第16話 遥かに高い聖堂の天井は暗く
どうしてわたしがこの女を慰めているのだろう? 泣きたいのは、彼女の方ではなく、こちらの方だったはずだが。
なんだかすっかり気が削がれてしまった。いまはただ、半ば白けたような、呆れたような気分で、すぐ隣にいる女が泣き止むのを、ただじっと待っている──
夜の聖堂の最前列の座席で、わたしは彼女と隣り合って座っていた。突発的に取り乱した彼女をなんとかなだめて椅子に座らせて、幼い妹や弟に対してそうするように、手を握ってやり、寄り添っていた。握った手や、隣り合った肩からは彼女の体温が伝わってくる。(まるで彫像かなにかのような美しさのこの女にも、体温というものがあったらしい)
遥かに高い聖堂の天井は暗く、その闇にむかって彼女のすすり泣く声が吸い込まれていった。
「ごめんなさい、ヘレンさん。ごめんなさい……」
変なやつ、と思った。このドロレスという女。超然としていたかと思えば、今度はなんだか幼くて心細そうにもみえる。不安定かつ奇矯。並外れた美人というのは、一種の奇形であり、その精神もまた常人とは違う形をしている……ということなのだろうか?
変なやつで、結局、なにを考えているのかもよくわからない。わかることといえば──こちらのことを案じている、ということだけだった。その理由もよく分からないが。
わたしは、なんとなく心もとないような、奇妙な気分だった。
長い時間をかけて、彼女は少しずつ落ち着いていく。
やがてすすり泣きも止まり、聖堂の中にしばらくの沈黙があった。
泣き止んでもなお、彼女はしょげていた。黙して座ったまま、悲しげにうなだれ、瞳を潤ませていた。
わたしはふと、切り出した。
「さっき、他の女生徒たちと言い争いになっていたの」
ドロレスは顔を上げ、なにごとかとこちらをみた。
「なに、その顔は」と、わたし。「なにがあったか教えてほしいって言ったのは、あなたでしょう」
「……うん。聞かせて」と、鼻声のドロレス。
「相手は集団で、それに対してわたしはひとりだった。もちろん、正しいのはこっちの方だけど。大勢に囲まれて、好き勝手いわれた。わたしは完全に頭にきていたし……それに、怖かった。だから余計に気を張って、余計に言い合いになって……」