ここにいるわけ
またある日。
ティラノサウルスはあいも変わらず目の前に座っている。
図書室の空気は、ほんの少し柔らかくなっていた。
ティラノサウルスもリラックスしていた。
そのゴーグルを時折外し、目をこする。
長い指が、机を軽く叩くリズム。
今までよりゆっくり。
彼も、私と同じように、逃げ場を探してるのかな?
そんな考えが、頭をよぎる。
ティラノサウルスが、こんな静かな場所にいる理由。
群れの中心にいる彼が、なぜ一人でいることを選ぶのか。
「新開って、なんでここにいるの? バスケ部の練習、ないの?」
勇気を出して聞いてみる。声が少し震えたけど、さっきよりはましだ。彼は一瞬、驚いたように私を見る。やがて、肩をすくめて答える。
「俺ケガしちゃってさ。丁度いいから勉強。家だとなんか集中できないし。ゲームやっちゃうんだよ」
ニカッと笑う。ティラノサウルスの仮面が、また少し剥がれる。まさに少年という顔だ。
高い鼻、薄い目、長いまつ毛。くちゃりと歪む。
彼って何食べてんだろ。何考えて生きてんのかな。
そんな好奇心がちいさく芽生える。
怖いのに、知りたい。
ティラノサウルスじゃなくて、新開勉という人間を。
「夕凪は? なんでここに?」
今度は彼が聞いてくる。びっくりして、言葉に詰まる。
なんで、って。
逃げ場だから。
群れの騒がしさから逃れるため。
からっぽになれるから。
でも、そんなこと言えない。
みじめすぎるし、なんか重い。
代わりに、適当な言葉を探す。
「ただ……涼しいから。外、暑いし」
嘘じゃないけど、本音でもない。
彼は小さく笑って、頷く。
「俺も似たようなもんか。教室なんて熱くて勉強できない。あっちはうるさいし」
そう、まるで、私を拒絶する壁がないみたいに笑うのだ。
彼なら、わかるかもしれない。私の孤独を。