勉から見た海音
放課後の教室、窓際に夕凪海音が佇んでいる。
西日が、彼女の濡羽色の髪を照らす。
深海の波の煌めきがそこには在った。
彼女の美貌故に、彼女の過去を知らない生徒はいない。
五歳で両親を失ったという悲劇は、誰もが口にする噂だった。
そう、誰もが息を呑むほどの美貌。
高嶺の花――ミステリアスで妖艶、高校生らしからぬその容姿と落ち着き。
埃っぽい教室の中で、彼女だけが別世界の住人のようだった。
ふとした仕草で彼女が首を傾げると、長い睫毛が伏せられ、薄い唇が微かに開く。
その瞬間、教室のざわめきが一瞬にして静まる。
男子たちの視線は、磁石に吸い寄せられる鉄粉のように、一点に集まる。
もちろん、俺もその一人だ。
白い首筋、制服の襟元から覗く繊細な鎖骨、そして、何かを捉えるように動く指先。
その全てが、十七歳の俺の心を掻き乱す。
まだまだ子供の俺にとって、彼女の美しさはあまりにも眩しかった。
そして、吸い込まれそうなほど深い瞳は、いつもどこか寂しげだった。
その笑顔は、まるで薄氷のように危うい。
学校の連中は、彼女のことをこう言う。
「夕凪は、クールだよな」
「あいつは、人を寄せ付けないオーラがある」 「まるで芸能人みたいだぜ」
バカな奴らだ。
彼女が独りなのは、あのオーラや、見せかけの強さのせいじゃない。
俺は、彼女の瞳の奥に、自分と似た影を見た。
教室の喧騒から逃げ出したくなるような、俺の心とよく似た孤独。
学年トップの頭脳とバスケ部の期待の星と持て囃され、俺は重圧を感じている。
だが、彼女を前にするとただのガキでいられる。
彼女を前にすると、結局俺もあいつらと同じ、鼻息荒く尻尾を振る犬や猿と変わらないのだ。
それが、俺をなぜか安心させてくれていた。
彼女は俺の孤独の、救世主だった。




