夢に注意されていたのに。


 「うむ、そうですか。わかりました」


 お父さんは腕を組んで何か考え始めた。

 この年代の人特有の仕草。このあとには、たいてい重要な決断が示される。

 長い間を経て、お父さんの宣告が始まった。


 「では入籍云々については、戸田嶋さんが今おっしゃった生活が、計画通りに実行できると確信できた時点で、具体的に考えることにしましょう。

 順序があと先になるかもしれませんが、仁を大学にやって、きちんと生活できると確認できた段階で入籍。そういう流れでよろしいですか?」


 「……はい」

 正直、返事をするのが怖かった。


 「それともうひとつ。あなたがおっしゃる『今取り組んでいる仕事』が成功するまでは、仁との接触を控えていただきたい。息子にとっても大きな決断だ。ひとりで考える時間は必要ですし、これは戸田嶋さんのためでもあります。今は仕事に集中した方がいい。仕事の先にご褒美があると思わぬ力を発揮できるものですよ」


 最初、にこやかだった顔が、いつの間にか厳しい表情になっていた。


 「しばらく仁と会うことはもちろん、電話もメールも控えていただくということで、よろしいですか。まあ携帯を取り上げるわけにもいきませんがね、そこはわたしと、君たちふたりとの信頼関係ということで。仁にも受験がありますから。大丈夫ですね、守れますよね」


 「……はい」

 そこまでする必要があるのだろうか。


 「子供は認知させます。それは心配しなくてよろしい。息子にも、あなたと同等の責任がありますから。

 今日は、あなたの覚悟がわかってよかった。でも万が一、計画が口先だけ、ということになったら生活は不可能だ。そのときは先ほど申し上げた通り、入籍の話を含め、すべて、一旦白紙とさせていただきます。

 生まれた子は責任を持って柏崎家で引き取り、戸田嶋さんには、生活の目途が立つまで身を引いていただきます」


 しまった、と思ったがもう遅い。

 これならむしろ、感情に任せて当たられる方が楽だ。

 でも、ここで拒んだら計画に自信がないことを白状するようなものだ。

 「はい」

 そう答える意外にないではないか。


 玲夢に言われた言葉がよみがえる。

 『学費払うなんて大風呂敷広げない方がいいよ』

 どうしよう。

 広げてしまった。広げて逆に追い込まれてしまった……。

 はぁ~。


 幸福感でハイになってるときも恐怖で頭が真っ白なときも、追い込まれれば追い込まれるほど正々堂々、真っ直ぐにしか進めない。これは、戸田嶋早妃の、持って生まれた性格だった。


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