世界の肯定
私、新開くんのことが、好きだ。
まるで、深海の底で細く揺らめく光に手を伸ばすみたいに。
クラゲの私が、彼の光に触れたら溶けてしまう。
陽の光を浴びたら、すぐに干からびて、押しつぶされてしまうだろう。
世界が優しい色に染まる中、私は震える心臓を抑えつけ、か細い勇気を振り絞って、精一杯言葉を紡ぎ出す。
「新開くん、あの……少し、聞いてもらえますか」
彼は、開いていた参考書をゆっくりと閉じ、驚いたように丸い目で見つめてくる。
「ん? なんだよ、夕凪がそんな真面目な顔して」
その飾らない軽い口調が、張り詰めていた私の緊張をほんの少しだけ和らげてくれた。私は、もう一度深く息を吸い込み、覚悟を決めて言葉を続ける。
「私さ……時々、この世界が、ひどく歪んで見えるの。みんな、人間じゃなくて、獣だったり、異形の妖怪だったり、水の中の魚だったりに見えるんだ。村田は、騒がしい猿で、斎藤さん——美波は、ふわふわした羊で、新開くんは……鋭い牙を持つティラノサウルス。そして、私は、頼りないクラゲに見えるの。根無し草みたいに、ふわふわと漂って、触手には毒があって、みんなが避けていく厄介者……」
話しているうちに、声が震えてしまう。
こんな突飛なことを、誰かに打ち明けるのは、生まれて初めてだ。
怖い。彼が、馬鹿にするように笑うかもしれない。
気持ち悪がって、蔑んだ目を向けるかもしれない。
それでも、勉の瞳は、夕焼けの色を映して、不思議なほど静かで、優しかった。
「クラゲ、か。へえ、なんだか、面白いな」
その予想外の言葉に、私は思わず目を丸くした。
「面白い? クラゲだよ? あの、ぶよぶよしてて、掴みどころがない、気持ち悪い生き物だよ? 刺されたら、ピリピリ痛いし。ゴミみたいな見た目。海水浴だって、あいつらのせいで、全然楽しくないんだから。」
「でもさ、クラゲって、透き通ってて、ふわふわ漂ってて、なんかこう……神秘的な感じがするだろ? 俺は、ティラノサウルスってのも、かっこよくて好きだし。夕凪が、そんな風に世界を見てるってのも、なんか、夕凪らしくて、良い。」
彼の、どこまでも真っ直ぐな言葉が、じんわりと私の胸を温めていく。
こんな歪んだ私の世界を、彼は、少しでも受け入れてくれているのだろうか?
夕焼けのオレンジ色の光が、まるで私のクラゲの触手を優しく包み込むようだ。私は、もう一度、勇気を振り絞る。
「私……こんな、頼りないクラゲだけど、新開くんのことが、ずっと、好きだった。あの……宇宙人のこと、知ってるのに、それでも、ずっとそばにいてくれて、本当に、ありがとう」
私の言葉を聞いた途端、勉の顔が、夕焼けよりも赤くなった。
「え、マジ? 俺、今、すげえびっくりしてる……」
彼は、照れたように目を泳がせ、少し間を置いて、言葉を続けた。
「あぁ、宇宙人って、あの駅前にいた、変な……おっさんのことか。そんな風に見えてたんだな。うわー……。わりぃ、なんて言ったらいいかわかんねぇ。でも……嬉しい。俺も、夕凪のこと、好きだよ。……大好きだ。」
勉は、少しはにかみながら、私の目をじっと見つめて言った。
図書室の静かな空間に、二人のドキドキする鼓動だけが響いているようだった。
夕焼けはさらに濃くなり、私たちの頬をほんのりと照らした。信じられないような、でも、確かに温かい光が、私を包み込んでいる。
クラゲの私が溶けてしまってもいいと思えるほど綺麗な光だった。




