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国家非常事態委員会

……………………


 ──国家非常事態委員会



 歴史ある建造物であり、宮内省が管轄する皇室資産のひとつヴァイゼンナハト城は反乱軍の司令部となり、国家非常事態委員会という帝国政府を自称する反乱勢力の拠点が設置されていた。


 ヴァイゼンナハト城の周囲にはレーダー連動の高射砲が多数設置され、反乱軍の精鋭部隊が警戒に当たり、そして屍食鬼が戦闘要員として大量に配置されている。


 そして、国家非常事態委員会議長を名乗るヴァルター・フォン・トロイエンフェルトはヴァイゼンナハト城のかつて皇帝が臣下と意見を交わした部屋にいた。


「どの程度の戦力が投降したのだ、フライスラー上級大将?」


 トロイエンフェルトが眉を歪めて反乱軍の指揮を執っているロタール・フライスラー帝国陸軍上級大将に尋ねる。


「将兵の5割が投降しました。残りのほとんどは今さら投降しても軍法会議にかけられるのではないかと恐れているだけで、我々に忠誠を誓っているものは僅かです」


 ロタール・フライスラー上級大将は60代ほどの高齢の将官で、頭をスキンヘッドにしており、丸いフレームの老眼鏡をかけている。服装は反乱を起こしたのちも帝国陸軍の軍服で、上級大将の階級章と授かった略綬を付けていた。


「なんたることだ。やはり帝都を押さえられなかったのが痛いな。ここに立て籠もっていても帝国政府だと主張するのは難しい。誰も認めようとしないだろう。事実、外国の政府はどの国も我々を認めていない」


 トロイエンフェルトたちの計画では帝都を制圧し、ハインリヒ及びメクレンブルク内閣の閣僚を排除し、そのまま帝国政府の椅子につくはずだった。


 そして、皇族であり皇位継承権を有するラインハイトゼーン公オイゲンを皇帝に据え、自分たちの正統性を主張。外国政府の承認も受けて、軍部を指導部とし全土に戒厳令を布告することで軍政を行う予定だったのだ。


「どうするのですか? 我々の航空戦力はまだ戦えます」


「分かっている、レヴァンドフスカ少将。そう簡単に降伏するつもりはない」


 トロイエンフェルトに尋ねるのはレナ・レヴァンドフスカ帝国空軍少将だ。


 50台ほどの女性将官で黒い髪は一般の男性のように短くしており、帝国空軍の軍服をその長身の体にまとっている。


「フライスラー上級大将。軍内部の我々の協調者と連絡を取り、さらなる反乱を招くことは可能か? 帝国軍の忠誠さえ逸らせば、我々にも勝機がある」


「現時点ではそれは困難かと。恐らく内務省国家憲兵隊と帝国軍憲兵隊が不穏分子をマークしているはずです。彼らは我々に勝機ありと認めなければ、我々の側につくことはないでしょう」


「……そうか。だが、我々が今ヴァイゼンナハト領を包囲している帝国軍に勝利したならばどうだろうか?」


「攻撃に出るのですか?」


 トロイエンフェルトが提案するのにフライスラー上級大将が眉を歪めた。


「宣伝できる勝利が得られればいいのだ。戦略、戦術上で意味がある勝利でなくともいい。政治的に宣伝することで帝国軍の士気に影響が与えられればそれでいいのだ。不可能だろうか、フライスラー上級大将?」


「考えてみましょう。敵の放送によれば前線に皇帝入ハインリヒが来ています。それを殺害できれば帝国軍は大きな衝撃を受けるでしょう」


 トロイエンフェルトが説明するのにフライスラー上級大将がそう返す。


「皇帝を殺すか。それはいいな。是非ともやるべきだ。忌々しい向こうの皇帝が死ねば、こちらの皇帝の正統性が増す。ラインハイトゼーン公殿下──こちらの皇帝の様子はどうなのだ?」


「食事をとることを拒んでいます。軍医が健康状態を常に把握してはいますが、最悪拘束した上に栄養点滴となるでしょう」


 国家非常事態委員会はハインリヒの叔父であるラインハイトゼーン公オイゲンを拉致し、自分たちの政府を保証する皇帝として擁立していた。


「皇族のプライドという奴か。ご立派なことだ。かつての偉大だった皇帝の真似をしているが、実際には何の力もない連中に過ぎないというのに。連中は惰弱なハト派のメクレンブルクなどを宰相として認めるほどの愚かさしか持っていない」


 トロイエンフェルトは皇族に対してそう罵る。


「トロイエンフェルト議長。あなたが我々のためにしてくれたことは感謝しています。見捨てられたネメアーの獅子作戦に参加した将兵を、あなたは名誉を回復させ、救済しようとしてくれました」


