第13話 誰に教えられたわけでもないのに
整合、対称、調和──そして完全。
誰に教えられたわけでもない美の基準が、すぐ目の前にあった。誰に教えられたわけでもないのに、どういうわけか魂の根源に抱いている美しさの基準、美しさの理想。原型としての純粋なる美、現実の束縛を超越した、この世ならぬ美しさ──
炎を前にして獣がひるむように、わたしは彼女のほほえみを前にして何も言えなくなっていた。
彼女を前にすると、自分がなにか、とても恥じ入るべきであるかのように……いや、とにかく、ついさっきまで膨れ上がっていた気分は、すっかりくじかれてしまった。
毒気を抜かれてしまったわたしは、しかし釈然としない気持ちのまま、口を尖らせる。
「……また、こんな時間に出歩いていたのね、あなた」
「なんだか眼が冴えてしまって」
「どうしても眠れないというのなら、医務室にいきなさい。夜の学校をうろつくんじゃなくて」
彼女は首を横に振った。
「ずっと昔から、わたしの眠りは不規則なんです。それは、そういうものだから。目が覚めたらしばらくは起きていられるんですが、眠りが訪れたら、ずっと眠っているしかない」
彼女はなにやら深刻そうに言うが、わたしはあきれてしまった。
「べつに、それって普通のことを言ってるようにしか聞こえないんですけど。とにかく、夜は寝て、昼間の勉学のために備えるべきです」
「ふふ、そうね」
「というかあなた。この前、逃げたでしょ。言っておくけどね、逃げたら余計に罰が重くなるんですからね。──きょうは観念して、いうことを聞きなさいよ」
「……」
彼女はあらためて、こちらの顔をまじまじと見た。興味深いような、それでいながら懐かしむような視線。
「やっぱり、ヘレンさん。あなたは──」
わたしは彼女の言葉を遮った。
「あなたのお友達に似ている、でしょ。はいはい、わかっているから」
「ええ、そのとおり」
彼女は満足げにほほ笑んだ。
……そのお友達の『ヘレンさん』も、いろいろ苦労させられたに違いあるまい。
「じゃあ、今日こそは」と、わたしは彼女に歩み寄った。そして彼女の手を掴む。──きめ細かくなめらかな肌だった。指の一本一本は細く繊細で、よく作りこまれた蝋細工をどこか思わせた。それと、形が良い小さな爪が、つつましく指先に添えられている。(この女は、指先のひとつひとつまで、そうなのか! どこかほんの一カ所でも、欠点があるのだろうか? 暴いてやりたいような気にもなる)
彼女はふしぎそうに掴まれた手をみた。
「なあに、これ?」
「だって、あなた、逃げるでしょう。この前は、あなたに逃げられたせいで、こっちは余計な苦労をすることになったんですからね」
「あら。それはごめんなさい」
「きょうはちゃんと、あなたの部屋まで送っていきます。……なにか事情があるかもしれませんが、規則は規則です。罰は受けてもらいます。いいですね?」
「……」
彼女は、わたしの顔をじっと見た──