タコ
図書室での会話から数時間後、夜の街に私はいた。
夏の暑さがまだ残るアスファルトの上、駅前の雑踏を抜けて、待ち合わせの場所に向かう。
心臓はさっきとは違う理由でドキドキしてる。
また、やってる。
自責の念とは裏腹に足は止まらない。
ネットで知り合った男——今日はタコ足の宇宙人と会う約束だ。
SNSのDMで軽いやりとりをした後、今日、初めて会う。
「みおんちゃん、 よろしくな。どんな子か楽しみだよ」
そんなメッセージに、特別な意味なんてない。
わかってる。
なのに、こんな夜に私はここにいる。
駅前のコンビニの前で、彼は待っていた。
四十代くらい、疲れたタコ。
スーツは少しヨレていて、目元に深い皺。
私の目には、彼はグニャグニャした手を持ってるみたいに見える。
輪郭のぼやけた宇宙人。
人間じゃない、ただの記号。
そうやって見れば、怖くない。
「お、みおんちゃん? すげー!可愛いじゃん。いこいこ!!」
彼の声は軽いけど、どこか粘っこい。
私は作り物の笑顔を貼り付けて、頷く。
「うん、よろしく!みおんもかっこいいお兄さんでよかったあ」
宇宙人に気に入られるような高い、甘えた声。
彼らに血をすべて抜かれないための私なりの処世術だった。
彼に連れられて、駅から少し離れたラブホテルへ。
薄暗い部屋に足を踏み入れると、汗とタバコの匂いが鼻をつく。
カーテンの隙間から、ネオンの光が漏れてくる。
ベッドのスプリングが軋む音、タコの重い息。
粘っこい吸盤。
行為の間は、頭が真っ白になる。
孤独も、図書室でのざわめきも、全部消える。
まるで、世界に私一人しかいないみたいな、静かな空白。
彼の手が私の髪を梳く。
温かい感触に、一瞬、誰かに必要とされてる錯覚を覚える。
行為が終わる。心の隙間は、埋まるどころか、もっと深く抉られてく。
ああ、ここじゃないどこかにいきたい。
図書室で感じた、勉との小さな繋がりの希望。
あれは、ただの気のせいだったのかな。
シャワーを浴びて、服を着る。
鏡に映る自分の顔は、さっきよりさらに疲れて見える。
「また会おうね!みおんちゃん!」
彼の言葉に、適当に頷いて部屋を出る。
夜の街を一人歩いて家に戻る。
夏の風が、汗と涙の匂いを運んでいく。
次は、違う選択ができるかな。
そんな淡い願いはすぐに消える。
だって、他にどうやってこの空虚を誤魔化せばいいのか、わからないから。