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12.青木光輝(あおきみつてる)という男

 「恐喝って、あの恐喝?」


 「他にどの恐喝があるんですか」


 青木は背はそこそこあるが、ひょろっとした体型で相手に圧を感じさせるタイプではない。肌がなまっちろいから色の薄いサングラスでも掛けたらヤク中にみえなくもないが……。


 「君と暴力ってなんか、結びつかないんだけど」


 「暴力は振るってないです。嫌いですから」

 じゃあなんで、という無言の問いに青木は自分から説明を始めた。


 「二年のときに、無限連鎖講に嵌まっちゃって」


 「それって、会員集めるとお金が入るっていう、あれ?」


 「そうです、ちょうどお金がない時期で、世話んなってた先輩の誘いだったんで」


 「買ったの? 売ったの?」


 「売る方です」

 仕掛け側か。


 「何を」


 「空気清浄機です」


 「んなもん、ヨドバシに行きゃぁいくらでも売ってんじゃない」


 「じゃなくって、霊石が入ってるやつで、邪気を祓う清浄機です」

 れーせきってどんな漢字だ。それに、

 「じゃき……、て、なに」


 「悪霊、と言い換えればわかりますか」


 「あんた、T大で何勉強してたの」


 「電子工学とサイバーデザイン、と、あと応用物理学です」

 それが何でワイズデザインに繋がるのか、と質そうとしてブレーキをかける。それより悪霊退散の空気清浄機だ。


 「邪気も悪霊も実際には存在しませんから、要は気の持ちようなんです。でも信じることの効能は心理学で説明できますから、あながち無意味とはいえません。それに市販の清浄機をベースにしてますから機能もちゃんとしてましたし……、まぁ、値段は五倍でしたけど」


 よくまあ平然と。でも、

 「それで君は、恐喝したの」

 と訊いたら

 「してませんよ」、と全力で否定してから青木は続けた。


 「ほら僕って、声大きいじゃないですか」

 大きいというか、よく通る。小声で話しても遠くまで聞こえてしまう。こういう声の人、舞台俳優なんかにいそうだ。


 「勧誘のための説明会で、僕は煽り役、ていうかサクラだったんですけど、参加者があとで、大きな声の人がいて、怖くて動けなかったって証言したもんですから」

 なるほど。青木が本気で声を出して演技したら、ちょっと怖いかもしれない。


 「僕、脅すようなことなんて言ってなかったんですけどね」

 ともごもご言い訳する青木に、

 「君さぁ、そんな才能あるんだったら今から劇団にでも入れば」

 と言ってやった。

 思慮の浅さを詰ったつもりだったのだが、

 「ヤだなぁ、僕は早くこの会社で一人前になって、戸田嶋先輩の力になりたいんです」

 と抜け抜けと返してきた。


 「青木君ってさ」

 玲夢だ。ニヤついてる。


 「前から思ってたんだけど、ヘタ子のこと好きなの?」

 おい!


 「止めてくださいよ梨田さん、照れるじゃないですか」

 こいつらおもしろがってるな。でも、ここは笑うとこじゃない。


 「じゃあ恐喝って、ほんとにやったわけじゃないのね」


 「はい、不起訴です」


 「不起訴って青木、売る側にいたってことは、そういう意図がなくたって結果的に犯罪の片棒担いだことに違いはないでしょ」

 目を見てそう言ったら、青木は真顔に戻った。

 よかった、自覚はあるのだ、と少し安心した。 


 「まあいっけど、コンペの方は頼むね」


 「はい喜んで!」


 浮ついてるし常識に欠けるところはある。でもまぁいいか、ていうかどうしようもないし、でも地頭がいいのは間違いないから使い方次第だ。

 それにしても、専門学校出がT大卒を指導するなんて、世のなかって、なんかおもしろい。


 それより、コンセプト立案だ。


 どうしよう。


 まずは、

 「ちょっと、外出てくるね」

 戸田嶋はマンションを出た。


 発想を育てるには刺激が必要だ。ランダムな社会的刺激に自分を晒して、今、頭のなかにあるアイディアがどういう化学変化を起こすか。服飾でもショップのコンセプトでも基本は同じだろう。まずはここからだ。

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