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25.仁はまだ十七歳だもの

 「ごめんね、五分だけ、ここで待ってて」

 片付けてはある。でも最終チェックだ。

 戸田嶋は、仁を玄関の外に待たせて、ひとり先にアパートに入った。



 結論からいうと、先に入って正解だった。

 ベッドがとんでもないことになっていた。

 きゃあ幸せ! とかいって大はしゃぎした一昨日に続いて、昨夜も思い出し大はしゃぎをやらかしたせいでシーツも上掛けもぐちゃぐちゃだった。


 エアコンを点けて大急ぎでベッドメイクして、枕カバーを新しいのに取り替えた。

 夕飯はウーバーイーツだったからシンクはコーヒーしか使ってないし……。


 あ、そうだ!


 トイレを隅々までチェックしてトイレットペーパーの端っこを三角折りにして、最後にマウスウォッシュで口を(ゆす)いで、

 「お待たせ」

 表で待つ仁に声をかけた。


 玄関に足を踏み入れた仁は、天井から壁から、ぐるりと周囲を見回した。はは、なんか小動物が初めての場所を警戒してるみたいだ。


 「マンションだと思った?」


 「はい」


 「会社はあんな一等地に構えてるけど、ほんとは零細企業なの、もう潰れるかも、ふふ」

 冗談めかしたけど、実はリアルってとこが悲しい。


 「どうぞ、上がって」

 靴を脱いで廊下に上がった仁が、やにわに立ち止まり、目を瞑った。そして何でか、深く息を吸い込んでいる。


 「なぁに?」と思わず笑う。


 「この空間で寝起きしてるんですよね。ここの空気は早妃さんだけが使ってるんだ」

 ともう一度深呼吸。

 しまった。一回窓を開けて空気を入れ換えるんだった。


 背中を押してダイニングキッチンに入ってもらった。

 「何飲む? 冷たいのがいいよね」

 ビールってわけにはいかないし……、と冷蔵庫を覗き込んでなかを見回す。

 よしこれだ、これにしよう。

 グラスに氷を入れて準備をしていたら、目ざとく水玉模様を発見した仁が言った。


 「あ、カルピスって、久しぶりです」

 ま、これ嫌いな人ってあんまいないからね。


 「ソーダでいい?」


 「はい」

 自分のも同じように作ってトレイに乗せ、

 「あっちの部屋行こ」

 ダイニングテーブルじゃ味気ない。

 

 ベッドルーム兼リビングに案内し、ローテーブルの上にグラスをふたつ並べる。

 「うち、椅子ってないから、直接座って。クッションは後ろんの使っていいからねー」


 仁がカーペットに腰を下ろしたその左に自分も座る。

 なんだか身体の右半分だけ陽が当たっているみたいにあったかいぞ。


 「ここから会社までって、何分くらいなんですか」


 「ああ、うん、ドアトゥドアで三十分くらいかな」


 「食事は自炊してるんですか」


 「うん、でもそうだねー、半々、くらい」


 「お昼は、お弁当?」


 「うぅん、時間が不規則だからちょっとねー」


 「買い物って、近所にスーパーとか、なかったですよね」


 「うん、何とかなるもんよ」


 一問一答。

 それもどうでもいい話題をぽつり、ぽつり。


 仁の声は心持ち震えている。たぶん自分でも気付いているはずだ。普通にしゃべれないんだ。ドキドキしてるんだ。

 十七歳だもの。

 きっと優等生だし、当然だ。

 それに、付き合って欲しいって、ついさっき告ったばっかりだもんね、これが普通だよ。




 ていうか、こっちだって心臓バクバクだ。

 あと呼吸もちょっと早いけど、うん、大丈夫。例の予感はない。


 仁が、ごくっごくっと喉を鳴らしてカルピスを飲んだのを見計らって、彼の肩に頭を預けた。いいんだよ好きにして、と胸の内で囁いて。


 でも、仁は動かなかった。


 思いが通じていない、ていうことはないと思う。

 んふ、カチコチに固まっちゃったのかも。


 でもいいや。

 幸せだー。


 ふたりを包む甘い空気はゼリーみたいに柔らかくて、(まばた)きするだけでふるんと揺れる。これはこれで心地よい。焦ることなんてない。



 バッグのなかでスマホが振動した。このリズムは会社の方の、メールだ。

 甘い時間をしばし中断してスマホを開き、内容も見ずに電源を切った。ついでに個人のスマホも。


 焦ることはない、と心に折り合いをつけたはずの戸田嶋の方が抑えきれなくなった。


 よし!


 さっきの位置に戻り、

 「ねえ」

 え? とこっちを向いた仁の唇に、戸田嶋は自分の唇を重ねた。

 キスしているあいだ、仁はずっと息を止めていた。

 うふ、死んじゃうよぉ息しないと。舌を出してちろっと彼の唇を舐めたら、仁はびっくりして身体を離した。


 もう一度、今度はしっかり向き合って、それから抱きついて頬と頬をぴとっと触れ合わせる。そして耳元で、

 「仁の好きなように、触って、抱いてくれたら嬉しい」と囁いた。 


 でも、仁は動かない。

 

 じっとしたまま……、動かない。

 

 ふと不安に囚われた、

 自分は何をしてるんだろう。

 十七歳の子を、誘惑してる……。


 何てことを!

 困ってるじゃない。

 そうだよ、こんなの変だ、不自然だよ。玲夢の言うとおりだ。犯罪だよこれ。


 自分を(おとし)める気持ちが、時間の経過と共に少しずつ膨らんできた。

 

 やめよう!

 そう思った瞬間、仁が抱き返してきた。それも思いっきり強く。

 痛!

 でもいい。

 ああどうしよう、嬉しい、嬉しいよぉ。

 

 うん、

 全部、受け止める。

 全部、受け入れる。

 あたしは今、策略でも義務感でも背伸びでもなく、仁に愛されることを心から望んでいる。幸せだ。


 戸田嶋は自分から体を入れ替えて、仁もろとも仰向けにベッドに倒れ込んだ。

 そして女に生まれたことを神様に感謝した。


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