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19.一方、抱っこされていた戸田嶋は……

 抱っこされていた戸田嶋は、とっくに発作の淵から生還していた。

 今、動悸が奏でているのは、発作とは別のリズムだ。足の震えだって今やもう、嬉しくてシッポを振る犬のそれでしかない。


 ただ困ったことがひとつ。

 ちょっとでも気を抜くと顔がニヤけてくるのだ。もー世界中の人に両手でピースサインを送りたい気分!


 でもこの喜びは決して悟られてはいけない。

 そのくらいの分別はある。

 それで戸田嶋は、抱っこされたまま仁の胸に顔を埋めているのだ。

 野次馬たちに向かって苦しいよぉ、辛いよぉ、という演技をしながら実は、愛しい愛しい十七歳の香りを胸一杯に吸い込んでいる。

 神様、夢なら終わらせないで、とお祈りしながら。

 神様なんて信じたこともないくせに。


     ☆


 ……と、ここまでが夕べのこと。


 そして今。


 一夜明けて目を覚ました戸田嶋早妃は、まず今の状況を理解することから始める必要があった。


 匂い、そして手触りから、ここが自分の部屋、そして自分のベッドであることは間違いない。


 顔に熱を感じる。

 薄く目を開いたら、あまりの眩しさに網膜がびっくりして収縮した。

 顔に日が当たっていたらしい。


 何時だろう。

 手でアラームを探るが位置がわからない。

 手でサイドテーブルを探っているうちにアラームを床に落としてしまった。

 だめか、横着してちゃ、と起きあろうと手を突いたら枕元のメモがくしゃっと音を立てた。

 目が光に慣れるのを待ってメモを広げると殴り書いたような男文字。玲夢の筆跡だ。

 そうか、部屋まで送ってくれたんだっけ、とそこまで記憶が戻った。


 改めてメモを読む。

 〔小マキに特別Qかを認めさせるから今日はねてな! おきたらでんわちょーだい〕


 ……そして、昨日の記憶をたどる。


 あれから戸田嶋は、仁に抱き抱えられて梅木クリニックに搬送され、ドクターの診察を受けた。

 仁は確か、その時点で帰されたはずだ。『遅くなるから帰りなさい』という玲夢の声と『目が覚めるまで一緒にいます』と駄々を捏ねる仁の声が診察室まで聞こえてきて、壁に向かってにやにやしていた。


 クリニックに運び込まれた時点で、戸田嶋の呼吸はもう、平常に戻っていた。

 もちろん意識もだ。にやにやするくらいだもの。

 なのですぐに帰宅が許されてもよさそうなものなのに、ドクターが知る由もない別の理由から極度の興奮状態にあった戸田嶋は『いつ、また発作が起きてもおかしくない不安定な状態』と誤診され、処置室で『心を落ち着かせる薬』とやらを点滴される羽目になった。


 あのせいだ。あの薬で深~く眠ってしまった。まだ頭がぼんやりしている。


 点滴を受けながら聞いた、ドクターの静かな声が耳に残っている。

 『こういうことが頻繁にあるんなら、一度、心療内科を受診した方がいいね』

 そう言って、確か医大で同期だったという精神科医宛の紹介状を渡されたような気がするが、その時点で戸田嶋は『へん、心療内科なんて』、と笑い飛ばしていた。いやもちろん心中での話。


 なぜ笑い飛ばしたかって……。


 発作が起こる理由なんて最初からわかっている。

 でももう大丈夫だ。

 トラウマは昨日、上書きされた。

 忌々しい記憶は仁の唇が粉々に破壊してくれた。

 唇。

 仁の唇。

 あの唇で。

 いやいやあれは、チュッなんてかわいいもんじゃなかったな。

 塞がれたのだ。

 口で。

 口ごとがばっと。

 ……。

 きゃあああああ! とベッドの上掛けをかき抱き、それを股に挟んで締め上げる。

 幸せだー!

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