大好きな彼女
今日は彼女の彩葉とのデート。いつもと同じ時間に起きて、一人で朝食を食べる。彩葉とは初のデートでもあるから少し緊張する。けれど気合を入れすぎないように、程よいカジュアルな服装で行こう。
クローゼットの前で顎に手を当てながら考える。
これだ。と思った服に着替え、上に茶色のコートを着る。靴は自分が持ってる中でそれなりにおしゃれなものを選んで、さぁ行こう。とドアノブに手をかけたときに違和感を感じる。
「あー…。俺また鍵閉めずに寝たのか」
おかしいな。いつも閉めてるはずなのに、閉めたつもりにしかなっていないみたいだ。ここ最近、こういった見に覚えのないことが増えている。これじゃあだらしないって、彩葉に怒られても仕方がない。
気を取り直して、ドアの鍵をちゃんと閉めたかどうかの確認をする。
「よし」
ドアノブをひねっても開かないドアに少し満足し、軽い足取りで待ち合わせ場所の駅へと向かった。
待ち合わせ場所として多くの人が使う、有名な石像の前に彩葉の姿を見つけた。
「彩葉!」
肩ぐらいまで伸ばした髪を珍しく編み込んでハーフアップにしていて、思わず見惚れて、足が止まる。実のところ長い期間、両片想いで友達の関係でいたから、それなりの付き合いでいる。
「なあに?もせっかく私なりにおしゃれしたんだから、少しぐらい褒めてくれたっていいでしょ?」
いたずらっ子のように微笑みながら、彩葉がこちらに向かってくる。茶色のパンツスタイルで、きれいな顔立ちの彼女にとても良く似合っている。
「あ、あぁ、うん。えっと、…す、すごく可愛い。似合ってる」
女の子を、ましてや恋人を褒めることなんて殆どないものだから、拙い言葉になる。けれどそれでも嬉しそうに笑う彩葉を見ればどうでもよく思えた。
「えへへっ、ありがと!やまとも似合ってるよ、かっこいい!」
褒めてもらえたことに、内心お祭り騒ぎをしていたが、顔には出さないままそっと、彩葉の手を取る。驚いた様子はないけれど、嬉しそうに指を絡ませた彩葉に、逆にこちらが驚いて照れてしまった。
そのまま移動を始めたとき、ピンク色のワンピースを着た髪の長い女の子が、泣きそうな顔で走ってきて俺の方にぶつかった。
「きゃっ、あご、ごめんなさい!」
慌てた様子で謝罪の言葉を残し、そのまま人混みの中に消えてしまった。
「大丈夫?」
彩葉に聞かれても、俺よりさっきのあの子のほうが大丈夫じゃなさそうだったから、曖昧な返事しかできなかった。
結局その後のデートは、心置きなく楽しむことができ、彩葉もずっと楽しそうに笑ってくれていた。それがただただ嬉しくて、今日はまだ終わらないでいてほしいと思う。ただ、結局今日は終わってしまうから、彩葉を自宅まで送り届けることにした。できるだけ一緒にいたかったし。彼女は実家ぐらしで、家族仲もとてもよく、付き合う前から彼女の両親には良くしていただいている。
「それじゃあ、今日はありがとう。すごく楽しかった」
「うん!私もすごく楽しかった、ありがとう!」
互いにお礼を言い合う。付き合う前からの光景に、慣れてはしまったが、少し新鮮な気持ちになる。
「じゃあ、また」
「またね!連絡する」
そう言って、彩葉は自宅に帰った。
「よし、俺も帰るか。……ん?」
視界の端にピンク色が見えた気がして振り返るが、そこには誰もおらず、自分の気のせいだと自己完結させる。
そのまま、人気のない夜道を一人で歩き、自分の住むアパートへと帰った。
玄関のドアに鍵を差し込む。左に回すとガチャリ、と開いた音がして、鍵を抜く。玄関のドアを開けて、
「ただいまー」
誰もいない自分の部屋に声をかける。
「あ、そうだそうだ」
慌てて振り返り、鍵をきちんと閉める。閉めたつもりになってないかを明日もわかるようにするために、過剰かもしれないがスマホで写真を撮っておく。
「よし」
一人でまた満足して、そのまま風呂場へと向かった。
寝る前にスマホを見ると、彩葉から可愛いキャラクターがハートをプレゼントしているスタンプが送られてきていた。俺もお返しで同じキャラクターの別の種類のハートのスタンプを送って、そのまま眠りについた。
その日から、彩葉とは連絡が取れなくなった。