第18話 実体を持たぬがゆえに
「割り込んでごめんなさいねー! 申請書の書き方で、急ぎ教えてほしいことがあって……」
聖堂にやってきた女生徒は、足早に通路を歩いてくる。そして近づいてくるにつれて、不思議そうにあたりを見回した。
なんどか目を瞬かせたあと、怪訝そうな顔をする。
「……あれ? えっと、誰かと話をしていたんですよね?」
「わたしも、そのつもりだったんだけど」
「えっ」
やがて他に誰もいないこと悟ると、女生徒は息を呑んだ。顔を青ざめさせ、ひきつったような声を出す。
「まさか、幽鬼──」
それから数日、噂はあっというまに学校中へと広まった。
月の光がおぼろげに差し込む夜の聖堂、そこに現れる人影。それは一見すれば、単に夜遊びのために自室を抜け出した女生徒のようでもあるが、しかしその正体は肉体を持たぬ幽鬼であった。
運悪く夜の見回り当番であった某人はその幽鬼に魅入られ、虚ろな世界へと引きずり込まれた。もう二度と元の世界には帰れない。彼女は永遠の夜に閉じ込められた。終わることのない絶望の悪夢。
もしも、夜間に学校に残ることになったら、気を付けなければならない。幽鬼が住まう虚ろな世界というのは、実体を持たぬがゆえに、仮想的な光景として現れる。たとえば、夜の硝子。そこに映る光と闇は、もしかしたら現実とは異なる世界、無限の深淵を映しているのかもしれないのだから──
つまりこの噂によると、わたしは永遠の夜に閉じ込められていることになっているらしい。……おいおい、なんだそりゃ。
噂の出どころは、あのとき聖堂に入ってきたあの女生徒なのだろう。彼女の話がめぐりめぐって、わたしの耳に入るころには、随分と尾ひれがついていた。
むろん、実際のわたしは永遠の夜に閉じ込められてもいなければ、終わることのない絶望の悪夢に囚われたわけでもなかった。(明るい世界でぴんぴんしていて、学生の本分である勉学に励み、自治会の活動も頑張っているのは、言うまでもなかろう)
そもそも、わたしはあのドロレスが幽鬼だとは思っていない。手を掴んだときのあの感覚と、寄り添ったときのあの体温は、いまでもありありと思い起こせるようで、それは確とした現実のものであるという確信があった。
だからきっと、地道に捜査をしていけば、いつかは彼女を捕まえることもできるはずだ。……いったいどのような手法によって、目の前から忽然と姿を消したのかは、まだわからないが。




