表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漂流のシルエット  作者: 木里 いつき
本編 漂流のシルエット
9/33

タコ

図書室での会話から数時間後、夜の街に私はいた。


夏の暑さがまだ残るアスファルトの上、駅前の雑踏を抜けて、待ち合わせの場所に向かう。

心臓はさっきとは違う理由でドキドキしてる。


また、やってる。


自責の念とは裏腹に足は止まらない。

ネットで知り合った男——今日はタコ足の宇宙人と会う約束だ。


SNSのDMで軽いやりとりをした後、今日、初めて会う。

「みおんちゃん、 よろしくな。どんな子か楽しみだよ」


そんなメッセージに、特別な意味なんてない。

わかってる。

なのに、こんな夜に私はここにいる。


駅前のコンビニの前で、彼は待っていた。

四十代くらい、疲れたタコ。

スーツは少しヨレていて、目元に深い皺。

私の目には、彼はグニャグニャした手を持ってるみたいに見える。

輪郭のぼやけた宇宙人。


人間じゃない、ただの記号。

そうやって見れば、怖くない。


「お、みおんちゃん? すげー!可愛いじゃん。いこいこ!!」


彼の声は軽いけど、どこか粘っこい。

私は作り物の笑顔を貼り付けて、頷く。


「うん、よろしく!みおんもかっこいいお兄さんでよかったあ」


宇宙人に気に入られるような高い、甘えた声。

彼らに血をすべて抜かれないための私なりの処世術だった。


彼に連れられて、駅から少し離れたラブホテルへ。

薄暗い部屋に足を踏み入れると、汗とタバコの匂いが鼻をつく。

カーテンの隙間から、ネオンの光が漏れてくる。


ベッドのスプリングが軋む音、タコの重い息。

粘っこい吸盤。


行為の間は、頭が真っ白になる。

孤独も、図書室でのざわめきも、全部消える。

まるで、世界に私一人しかいないみたいな、静かな空白。



彼の手が私の髪を梳く。

温かい感触に、一瞬、誰かに必要とされてる錯覚を覚える。



行為が終わる。心の隙間は、埋まるどころか、もっと深く抉られてく。


ああ、ここじゃないどこかにいきたい。


図書室で感じた、勉との小さな繋がりの希望。

あれは、ただの気のせいだったのかな。


シャワーを浴びて、服を着る。

鏡に映る自分の顔は、さっきよりさらに疲れて見える。


「また会おうね!みおんちゃん!」


彼の言葉に、適当に頷いて部屋を出る。

夜の街を一人歩いて家に戻る。

夏の風が、汗と涙の匂いを運んでいく。


次は、違う選択ができるかな。


そんな淡い願いはすぐに消える。


だって、他にどうやってこの空虚を誤魔化せばいいのか、わからないから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