すきですきであいしてる
「え?今なんて言ったの?」
いまやまとくんに何を言われたのかわからなくて、けれど苛ついて近くにあった何かをつかんで適当に何処かに投げた。そのときに大きな音がなった気がしたけど、今はどうでもいい。
「いくらやまとくんでも、言っていいことと、悪いことがあるの。そんくらいわかるよね…?ねえ!!」
苛立ちに任せて語気を荒くすると、びくんとやまとくんが震えた。
え、ぅわ…かわいい♡
いや、だめだめ!いくら可愛くても、女の子に対してあんな事言うなんて。
「悪いお口は喋れないようにしないとね」
でも、どうしようかな〜。今テープとか口塞ぐもの持ってないし…。しょうがない。もうやまとくんと喋れなくなっちゃうけど、一回キッチンに取りにいかないと。
「やまとくんちょっとまっててね」
目に涙を浮かべながら首を必死にふるやまとくんはすごく可愛かったけれど、お仕置きはちゃんとしないとまた悪いことしちゃうもんね。
「〜♪〜〜♪」
今は堂々と鼻歌を歌える。やまとくんはあたしがいることに気づいてくれたんだから。
あ、あったあった。
果物ナイフ。
軽く手の中でくるりと回して持ち直し、いつもやまとくんが握っていたということを考えると、少し恥ずかしくなる。
思わずうっとりと眺めてしまったが、いけないいけない。早くやまとくんのところに戻らなきゃ。
慌てて戻ると、やまとくんがうつむいて動かなくなっていた。
「えっ、うそうそ!?やまとくん!!」
「っ」
息はしていて、肩を強く揺さぶると閉じていた目を開いた。
「いろ、は…?」
そう。あたしの顔を見るなり、そうつぶやいた。あたしの中で、今まで堪えられていた何かがぷつんと切れた。
「ああァァああああ!!??ふざけんな!!ふざけんなふざけんなふざけんな!!!あたしが目の前にいるのに、なんであの女の名前を言うんだよ!おかしいだろ!?そんなことばっかしか言えない口なら、削いでやる!!!!!!!」
怒りに任せて持ってきた果物ナイフを振り上げる。
驚いたように目を見開いたやまとくんなんか気にしていられず…。
やまとくんの目から涙が一粒こぼれ落ちた。
―からんっ
思わず果物ナイフを取り落とす。
「あ、あっ、なんで泣いてるの?違うじゃん。泣くのは違うじゃん!泣きたいのはこっちだよ!こっちなんだよ!!!」
叫んでいるうちに、涙が滲んできた。
ああ、ちくしょう…!
心のなかで悪態をついたが、思わず涙がこぼれてしまった。
「もういいや…。ねぇ、やまとくん…っ、やまと、口開けて?」
やまとくんと目線を合わせるために上目遣いで、あの女と同じような呼び方で、ほんとはものすごく癪だけど、できるだけ可愛く、お願いをする。
ものすごく、嫌だけれど、あの女と勘違いされている今ならどうとでもできる気がする。
思った通り、やまとくんは少し震えながら口をわずかに開いた。
「ん」
ゆっくり近づき、しようとしていたことの手が止まる。その代わり、そっと、彼の顎に手を添えて自分の唇を彼の口に押し当てた。
甘いキスの味がする♡
舌をねじ込むと鈍い鉄の味がした気がする。けれどそんなのは関係ない。甘いキスにとろけそうになる。
「っはぁ」
息苦しくなり、一度離れる。
「ごめんねぇ、やまと。やまとのお口は悪いお口だから、もう喋れないようにしないとね」
まだ、だらしなく口を開けたまま、あたしのと混ざった唾液を垂らすやまとくんに、背筋がゾクゾクする。
「あ〜ん」
「あぐ、っう゛!?おえっ、んぐ…!!っーーーー!?!?」
ほとんど声になっていない悲鳴を上げるやまとくんに、胸が高鳴る。
なんて可愛そうで可愛いんだろう…、と。
