新開勉
図書室での時間は、特別だ。
新開勉の目の前でノートにぐるぐると落書きする。
べつに何を書きたいわけでもない。
ただ穏やかな時間が過ぎていく。
私、新開くんのことが、好きかもしれない。
……愛は錯覚だ。
宇宙人との夜で学んだ。温かい手も、甘い言葉も、行為の後の静寂に消える。
私のクラゲの触手は、毒で人を傷つける。
恋愛なんて、傷つくゲームだ。
なのに、勉の視線が、私を捉えるたび、心が揺れる。
あの鋭い目が、優しく光る瞬間、クラゲの私は溶けそうになる。
ある日の放課後、図書室の窓から夕焼けが差し込む。オレンジ色の光が、勉の顔を照らす。彼が参考書を閉じ、珍しく緊張した顔で私を見る。
「夕凪、ちょっと、話したいことあるんだけど」
「な、なに?」
彼はメガネをしっかりかけて、こちらを見据える。拳を握りしめている。
顔は、ほんのり赤い。
「俺さ……夕凪のこと、好きなんだ」
張り詰めた空気が、二人の間に漂う。
彼の瞳には、強い光と、隠せないほどの不安が宿っていた。
いつもの強さは消え、ただの優しい眼差しがそこにある。
剥き出しの、等身大の彼。
せきを切ったように、言葉が彼の口から流れ出す。
「駅前のコンビニで、初めて見たときから、気になってた。辛そうな顔してたから、ほっとけなくて……。でも、夕凪、めっちゃ傷ついてるだろ? 俺、弱ってる夕凪に、こんなこと言うの、漬け込むみたいで、嫌だったんだ。でも、もう、黙ってられなくて……好きだ。ほんとに、本当に、好きなんだ」
声は、震えていた。
顔どんどん真っ赤になり、目を逸らしたり、私を見たり。
長い指が、ズボンをぎゅっと握ってる。
初めて恋をした男の子。
思春期の、眩しい純粋さ。
なんて、キラキラしてるんだろう。
私の心は、申し訳ないほど冷たい。
愛は一瞬の錯覚。
私は、クラゲなのに。
根無し草で、皆の厄介者。
触手の毒で、近づく者を傷つける。
そんな私が、彼の光に浴していいはずがない。
「新開くん……私、汚いの。」
声が震える。
怖い。拒絶も、受け入れも、どっちも怖い。
「俺、夕凪の全部が、いいって思ってるから」
勉の眩しい純粋さが、胸を締め付ける。
彼の震える声、赤い顔、ぎゅっと握った手。
それは、偽りのない光だ。
こんな私でも、愛されていいのかな。
「ちょっと……考えさせて」
クラゲの触手が、夕焼けの光に溶けていく。




