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23.戸田嶋を主任にした理由

 翌朝、戸田嶋が出勤すると、何やら社内が緊迫していた。

 玲夢が小巻主査に向かって息巻いている。


 「これって労災ですよね」


 どうやら、一昨日の騒動のことらしい。


 「無茶いわないでよ、どうやって理由説明すんのよ」


 「ああ、なるほどー、お役所に説明できないことをヘタ子にやらせたって自覚はあるんですね。そぉかあ、あるんだぁ、へえええ」


 「あれはしょうがなかったの、わかるでしょ梨田、あんなのちゃちゃっと聞いてささっと断れば済むと思ったのよ、ねえ青木」


 いきなり振られた青木が自分を指さして「え、オレですか」とわかりやすく狼狽える。


 「青木君、キミ何で止めなかったの。あれがパワハラだっていう認識はあったんでしょ。指導係の先輩がイジメにあってんのに、あんたそれ、黙って見てていいと思ってるわけ」


 いつになく口調が厳しい。


 「イジメって梨田、人聞きの悪いこと言わないでよ」

 

 戸田嶋が「あの~」と修羅場に割って入ると、それを助け船だと勘違いした小巻主査は、

 「あ、何、戸田嶋さん」

 さん付けで日和(ひよ)ってきた。


 「体調はもういいの? ひどい目に遭っちゃったね。もう源さんにも困っちゃう、いい年して。二度と変な気起こさないように釘差しとくから」


 いや、それは止めて欲しい。角が立つ。


 「小巻主査、ごめんじゃなくて、ヘタ子にちゃんと謝ってください。一歩間違えば死んでたかもしれないんですよ」


 「死にゃあしないわよ、過呼吸なんかで」


 「それはぁ!」と思わず大きな声を出していた。

 生死の問題では、確かにないけど、

 「確かに過呼吸は命には関わらないっていわれてますけど、死の恐怖は感じるんです。息ができないって、肺に空気が入ってこない感覚ってどういうことか、想像してみてください」


 沈黙が重い空気となってみんなの口を塞いだ。

 

 そこに、

 「おはよーっす」

 と何も知らない、飛島(とびしま)先輩が出社してきた。


 「え、え、何。何ですか、オレ、なんかした?」

とわかりやすく狼狽えている。


 飛島先輩は今、イベント会場のレイアウトを担当している。設計が終わったあとも設営の力仕事をやらされ、昨日も一昨日も告知イベントの風船配りだ。だから親方が起こした騒動のことは何も知らない。


 飛島先輩はささっとメンバーの顔を見回して、どうやら責められているのが自分ではないことを確かめてから、

「何があったんすか」

 と呟いた。

 


 ざっくりと顛末を説明した玲夢が、小巻主査に向き直った。

 「給料三ヶ月分!」


 そのことばに、小巻主査が「何よそれ」とサングラス越しに睨みつける。


 「ヘタ子は死の恐怖を味わったんです。給料三ヶ月分、慰謝料としてヘタ子に払ってください」


 「ばかね、そんなの会社が出す訳ないでしょ、経費だって渋ちんなんだから、うちの社長」


 「あたりまえでしょそんなの。知ってますよ、御子柴社長がここを畳みたがってんの。そうじゃなくって、小巻主査ならそのくらいのお金は持ってるでしょ」


 「わたしに払えっていうの?」

 やりすぎだって玲夢、そんなのもらえないよ。


 「もういいです慰謝料なんて、あたし要りません。……それより」

 社長が会社を畳みたがってる……、おい玲夢、今そう言わなかった?


 (ただ)したかったその問題に飛島先輩が食いついた。


 「梨田、今なんつった? 社長が畳みたがってるって、それウチのことか? てか何でお前がそんなこと知ってんだ」


 「お客さんから聞いたんです、接待の席で。御子柴社長が言ってたそうです。お陰でクレームはお情けで赦してもらったし仕事ももらったんで、それはまあ、よかったんですけど」


 「閉鎖っていつ。社長はなんつってんだ」


 「知りませんよ、そんなの小巻主査に聞いてください」


 「小巻さん、ほんとですか」


 「決まったわけじゃないのよ。ほら、今期が正念場なのは飛島も知ってるでしょ。なのに、まだ利益でてないじゃない。このままいったらっていう仮定の話よ」


 「このままいったら閉鎖って、赤字で閉鎖ってそれ、倒産ってことじゃないですか」


 「だからそうなんないように頑張ってって前から言ってるんだし、わたしだって頑張ってる。だから戸田嶋にも無理なこと頼んじゃった。ごめんなさい戸田嶋さん。すいませんでした。赦してください」


 小巻主査が今度は本気で頭を下げた。

 こんな殊勝な姿、見たことない。


 「頭、上げてください」


 小巻主査はゆっくりと頭を上げ、そして戸田嶋に向かって話し始めた。


 「戸田嶋、お願いだからグルーヴハウスのコンペ、勝って。あれが取れたら当分は黒字確約でひと息つけるの。今んとこ逆転できる案件ってあれしかないし、ああいうセンスもってんの、あんたしかいないの。経費なら使ってもいい。給料三ヶ月分? いいよ、出す。必要な経費は、わたしが自腹で出すから」


 小巻主査の宣言にみんなが黙った。

 その顔を見渡して、今度は全員に向かって言った。


 「みんなもお願い。利益の少ない仕事はもう断ってるから、だからグルーヴハウスの案件に力を集中して欲しい。

 戸田嶋、仕事はみんなに振っていいから。あんたを主任にしたのってそういう意味なの、だからお願い」


 冗談じゃない。

 この仕事がだめだったら倒産だなんて、その責任者になれだなんて、冗談じゃない。

 そんな大事な仕事だったら自分が陣頭指揮を取るべきだよ。みんなに指示出して伸び伸びやらせて、で、最終責任は自分が取る。それが小巻主査の仕事じゃないの。


 こんなのいやだ。

 絶対にいやだ。

 「いやです、そんなの責任もてません」


 もう辞める。

 辞めてやる!


 戸田嶋は出勤早々、席に着くこともなくオフィスをあとにした。



 よし、これから気晴らしにコメディー映画でも観よう。

 夕方からは仁とデートなんだから、気分を切り替えなくちゃ。


 冗談じゃないよ、失敗したら倒産のプロジェクトの責任者だなんて。


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