「ね〜、やまとくん。もうおしゃべりできないよね」
目にいっぱい涙を浮かべて、わずかに頭を上下にふるやまとくんが、可愛くて可愛くて!喉の奥に差した果物ナイフを勢いよく引き抜く。
「――つ!!う゛えお゛ぇ…!」
絶叫。
もう声にすらなっていないその叫びに、全身が震えるのがよくわかった。その悲鳴を聞くたびに、ゾクゾクして思わず頬を緩める。じんわりと顔に熱が集まる。
涙をボロボロこぼして、口からだらだらと垂れた唾液と血液が苦しそう。
「ごほっ…!お゛ぁ、げほっ」
やまとくんが苦しそうに咳をするたび、口から血が吹き出してくる。唇は血で濡れて、すっごく不快そう。
だからそれを舐めてあげた。血液はドロドロとして、美味しくはなかったけれど、やまとくんのだと考えただけで、快感に身が震える。
けれど、肝心のやまとくんはもう何も喋らず、ぼーっとしたような目でうつむいたままで少ししか動かない。
生きているのはわかるけれど、これじゃ全く面白くない。
でも他にどうしたらいいのかわからず、そのままほっといておくと、やまとくんが座っていた状態から倒れた。
「あっ…やまとくん?ねぇねぇ、どうしたの?」
不思議に思って肩を揺らすが、やまとくんは少しも動いてくれなかった。
え、なんで。なんでどうして?なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで???
どうして動いてくれないの?さっきまで動いてくれてたじゃん。
「え、なんでよ」
どうして…。
やまとくんの口からどろどろと赤黒い液体が流れ出てくる。おかしな量流れ出てきて、流石のあたしも焦る。けれど、いくら焦ったところでやまとくんは少しも動いてくれない。
近づいて、自分の欲にかられてやまとくんを抱きしめる。
「あ、れ?」
やまとくんの体は抱きしめたのにもかかわらず、少しの振動も感じれなくて、背中に冷や汗が伝う。
血濡れた唇にキスをする。その唇から、息は漏れていない。
「ひっ、嫌!嫌だいやだよ…」
声はどんどん小さくなっていく。やまとくんが息をしていない。その事実がただ、あたしの胸を締め付けた。
あたしは、自分の頭をフル回転させた。考えて考えて考え抜いた末に、一つのことを思いつく。
やまとくんは死んじゃった。もう喋ってくれないの。それなら、こんな世界にあたしは用なんてない。だから…。
「あははっ♡」
静かに果物ナイフを持ち上げる。静かに上を向きながら口を開いて、ナイフを飲み込むように持ち替える。そしてそのまま、ナイフを喉奥に突き刺した。
「ーーーっ!?!?!?」
耐えられないほどの痛みが私を襲った。喉をドロドロと勢いよく血液が流れ込んでいく。その感覚が気持ち悪くて、床に倒れる。
そうすると今度は口内を血液が満たしていく。
「んがぅ…!!あぐ、がっぁ゛♡」
けれど、心はかつてないほどに幸せに満ちていた。とっても気持ちいい。だって大好きなやまとくんと同じように息ができなくなっているんだもの。同じようにこのまま動けなくなれることが、あたしにとってこの上ない幸せだ。
だからきっと今のあたしの顔は、
世界で一番醜いだろう。
大好きな人を愛し続けた女の子は、大好きな人が死んでしまったのを見て自殺をしてしまいました。ですが、彼女はとても幸せでした。大好きな人と同じように死ねたのですから。
わざわざ一途で健気な彼女の行動を最後まで見に来てくださり、ありがとうございます。またいつか、僕自身があなたとお会いできることを、彼女の代わりに楽しみに待っております。
さて、僕は彼女と彼と、ぐちゃぐちゃになった彼女を『掃除』しに行かなければいけませんね。
ではまたどこかで。