31.enemy/敵対者①
戸田嶋は思案した。
ファンクラブの代表に電話するのはいいとして、何て聞いたらいいんだろう。
『仁はそこにいますか?』
……いや、いきなりこの問いかけはおかしいか。
でも、仁が『直接会って話してくる』と言って出かけた先がこの番号の持ち主のところだ。まずその人に訊ねるのは、不自然なことではない。家族なら。
そう、家族であるなら……。
でも違う。
赤の他人、それも女。
知らない女が『心配だから』といって、会ったこともない相手に仁の所在を尋ねるという行動を、ファンクラブの代表、半場ツムギはどう受け取るだろうか。
しかし今、手掛かりを知る方法はこれしかない。
それとも待つか。
待ってみるか。
玲夢がいう通り仁は子供じゃない。何か意図があって連絡してこない可能性は……。
いや、そもそも今の時点で、自分が半場ツムギって女と直接接点を持っていいんだろうか。
一瞬の躊躇いから堂々巡りの罠に陥った戸田嶋は、スマホを握りしめたまま部屋を歩き回り始めた。これではまるで、狭い飼育舎でストレスに苦しんでいる象だ。
何周かして立ち止まった。
閉めたカーテンの隙間から、いつの間にか朝陽が射し込んでいる。その陽光を遮って立つと、陽が当たる場所だけが温かくて、気持ちよくて、初めてエアコンが効きすぎていることに気付いた。
窓、開けようかな、と思ったとき、手のなかで着信音が鳴った。
驚いた戸田嶋はひゃっと声を出して飛び退き、その拍子に手を開いてしまった。
スマホがゴトン、と鈍い音をたててカーペットの上に転がった。
慌てなくていい。今のはメールの着信音だ。
スマホを拾い上げ、操作する指ももどかしく送信者名を確認する。
思わず息を飲んだ。
enemy
この表記名。
〈かしわざき仁とあうな〉という忌々しいメッセージの送信者のアドレスを enemy/敵対者 という単語で登録してあった。
敵対者のメールを開くと、そこには
〈仁さんはそこにいる?〉
というメッセージ。
しばらく問いかけられた意味がわからなかった。
急に何なんだ。それはこっちが聞きたかったことだ。
このメールからわかることは何か。
仁が enemy のもとにはいない、ということ。
でも、どうして enemy が仁の居場所を探しているのだろう。
戸田嶋は頭を傾げて少し考え、返信を送った。
〈ここにはいません。あなたは誰? 電話で話しませんか こちらは、080-×53×-△△2△〉
情報を訊き出すのにメールなんて間怠っこしい。この際、敵対者だろうが何だろうが関係ない。
しかし反応はなかった。
思い切って知らせたのに今度は向こうが正体を明かすのを躊躇しているのかもしれない。
警戒されたか。
仕方ない。
あきらめて次の送信文を作り始めたところで電話が架かってきた。
発信者はUnknown、ということはたぶんそうだ、enemy だ。
もう慌てない。
自分の状態は把握できている。
テンパってるのは当たり前だし、精神はどこも破綻していない。何か起きてもきっと冷静に対処できる。いきなり罵詈雑言をぶつけられたって怯むものか!
覚悟して通話ボタンをタップした。