英雄と宣伝
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──英雄と宣伝
葬送旅団を指揮し、反乱軍鎮圧にあたるというハインリヒ。
「陛下。お言葉ですが陛下のような政府要人が戦場などに向かう場合、警護などの問題で余計な手間がかかります。その勇気には敬意を示させていただきますが、ご再考を願いたく思います」
「いや。私が立たねばならないのだ。皇帝とはこういうときのために存在する。私がリスクを冒して戦場に立つことで国軍の将兵がひとりでも助かるならばそれは理想的ではないか?」
シコルスキ元帥が忠言するがハインリヒの考えは変わらない。
「それに葬送旅団には一騎当千の勇者であり、カーマーゼンの魔女すら退けた英雄アレステアがいるのだぞ?」
「ですが、陛下……」
「アレステア。守ってくれるか?」
シコルスキ元帥が渋い表情を浮かべ、ハインリヒが皇帝大本営に列席しているアレステアに尋ねる。
「はい。ご命令とあれば守り抜きます。任せてください!」
アレステアはそう答えて意気込む。
「ということだ。シコルスキ元帥、頼む」
「分かりました。受け入れ準備を行います。しかし、本当に陛下を危険に晒すわけにはいきません。我々の側に大義があるのは陛下がいらっしゃるからこそなのです」
「分かっている。皇帝としてやるべきことはするが、死ぬことはしない」
シコルスキ元帥の忠言にハインリヒが素直に頷いた。
「メクレンブルク宰相。私が反乱軍を討ちに行くということは広く知らせてほしい。人が知らなければ私が戦場に立っても意味がない」
「畏まりました、陛下。すぐにラジオ、新聞で陛下の親征について国民に知らせましょう。ですが、保安上の問題となることもありますので、その点はシコルスキ元帥を始めとする警備と相談します」
「そうしてくれ」
メクレンブルク宰相がそう語り、ハインリヒが同意する。
「では、次に空軍からの説明を求めたい。ボートカンプ元帥、始めてくれ」
「はい。この反乱で空軍は貴重な主力艦を反乱軍に奪取されました。フリードリヒ・デア・グロッセ級空中戦艦を奪われたのは大変な損害です。空軍としては飛行艇を無事に奪還することを目指したいと思います」
メクレンブルク宰相の求めに空軍司令官のボートカンプ元帥が話し始める。
「帝都上空でやったように降下狙撃兵を敵の飛行艇に移乗戦闘を行わせるのか?」
「その方法はもはや不可能です。降下狙撃兵が移乗戦闘を行う小型飛行艇は空中戦艦の高射砲や両用砲、高射機関砲によってあっさりと撃墜されてしまいます」
列席者のひとりが尋ねるのにボートカンプ元帥が首を横に振る。
「飛行艇がもっとも脆弱な状況で奪還を目指します。つまり、地上にいる時を襲い、そのまま飛行艇を奪還します。作戦に当たっては忠誠が確かな降下狙撃兵を動員して投入する予定です」
このミッドランにおける航空戦力も地球における航空戦力も空に飛び立つ前は非常に脆弱な目標である。空対空戦闘で敵の航空戦力を撃破するよりも、地上撃破した方が確実なことも同じだ。
「ヴァイゼンナハト領にある飛行艇の展開可能な飛行場はヴァイゼンナハト・ダンテ・アリギエーリ空港のみです。場所は絞れています。奇襲は可能かと」
「よろしい。では、陸軍と協議し、連携して作戦に当たってほしい」
ボートカンプ元帥がそう作戦を開示し、メクレンブルク宰相が命じた。
「海軍についてだが、海軍において反乱の兆しは?」
「今のところ海軍において反乱の兆候はありません。国家憲兵隊の摘発者リストにも海軍の軍人の名前はありませんでした」
最後に海軍司令官のリッカルディ元帥が答える。
「よし。では、具体的な反乱鎮圧作戦の立案を求める。陸空軍が連携し、帝国軍及び反乱軍の双方の犠牲が最小限となるように努力してもらいたい」
メクレンブルク宰相はそう言って皇帝大本営を終了させ、シコルスキ元帥とボートカンプ元帥はそれぞれ陸軍司令部と空軍司令部で作戦を立案させながら、双方の司令部に連絡将校を派遣し、作戦を連携させることになった。
今のところ、帝国軍に陸海空軍の統合作戦を一括して調整する部署は存在しない。
