孤独の恐竜
しばらく経ったある日、図書館でクーラーの低い唸り声がきこえる場所で、私はまた窓の外を見つめていた。
なぜかティラノサウルスが目の前に座っている。
私はガラスに映る自分の顔を見つめる。緊張でこわばった目、汗で貼り付いた前髪。
こんなみじめな姿、彼に見られたくなかった。
なんで、今日なのよ。
心の中でぼやく。身体は動かない。逃げ出す勇気もない。ただ、窓の外の校庭をぼんやり見つめる。
「夕凪って、いつも何考えてんだ?」
目の前の恐竜の低く響く声に、ハッと我に返った。
彼はまだ参考書を見ている。
しかし、さっきより少しだけ私の方に顔を傾けていた。
その顔は、鋭いけど、どこか穏やかだ。
最強といわれる恐竜のの威圧感が、ほんの少し薄れてみえる。
何考えてんだ、って。
「別に……何も。からっぽだよ。」
本当だ。私はなんにも考えちゃいない。
自分の居場所のこと、孤独のこと、ネットで会った男との行為の後の空虚さのこと。
私は努めてからっぽになっている。
でももしかして、ほんとは空っぽになんか成れていなくて。見透かされていたら、どうしよう。
私の頭がが恐怖でじんわりと重たくなる。
そんな私をよそに彼は小さく頷いて、窓の外に視線を戻す。
「考えない、か。悪くないな。俺も、時々そうしたいと思う」
うそでしょ?
ティラノサウルスが、そんなことを言う?
完璧な成績、バスケ部のエース、みんなの憧れ。そんなやつが、考えるのをやめたいなんて。
彼の声には、ほんの少しの疲れが混じっていた。
まるで、ずっと重い荷物を背負ってるみたいな。
彼も、疲れるんだ。
その考えが、頭をよぎる。
ティラノサウルスだって、人間なんだ。
完璧に見える彼にも、弱い部分があるのかもしれない。
「新開くんって……いつも完璧じゃん。考える必要なんてないよ」
思わず口に出して、すぐに後悔する。
こんなこと、聞くつもりじゃなかった。
この恐竜を怒らせたら、どうなるんだろう。私なんかグチャグチャに潰されてしまうのではないか。怖くて、目を逸らす。
でも、彼は怒るどころか、苦笑いを浮かべた。
「完璧? そんなわけねえって。俺……完璧に見えてたんだな。なんかそんな風に言われると、壁あるみたいじゃん、さみしいよ。」
そのとき、ティラノサウルスの仮面が、ほんの一瞬、剥がれた気がした。
そこにいるのは、ただの新開勉。
成績やバスケのスターじゃなくて、ただの十七歳の少年だった。