 そんなトロイエンフェルトにフライスラー上級大将が淡々と語る。


「しかし、その皇族に対する態度は認められない。皇族は、皇帝は帝国のあらゆる地方と諸民族を団結させる象徴であり、帝国が誇る歴史ある存在です。それに対して敬意を払わないのは人間として受け入れがたい」


 フライスラー上級大将はそのようにトロイエンフェルトに苦言を呈した。


「かつての力ある皇帝であれば私も敬意を払っただろう。かつての皇帝たちはいずれも立派で、凡夫には成せぬ偉業を成し、その地位に相応しいカリスマ性と愛国心があった。だが、今の皇族はどうだ? 偉大か?」


 トロイエンフェルトがそう忌々し気に語る。


「右派にも左派にも無節操に媚を売り、国民のご機嫌を伺い、まるで信念がない。何かを成すには他人に1から100まで準備してもらわなければならない。かつての皇帝たちが今の皇帝を見れば嘆くことだろう」


「それでもその偉大な皇帝たちの系譜に名を連ねる方々です。帝国が統一国家として存在するためになくてはならないものです。あの方々は存在するだけで力あるのですよ」


「そうだな。必要ではある。お飾りとしてだが」


 フライスラー上級大将の言葉にトロイエンフェルトが肩をすくめた。


「では、攻撃計画──いや、ハインリヒ暗殺計画について考えておいてくれ。今の惰弱なメクレンブルク政権を打倒し、帝国のために立ち上がらなければならない。全ての国民が帝国に奉仕すべき時なのだ」


「畏まりました。レヴァンドフスカ少将と話し合っておきます」


「頼むぞ」


 そして、会議が解散となる。


 フライスラー上級大将とレヴァンドフスカ少将はヴァイゼンナハト城内に設置されている反乱軍の司令部に向かった。


「皇帝を殺すということを将兵に告げて、従うだろうか? 我々はそれが受け入れられるのが難しいと思ったからこそ、忠誠ある部隊と屍食鬼に宮殿攻撃を担わせたのだ。だが、もはや忠誠ある部隊は守りに専念している」


 レヴァンドフスカ少将がフライスラー上級大将に尋ねる。


「トロイエンフェルト議長には恩がある。我々に従った将兵も。彼だけだったのだ。ネメアーの獅子作戦失敗の責任が軍ではなく、有耶無耶にしようとした当時の政府にあると帝国議会で訴えてくれたのは」


「それは分かっている。私もネメアーの獅子作戦に参加した。空中大型巡航艦の砲術長として。そして、帝国政府が前線の兵士たちの手足を完全に縛り、敵の前に差し出したことは分かっているつもりだ」


 フライスラー上級大将が語るのにレヴァンドフスカ少将が告げた。


「ああ。ネメアーの獅子作戦の司令官であったニコラエ・アタナシウ大将は私の陸軍士官学校での同期でずっと交友があった。彼が戦死者たちの遺族から責められ、自殺したのは帝国政府が彼に汚名を着せたからだ」


 ネメアーの獅子作戦の指揮を執ったアタナシウ帝国陸軍大将とフライスラー上級大将は友人であり、フライスラー上級大将はアタナシウ大将がネメアーの獅子作戦の失敗後に追い詰められていく様子を知っていた。


「多くの戦死者を出したにかかわらずネメアーの獅子作戦はなかったかのように扱われた。傷痍軍人や遺族に対する保証はなく、帝国政府は彼らを見捨てたのだ」


「トロイエンフェルト議長だけが違った。彼は帝国議会でネメアーの獅子作戦について政府の責任を追及した。軍がいかに理不尽な命令を受けていたかを示し、軍の名誉を回復させるべきと主張した」


「彼は立ち上がったが、結局政府も帝国議会も動かなかった」


 レヴァンドフスカ少将が言うのにフライスラー上級大将が首を横に振る。


「それでも彼は政治家としての伝手を使って救済基金を設置した。シルバン戦役従軍者基金だ。それによって多くの傷痍軍人や遺族が救われた。このことでトロイエンフェルト議長を支持する軍人は多い」


「今回の反乱に参加した将兵はその理由で加わった。私もだ。あの戦争で飛行艇からの攻撃が許可されれば助けられたはずの命を救えなかったことは未だに悔いている。多くの命が見殺しにされたのだ」


「ああ。だから、我々は今の政府を打倒しなければならない。今の政府もあのときの政府と同じだ。まるで変っていない。もう二度とネメアーの獅子作戦のようなことが起きないようにするために、皇帝を殺す」


……………………

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