「アレステア。少しいいか?」
「はい、陛下」
皇帝大本営が解散となるとハインリヒがアレステアを誘った。アレステアたちは首相官邸でハインリヒのための準備された部屋に入る。
「今回は本当に助かった。ありがとう、アレステア」
「自分にできることをやりました。それがお役に立てたなら何よりです」
「お前は本当に謙虚だな。その武勲を誇ってもいいのだぞ?」
アレステアが微かに笑うのにハインリヒが苦笑いを浮かべてそう返した。
「ところで、我が友。新聞は読んでいるか?」
「えっと。新聞はよく分からない単語があったりして、あまり読めないんです」
学校も途中でやめてしまいましたからとアレステア。
「では、私が紹介しよう。ここにとある新聞社が発行した朝刊がある。一面に書いてあるタイトルは『ゲヘナの戦士、皇帝陛下を救う』とある。内容はゲヘナ様の眷属であるお前がいかに必死に戦って偉大な勝利を得たかだ」
「僕のことについて書いてあるのですか?」
「そうだ。どの新聞もお前の勇敢さと成し遂げたことを報じている。個人的にはお前が世間に正しく評価されているとして嬉しいが、少しばかり懸念すべきことでもある」
アレステアが首を傾げるとハインリヒが顎に手を当てて言う。
「何か心配なことが?」
「フサリア作戦の失敗、戦争の長期化、そして反乱の勃発。メクレンブルク宰相を含め、帝国政府は国民に厭戦感情が広まることを恐れている。どうにかして国民を勇気づけ、戦争への協力を求めようとしているのだ」
理解できないアレステアにハインリヒが説明を始めた。
「故に宣伝工作が重要になる。不都合な情報を統制し、都合のいい情報を大きく取り扱う。帝国政府は明言はしていないが、内務省と自治省を中心にその手の工作を行っており、メディアも協力している」
「では、フサリア作戦や反乱のことも?」
「ある程度は統制されている」
帝国は報道の自由を憲法で保障しているが、その自由は今制限されていた。
「そして、国民の士気を上げるには勝利を宣伝するに限る。フサリア作戦の目的も勝利を得ることで国民に厭戦感情が蔓延するのを避けるためだった。今回は我が友、お前を英雄とし、その勝利を利用しているのだ」
「それはお役に立てていると思っていいのでしょうか? 役に立てるならば嬉しいのですが、陛下はあまりよく思っていないみたいで……」
「いや。お前は確かに英雄だ、我が友。しかし、お前はいいように利用されている。戦争における英雄の個人崇拝は一時的には効果があるが、戦後のことを考えると政治家にとってその英雄は邪魔になる」
アレステアが困惑しながら問うのにハインリヒがそう返す。
「英雄は戦場で価値を示した人間。戦時の英雄は平時の政治家にはなれない。だが、人は英雄を偶像として扱い、理想を押し付ける。『あの英雄ならばきっと暮らしをよくしてくれる』などとな」
「それは……難しいですね。けど、ある意味では僕にそういう心配をする必要はありませんよ。僕は既にゲヘナ様の眷属ということで人間でなくなっています。そして、神によって人間でなくなったものは地上を去る義務があります」
「……我が友。お前は戦争が終わったら……」
「はい。恐らくは」
ハインリヒが目を見開いてアレステアを見るのにアレステアは微笑んだ。
「そうか。何から何までお前の世話になってしまうな」
「できることをしているだけです」
寂し気にハインリヒが告げ、アレステアがただそう返すのみ。
「いずれにせよ今は英雄が必要だ。私は頼りない皇帝でメクレンブルク宰相はどうしても平和な時代の指導者にしか見えない。帝国がこの厳しい戦いを勝利するためには国民を鼓舞し、導く英雄が必要だ」
ハインリヒがそう言ってアレステアを見る。
「お前にはそれを果たしてくれることを望む。それがお前にとって辛い道になることを分かっていてそう望む。すまない、我が友」
「いいえ、陛下。僕は大丈夫です」
ハインリヒの言葉にアレステアは笑って返したのだった。
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