表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/80

59.大切な話

 二階から真鈴ちゃんが呼ばれ、四人で夕飯になった。

 テーブルには二対二の形に分かれて座った。

 戸田嶋の右隣に仁。その正面に真鈴ちゃん、隣にお母さん、という席次。


 テーブルには家庭料理が並んでいた。

 かぼちゃとエンドウ豆の煮物、春菊の胡麻和え、イワシの生姜煮、ワカメと胡瓜の酢の物、お味噌汁の具はタマネギのようだ。


 ご飯から立ち上る湯気に胃がせり上がった。

 初めての感覚だ。つわり? こんなときに……。ご飯は食べられるだろうか。

 いや、そういう問題じゃない。

 告白するなら今だ。今、このタイミングしかない。


 「どうぞ、召し上がれ」


 「あの」


 「なあに、何か嫌いなものがあったら遠慮なく言ってね」


 「あの、実は、今日は、大切なお話があってまいりました」


 真鈴ちゃんが(うつむ)いた。




 「わたし……、仁さんの子供を、妊娠しています」


 家からすべての音が消えた。

 張りつめた空気は、ちょっとつついただけで粉々に砕けそうだ。


 お母さんが箸を置いた。

 きっと、ことばの意味を考えている。


 緊張で身体中の毛穴から針のように尖った汗が出た。


 「どういうこと?」

 質問ではない。

 咎めている。


 「八週目に入りました」


 お母さんが仁を見た。

 仁がしっかりと頷いたのを確認して、再び戸田嶋を見据える。


 「あなた何を言ってるの」


 「申しわけありません。わたしが軽率でした」


 戸田嶋は深く頭を下げ、もう一度、

 「申しわけありません」



 しばらくの間のあとに発せられたお母さんの声音には、はっきりとした怒気が含まれていた。


 「仁が、(はら)ませたっていうの?」


 「ですから、わたしが軽率だったと」


 「そういうことじゃないでしょ、まだ子供なのよ。あなたどういうつもりで」


 「責任はわたしが取ります」


 「あたりまえでしょ、仁には関係ないことなんだから、堕ろすなり何なり勝手にすればいい」


 『堕ろす』という単語に涙が出そうになった。でも泣いてはいけない。

 仁が口を挟んだ。

 「お母さん、僕は子供じゃない。それに」


 「あなたは黙ってなさい」

 お母さんは仁を指さし、そして戸田嶋に向き直った。


 「それで何? 何が望みなの、お金?」


 「そんな、違います」


 「じゃあ何しにきたの」


 「ご報告と、わたしの軽率のお詫び」


 「軽率ってあなた、勝手なこと言ってるけどそんなのわかんないじゃない、仁の子かどうかなんて」


 お母さんの目が右に左にと忙しく泳いだ。そして、

 「ああわかった! あなたほんとの父親が誰だかわかんないもんだから、うちの子を騙そうとしてるんでしょ。それで誘惑して……、冗談じゃない!」


 「違います」


 「認知はさせない、絶対に。だってそんなの、だめよ、ありえない。いい? 仁は高校生なの、受験生なの。それを、この大切なときに何あなたは! 仁の人生を台無しにする気?」


 「申しわけありません。でも」


 「でもなんて聞きたくない」


 「言わせてください。わたしも、仁さんには大学に行ってもらいたい。そのためには、力は及ばないかもしれませんが精一杯考えるつもりです。それと、この子は」

 下腹部を優しく押さえて言った。

 「この子の父親は間違いなく、仁さんです」


 お母さんは憤怒の形相のまま黙って見返してきた。当然だ。最愛の息子に起こったとんでもない事態。その原因となった女を見つめる目に憤怒しかないのは当然なんだ。

 戸田嶋は甘んじて受け止めた。


 「帰って」


 「わかりました。今日はこれで失礼します」

 これ以上粘るのは逆効果だ。


 「今日はじゃない、もう二度と! もう顔も見たくない。仁にも近寄らないで」


 「いいえ、わかっていただけるまで、お願いし続けます。仁さんのこともあきらめません。今日は、心尽くしのお迎えをしてくださってありがとうございました」


 「主人に相談して弁護士を立てさせてもらいます」


 止めて欲しいと言える立場ではない。

 戸田嶋は席を立った。

 あとを追って立ち上がろうとする仁を、お母さんが止めるのが視界の隅に見えた。





 ひとり玄関ホールまで付いてきた真鈴ちゃんに、

 「ごめんね、こんなことになっちゃって」

 と声を掛けると、真鈴ちゃんは「うぅん」と首を振った。そして、

 「母は、お兄ちゃんのことになると、異常なの」


 「うぅん、当然だと思う」


 「あたしは、戸田嶋さんが本気だってわかってるから。だからちゃんと、今日はちゃんと、全部、言ったんだよね……」

 そう言って手の平を向けてきた。


 言っただけだ。

 言いっぱなし。

 怒らせただけで何も解決していない。


 でもハイタッチだけはして、戸田嶋は、柏崎家をあとにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