第6話 何かを美しいと思うことは
色付き硝子を通して差し込む月明かりの下。
ドロレスは目を閉じて座ったまま、身体の前で手を合わせ、じっと観想あるいは懺悔を続けている。
そんな彼女のことを、わたしは二つ開けた席に座って横から見ていた。
額と鼻筋、顎の曲線は優美な横顔を作っている。閉じられた目は、世界の秘密を憂いているようで……。
つまり、彼女は美しかった。
──そして、彼女のことを美しいと思う自分が嫌になった。
何かを美しいと思うことは、すなわち、別の何かを美しくないと思うことと同じことではないのか? 美しい人間がいるせいで、美しくない側の人間が蔑みと嘲りを受けることになるのではないか?
そう考えると、わたしはなんだか腹が立ってきた。目の前にいる彼女に対して、何かを言ってやりたくなった。
「あなたみたいなのでも、懺悔するような罪を犯すことがあるのね」
彼女は顔を上げ、こちらを見る。
「『あなたみたいなの』って?」
「だから、あなたみたいな美人ってこと。……人から愛されて、なんでも手に入れることができるような顔をしておいてさ」
「そう……。でも、わたしは罪を犯したの。何よりも恥ずべき罪──大切な友だちを裏切った罪」
「ふうん」
まったく、大層な言いぶりじゃないか。あたかも自分が世界の中心だと思っているかのようだ。
……実際、そうなのかもしれない。彼女は、世の中で大切にされて、重要だと思われている側の人間なのだろう。生まれてから今まで、ずっと抱擁から抱擁へと渡り歩いてきたし、これからも何らかの抱擁の中にいる人間。美しい人間。
それに比べて、わたしはどうだ。蔑まれ、軽んじられる側の人間だ。世界の中心なんかにはいさせてもらえない。そればかりか、世界の端っこの方に押しやられて、いまにも落っこちそうになっているのに、さらに端の方へ端の方へと追いやられ続けている。その上、だれもわたしが窮地に追い込まれていることや、転落しかけていることなんて、気にもとめてくれないのだ──
反発心が言葉となって、口をついた。
「もしかして、その友人って、さっき言っていた、わたしと同じ名前の『ヘレンさん』のこと?」
「ええ」
「へえ、そうなんだ。もしもあなたの友達のヘレンさんが、本当にわたしに似ているっていうのなら──たぶん、あなたのことを許さないでしょうね」
「そうなんです」と、彼女は寂しそうに視線を落とした。「ヘレンさんは、わたしを蔑んで、憎みました。……でも、わたしはそうされて当然の人間だから……」
彼女はまた目を閉じた。
途端に、わたしはなんだか、ひとり取り残されたような気分になった。