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漂流のシルエット  作者: 木里 いつき
本編 漂流のシルエット
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わたし



私は、夕凪海音ゆうなぎみおん。十七歳。



人と深く関わるのが苦手で、いつもどこか浮いている。


教室の隅で、誰とも目を合わせず、ただ時間が過ぎるのを待つ日々。

家に帰っても居場所はなく、かと言って部活に入ろうと言う気持ちも湧いてこなかった。


みんなが笑い合ってる輪の中に入るのが、なんだか怖い。

だって、近づいたら、拒絶されるかもしれない。

あるいは、受け入れられたとしても、その温もりに慣れたら、失うのが怖くなる。



両親は、私が五歳の頃に事故で死んだ。

トラックの衝突事故。


運転手の居眠りが、家族を奪った。

あの日のことは、断片的にしか覚えてない。

サイレンの音、病院の消毒液の匂い、親戚たちの泣き声。



でも、はっきり覚えてるのは、その後の冷たい視線だ。

突然両親がいなくなった時どうしていいか分からずに何事もなく振る舞うようになった私。

そんな私を見て「大丈夫だ」と錯覚した親族は心の整理もできていない私に無遠慮な言葉を投げかけた。


「可哀想な子ね」

「親がいないから教育がなってないのよ」

「うちじゃ面倒見れないわよ」


親戚の家をたらい回しにされて、誰も私のことなんて見てくれなかった。

友達だった同級生も腫れ物に触るように私を避ける。


言葉は、ただの刃になった。

私の心に棘を刺して、血を流させるための道具。


だから、言葉なんて信じられない。

信じたら、また傷つくだけ。


それから、私は人を動物の姿でしか見られなくなった。


猿、羊、ティラノサウルス。

人間じゃなくて、ただの記号。



騒がしいだけの猿、群れをまとめる羊、圧倒的な力のティラノサウルス。


そうやって距離を置けば、裏切られることもない。

傷つかなくていい。

なんならちょっと可愛く見える。

心のどこかで、それが自分を守る唯一の方法だって、わかってた。



でも、どんなに壁を作っても、心の奥で疼くものがある。

繋がりたい。

誰かと、ほんの一瞬でも、わかり合いたい。



その隙間を埋めるみたいに、私はネットで知り合ったおじさん——宇宙人たちと会ったりする。

SNSのDMで軽いやりとりをした後、待ち合わせの駅で顔を合わせる。


たいてい、三十代か四十代の、疲れた顔をした宇宙人たち。アメーバに見えたり、雪男に見えたり。たいていはUMAか妖怪のように見える。


薄暗いホテルの部屋、汗とタバコの匂い、知らない男の重い息。

行為の間は、頭が真っ白になって、孤独を忘れられる。

まるで、世界に私一人しかいないみたいな、静かな空白。


誰も私のことを否定しない。

私の身体という対価を得るためだと理解していても、温かい手が髪を梳く感触に、寄り添ってくれているような錯覚を覚えた。


だから、この場所に留まることを選んだ。

でも、終わった後の静寂は、いつも冷たい。

シーツの冷たさ、窓の外の車の音、よく知らない男の寝息。


全部が、私を現実に引き戻す。

胸の奥が締め付けられて、涙がこぼれそうになる。

わたし、なんでこんなことしてるんだろう。



心の隙間は、埋まるどころか、もっと深く抉られてく。

それでも、止めることができない。

だって、他にどうやってこの空虚を誤魔化せばいいのか、わからないから。



プリクラ機の画面に映る「珍メン」の文字が、チカチカと光る。

無邪気で、でもどこか残酷なその文字は、「珍」でしかない私を嘲笑っていた。

私は、ただ笑顔を貼り付けて、ピースサインを作る。



ここにいるわたしは、ほんとのわたしじゃない。

ほんとのわたしは、どこにいるんだろう。



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