第14話 普通の人間が普通に生きていれば
そのとき、わたしの手のなかで、彼女の手が動いた──彼女の細い指がするりするりと動き、いつのまにかわたしの指と絡むようにされていた。これではもう、手を掴むというよりは手を繋いでいる形だ。
そして、手を繋いでいる分だけ、彼女が近くにいた。もはや、ふたりの間にはほんの少しの距離しかない。
わたしの顔のすぐ近くに、彼女の顔があった。彼女の憂い気な視線は、わずかばかりの空間を経て、わたしの顔を捕えている。
「なにか嫌なことがあったのね、ヘレンさん。さっきから、苦しそう」と、彼女はいった。
わたしは言葉に詰まった。心中を察されたことに、動揺を感じていた。どう返したものかと、少し考える。
「……嫌なことなんて、あるに決まっている」
わたしは、少しむっとしながら続ける。
「普通の人間が普通に生きていれば、多かれ少なかれ、嫌なことなんて、いつもあるでしょう。……もっとも、あなたみたいなのには、わからないかもしれないけど」
「……」
「お気楽に、楽しいことばかりして生きていけるわけがない。嫌なことがあるのが、普通なの。ずっとそうだったし、これからもそうなの。だから、たまにどうしても腹が立つときがあったとしても、いちいち泣き言を言ってなんかいられない」
「でも、いまのあなたは苦しそうだわ」
「そりゃあ、ずっと嫌なことがあるからって、嫌なことに慣れるわけじゃない。ずっと嫌なままだし、ずっと辛いまま、苦しいまま。──でも、それってそういうものでしょう」
「ねえ、ヘレンさん」
繋がれた彼女に手に、力が込められた。
「あなたがなにを苦しく思っているのか、わたしに話してもらえないかしら?」