第5話 視線。ただそれだけで十分だった
「それで、ドロレス。あなたこんな時間になにをしていたの?」
彼女は涼しげに答える。
「観想と懺悔」
わたしはおもわず顔をしかめた。
──もしかして、この女は何かをごまかして、しらを切ろうとしているのだろうか? だとすると、名乗った『ドロレス』という名前も本名かどうか怪しいものだ。……とはいえ、それは時間稼ぎにしかならないごまかしだ。あとから面通しすれば、結局は特定できてしまうのだから。とくにこの女のような容貌は、一度見たらもう間違えることはないだろうに。
わたしはひとつ咳払いをした。
「とにかく、ドロレス。自室に帰りなさい。自治会の権限による命令です。懲罰は後日、下されます」
「ふふ。やっぱり、あなたってわたしの友達によく似ているわ」
「あのねえ! あなたいい加減に」
「ごめんなさい」
彼女は少しだけ顔を近づけて、じっとこちらを見た。──視線。ただそれだけで十分だった。その視線を向けられると、わたしは言葉を続けることができない。
わたしは息を呑んだ。
夜だというのに、なぜだか目の前の女の顔と、なによりその瞳が良く見える気がした。
彼女の瞳孔は奥底に繋がる深い暗闇であると同時に、きらめく光をたたえているように見えた──その混乱した錯覚が、こちらの視線を捕えて離さない──
「もう少しだけ、ここにいさせて」