だいじょうぶ
その日の夕方、また、駅前のコンビニに向かった。
いつもの待ち合わせ場所。
昨日ネットで知り合った男——宇宙人と会う約束だ。
タコ。
「みおんちゃん、また会いたいよぅ♡」
なんてメッセージに、欲求以外の特別な意味はない。
タコらしい挨拶の一種だと理解している。
夏の夜の空気はまだ暑く、汗が首筋を伝う。
コンビニのガラスドアに映る自分の姿。
疲れた顔、強張った笑顔。
中の下の顔。
大して可愛くもない私が、こんな夜に何をしてるんだろう。
胸の奥が締め付けられるけど、それを無視する。
心を空っぽにすれば、平気だ。
コンビニの前で、彼は待っていた。
中年、タコみたいな男。
細長くてぐにゃぐにゃした手足、吸盤みたいな目。
人間じゃなくて、宇宙人。記号。
そうやって見れば、怖くない。
「お、みおんちゃん? いいね、今日もかわいいっ!」
彼の声は軽いけど、どこかねっとりしている。
いつもの作り物の笑顔を貼り付けて、頷く。
「うん、よろしくね」
彼が肩に手を回してくる。ゾワッと鳥肌が立つけど、抵抗しない。
タコの吸盤みたいな手が、私の肩を掴む感触。
逃げられない、逃げ出す気もない。
「はやくホテル行こうぜ」
駅前の雑踏を抜けて、ラブホテルのネオンが見える路地へ踏み込む。
路地の角にあるビルのガラス窓に、ふと視線が向く。
塾の看板が目に入る。
あ、ここ、塾エリアだっけ。
駅前のこのエリアには、予備校や塾がいくつかある。
高校生たちが夜遅くまで勉強してる場所。
私には縁のない世界だ。
新開くんも、こんなとこ通ってるのかな。
その瞬間、ビルの二階の窓から、誰かの視線を感じた。
ハッと見上げると、そこには見覚えのある顔。
村田大和——猿。
斎藤美咲——羊。
そして、新開勉——ティラノサウルス。
三人が、塾の教室の窓から、こちらを見下ろしてる。
え?
心臓が止まりそうになる。
猿と羊の心配そうな顔。そして、勉の鋭い視線。
ティラノサウルスの目が、私を射抜く。
見られた。
タコの腕に肩を抱かれたまま、ホテルに向かう私を。みじめな私を。心が凍りつく。
なんで、こんな時に。
恥ずかしさと恐怖で、頭が真っ白になる。
タコの男は気づかず、グイグイと私を引っ張っていく。
私は抵抗できず、ただ視線を下げる。
見ないで。
心が叫ぶが彼らの目は焼き付いて離れない。
特に、勉の目。
あの優しい声の持ち主が、私のこんな姿を見た。
胸の奥が、ズキズキと痛む。図書室での希望が、ガラガラと崩れていく。
ホテルに着くまでの数分が、永遠に感じた。
タコの男が部屋の鍵を開ける間、私はただ立ち尽くす。頭の中は、勉の視線でいっぱいだ。
彼、なんて思っただろう。
みじめな私を、どう思ったんだろう。
軽蔑? 失望? それとも、ただの無関心?
どの可能性も、胸を締め付ける。
ほんとのわたしは、こんなんじゃないのに。
そう思うけど、嘘だってわかってる。
こんな私も、ほんとの私だ。
宇宙人とホテルに行く私も、図書室で新開くんくと話す私も、全部、私。
わたし、なんでこんなことしてるんだろう。
その問いが、頭の中でこだまする。答えがない。わかってるのに、止められない。
部屋に入ると、いつもの匂い。
汗とタバコ、香水の混じった空気。
タコの男が私の肩を撫でる。
「あれ?なんか緊張してる? 大丈夫、すぐ楽しくなるよ」
その言葉に、作り物の笑顔で頷く。
心は、どこか遠くに飛んでいく。
行為の間、頭は真っ白になる。
孤独も、勉の視線も、全部消える。
でも、終わった後の静寂は、いつも冷たい。
シーツの冷たさ、窓の外の車の音、男の寝息。
全部が、私を現実に引き戻す。胸の奥が締め付けられて、涙がこぼれる。
わたしが価値のない人間みたいだ。
図書室で感じた希望は、ただの幻想だったのかな。




