15.それってパワハラ
「戸田嶋」
はい? と小巻主査の方を向いたら、
「今夜空いてる?」
用件も告げずに予定を聞いてきたときは要注意。玲夢と一致した小巻主査に関する経験則だ。
「まあ、空いてる、といえば」
「よし決まり。こないだの源さん、覚えてるでしょ」
源、さん。
こないだの。
「中杉源蔵さんよ」
「中杉、源蔵」
はて?
「やだ、しっかりしてよ、こないだのほら、友田商事の現場仕切ってた施工会社の」
「ああ! アイテックの親方」
「親方ってあんた、馴れ馴れしいわよ、専務なんだからね」
「専務さん、でしたか」
自分だって今、源さんとか言ったくせに。
「そおよぉ、その専務さんが、直々にあなたご指名で会いたいっておっしゃってるの」
はて、何かやらかした覚えはないんだが……。
「仕掛かり中の案件は、なかったかと」
「悪いと思ったんだけどさ」
そう言うと小巻主査はサングラスを外して立ち上がり、こちらに向かって歩き始めた。
サングラスを外した小巻主査の顔は、目の下の隈が目立ち表情が三割り増しで険しくみえる。その顔を戸田嶋に近付け、
「わたしも何の話かって聞いたのね、したら、お見合いみたいなもんだって」
椅子から転げ落ちそうになった。ソファーに寝転んでパソコン仕事をしていた青木までもが『何ごとか』と半身を起こしたのがわかった。お前には関係ないだろ!
「んで、戸田嶋さんには今、お付き合いしてる方はいらっしゃいますか、て聞かれたの」
「はぁ?」
思わずヤンキー調になる。
「だから悪いと思ったって言ってるじゃない」
思ってないだろ。
「でさ、言っちゃったのよ、いないみたいですよって」
このことばには青木も反応した。早くも抗議の構えだ。
お前は黙ってろ、ともう一度目で訴えておいて、
「何でですか」
と小巻主査に確認。
「だってアイテックさんにはお世話んなってるし、今度のコンペだってアイテックさん抜きじゃ取れないと思うのね。だからご機嫌でいて欲しいのよ。だからさ、話だけ。話だけ聞いてあげて」
「で、それってその、まさか、お相手連れてくるんですか」
「いきなりそりゃないでしょ、いくら何だって。それに縁談受けろなんて言ってないじゃない。ただ聞いてあげればいいの、ね、振りだけでいいからさ、顔立ててよぉ、それにさ、あそこの職人さん、けっこういい男、いたわよぉ」
「だからってお見合いなんて」
はぁ~っと戸田嶋がわざとらしくため息を吐いたら、
「それって、パワハラっすよね」
いつの間にか青木が斜め後ろにいた。声が恐喝ばりに怖い。
「あれぇ青木、あんた言うようんなったわね。やっぱり戸田嶋に付けて正解だったわ。あなた、絶対化けると思ったのよ。しっかりがんばんなさいね。
それから、これは戸田嶋にとってとってもいい経験になるの。だからパワハラにはなんない。だって別に縁談受けろって言ってるわけじゃないんだから、ねえ」
と、なぜか戸田嶋に同意を求めた。
青木はまだ何か言いたそうだったが、戸田嶋が顎で椅子を指し示したらおとなしく引き下がった。なんだか猛獣使いになったみたいな気分だ。
「で、いつなんですか」
「下のビバーチェで十九時、予約はもう入れてあるから」
まあ手回しのいいことで。
「じゃ、よろしくねー」
小巻主査はダイニングの自席に戻っていった。
ビバーチェは隣のビルの一階に入っているフレンチカフェだ。高くて気取っているのでいつも空いている。
よし、トリュフ入りのローストビーフサンドにシャンパンも付けて経費で請求してやろう。
いやでも、どうしようか。
肉は昨日ルイーズダイナーで食べたばっかだし……。
よし! 静岡メロンのミックスフルーツサンドにするか、と戸田嶋は心を決めた。