深海
家に帰ると、胸が詰まって息ができない。
ぷくぷくと心が、沈む。
叔母の家は、私の居場所じゃない。
両親が事故で死に、親戚をたらい回しにされた五歳の頃から、ずっとそう。
リビングの蛍光灯が、チカチカ部屋を照らす。
叔母——チョウチンアンコウが、ソファにどっしり座ってテレビを見つめている。
彼女の顔は、深海の魚みたいに無表情で、目の上の突起が、まるで誘い込む光を放つ提灯のよう。
口だけが、いつも忙しく動く。
「海音、ちゃんと勉強してるの? うちでいつまでも面倒見れるわけじゃないから、しっかりしなさいよ」
提灯の光に誘われても、近づけば鋭い歯に噛みつかれる。
そんなチョウチンアンコウの目には、私はただの厄介者。
クラゲの妖怪。
触手を揺らし、毒でみんなを困らせる存在。
「わかってます。やってます」
叔母はため息をつき、テレビに目を戻す。
私の言葉なんて、彼女の提灯の光には届かない。
夜、帰らなくても、気づかないくせに。
昨日、宇宙人との待ち合わせを断った夜、遅くまで美咲たちと話して帰った。叔母は一言も聞かなかった。
私の不在なんて、彼女の深海には波紋すら立てない。
口煩いのに、私の心には無関心。
自室に閉じこもり、鏡を見る。
私は、透明で、ぼやけた輪郭のクラゲ。
触手がゆらゆらと漂い、毒をまき散らす。
群れを猿や羊やティラノサウルスと見下してきた私。でも、自分も、こんな怪物だ。
私、やっぱり何も変われないかも。
宇宙人との夜は、だからやめられなかった。
冷たい静寂でも、誰かに必要とされる錯覚が、クラゲの私を一瞬、生かしてくれた。
でも、今は違う。
勉の眩しい光、美咲の温かい笑顔、大和の真剣な言葉。
それが、私をまぶしい水面まで連れて行ってくれる。




