13.初デート①
仕事は仕事。
プライベートはプライベート。
それにバイブスが上がると発想だって豊かになるんだから、仁とのデートは仕事のためでもある。よって、仕事中に仁のこと考えるのは、断じて職務専念義務違反ではない!
ところで。
“初デートスペシャル” のコーデは、思い切って玲夢に丸投げした。
それには理由がある。
思い込みが激しいときに、なまじ自分で服を選ぶと痛いファッションになりがちだからだ。それを避けるために、プロでもスタイリストにコーデを任せるのだ。
玲夢が選んだのは、オフィス感がまったくないコーディネートだった。
パンツは太めのダメージクラッシュデニム。
太股の裂け目の位置が微妙にセクシー、且つジーンズなら高校生の彼に無用なプレッシャーを与えないから、これが無難にして最適な選択だと玲夢はいう。なるほど。
トップスはVネックのサマーニットだ。明るいブラウンのしなやかな生地はワンサイズオーバーなので動く度にドレープが揺れ、常に、どこかしらに身体の線が浮き上がる。
これも『きっと目が離せなくなるはず』、という玲夢の企てだ。
コットンリネンの生地は肌触りもいいし、露出も少なめだから品がある。そのくせちょっとだけセクシーで、うん、確かに、オーダーした通りの大人カジュアルだ。
もうひとつ、戸田嶋は玲夢に内緒で仕掛けていた。森っぽい雰囲気の彼のコロンに合わせて、ごく控えめに、フラワリーなトーンのフレグランスを付けてみた。
まあ、これが効果を発揮する場面はないはずだが、ちょっとした小技、といったところだ。
さらにもうひとつ。
これは仕掛けではないが、玲夢に付いてきてもらうことにしたのだ。
『やだよ、あんたのデートに付いてくなんて。進化したんでしょ?』、と最初は拒否していたが『向こうも、貴大君って、ほら、こないだ玲夢が声かけてくれたホールの子、彼を連れてくるってさ』と伝えたら一転してオーケーに転じた。現金なヤツだ。
ほんとはふたりきりが理想だけど、仁とは、もう少しだけ慣れが必要だ。それに初デートでいきなり過呼吸発作なんて起こしたら目も当てられない。
四人で会っている場面を想像してみた。
不安もあるけど楽しみの方が大きい。なんか、テラスハウスみたいだな。
☆
デートの当日。
場所は、計画通りルイーズダイナーにした。板橋の、住宅エリアに近い路地裏にひっそりと建つこのハンバーガーショップは、ニューオーリンズのレストランで修行した店主が、二ヶ月前にこの地にオープンしたばかりで、まだ情報サイトにも載っていない。
玲夢と連れだって店に行くと、仁と、友達の森野貴大君は先に来て待っていた。
案内のスタッフに誘導されて四人で店内に入ると、玲夢はすかさず「すいません、にぃにぃでお願いします」とリクエストし「じゃあ貴大君、ウチらはこっちだからねー」と手前のふたり席に向かった。
貴大君、と下の名前で呼ばれた彼は「え、何それ」とか言いながら、玲夢に「ほら」と肘を掴まれて、まんざらでもなさそうだ。
この流れは、別に打ち合わせていたわけではない。玲夢の機転だ。
本当は、四人で何を話したらいいかわからなかったから、正直、助かった。それに、玲夢の座ったテーブルはぎりぎり視界に入る。これなら安心だ。
席に着いて仁と向き合うと、さすがにちょっと緊張した。
いつかベンチシートに座れたらいいな、などと勝手に想像し、勝手に照れて逸らした視線の先に、よく手入れされたドラセナがあった。ブラケットライトの光がスポットライトのようだ。
優美な細い葉をエアコンの風になびかせているさまは、見ようによっては、避暑地で扇子を使う上品なマダムのようにも見える。
そのマダムに『ほら、がんばって』と背中を押されたような気がした。
「んと、仁、て呼んじゃっていいかな?」
仁君でもいいけれど、少しでも距離を縮めたい。まずはここからだ。
「はい。僕は、何て呼べばいいですか。戸田嶋さん?」
「う~ん、あたしこの苗字って好きじゃないんだよね」
「あ、ヘタ子さん」
「そう、中学までずっと、ヘタっぴぃって苗字でいじられて、すっごくヤだったの」
「でもお友達はヘタ子って呼んでましたね」
「玲夢はね、あの子は特別だから」
「わかりました。じゃあ、僕は名前呼びしちゃってもいいですか」
「いいよぉ」
早妃って呼ばれるのかな。あ、早妃ちゃんもいいな、とわくわくしていたら、
「早妃さん」
だよね、普通は。
「うん、なぁに?」