宮殿の戦い
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──宮殿の戦い
皇帝ハインリヒ、エドアルド侍従長、枢密院議長などの政府要人が立て籠もる宮殿は反乱軍よる攻撃を受けていた。
「砲撃が繰り返されています! 宮殿の構造物が壊れる可能性があります!」
「大丈夫だ! そう簡単に建物は破壊できない! 陣地を維持しろ!」
宮殿を守るのはノルトラント近衛擲弾兵師団の部隊で、ハインリヒと今の政府に忠誠を誓った将兵たちが繰り返される反乱軍の攻撃を迎え撃っている。
「来るぞ! 賊軍だ! ひとりも通すな!」
「クソ。連中、屍食鬼を……!」
反乱軍の砲撃に支援されて突撃してくるのは武装した屍食鬼たちだった。魔道自動小銃から戦闘服、ヘルメットに至るまで標準的な帝国陸軍の歩兵の装備を身に着けている。
「機関銃班、撃て!」
宮殿に設置された機関銃陣地から魔道式重機関銃が一斉に屍食鬼の隊列に大口径ライフル弾を叩き込む。屍食鬼は人間の兵士と違ってなかなか倒れず、どこまでも進んで来る。そのことに守備に当たっている将兵は緊張した。
「ライフルグレネードを使用しろ!」
「了解!」
屍食鬼に対し大口径ライフル弾より効果があるのは爆発物だ。
魔道式自動小銃によって運用されるライフルグレネードが使用され叩き込まれた爆発物によって屍食鬼が吹き飛び、隊列が崩れた。
「敵隊列、崩れましたが進んできます!」
「着剣しろ! 白兵戦用意!」
それでも止まらない屍食鬼の軍勢を前にノルトラント近衛擲弾兵師団の将兵が銃剣を装着し、白兵戦に備える。
「手榴弾!」
そして、近距離に迫った屍食鬼に一斉に手榴弾が投擲される。使用される手榴弾は防衛用のもので殺傷範囲がかなり広い。手榴弾を使用する自分たちが陣地で守られることを想定しているためだ。
ライフルグレネードの攻撃と同等かそれ以上の打撃を受けるも屍食鬼は進む。
「来るぞ! 叩きのめせ!」
「帝国万歳!」
そして陣地に乗り込んできた屍食鬼を相手に白兵戦が始まる。
銃剣で相手を貫き、スコップで殴り、銃床で叩きのめす。ノルトラント近衛擲弾兵師団は精鋭部隊として将兵全員が軍隊格闘術及び銃剣術を取得しているため、白兵戦においてもその戦いぶりは勇猛だ。
「敵部隊、撃破!」
「急いで配置に戻れ! 次が来るぞ!」
攻撃を何とか凌いだものの宮殿は反乱軍の大部隊に包囲されたままだ。
ノルトラント近衛擲弾兵師団は宮殿を守るために血肉を帯びた銃剣を付けたままの魔道式自動小銃を握って再び土嚢などで構築された陣地に籠る。
状況は明らかに不利だった。
「まだ持ちそうなのか?」
「大丈夫ですと言いたいのですが、弾薬の残量が2割以下になりました。このまま戦い続けるのは難しいかもしれません」
「そうか」
ノルトラント近衛擲弾兵師団の守備隊隊長であるミラン・ベック陸軍大佐が報告するのにハインリヒが暗い顔をして頷いた。
「陛下。メクレンブルク宰相は無事です。シュヴァルツラント近衛擲弾兵師団駐屯地で保護されています」
「いい知らせだな。メクレンブルク宰相が無事ならば最悪私が死んでもどうにかなる」
宮内省の職員が無線を使ってシュヴァルツラント近衛擲弾兵師団と連絡を取って告げるのにハインリヒが少し笑みを浮かべる。
「いけません、陛下。軍によって皇帝が殺されるなどあってはならぬことです!」
「それを賊軍に言ってやってくれ、枢密委員議長。ルイーゼは無事なのだろう?」
枢密院議長が訴えるのを受け流してはハインリヒがエドアルド侍従長に尋ねる。
「皇族の中で安否確認ができているのはラインハイトゼーン公殿下のみです」
「叔父上。無事だといいのだが……」
エドアルド侍従長が報告し、ハインリヒが呟いた。
「本当か? よし。すぐに受け入れの準備をしろ」
一方軍の無線機で通信を行っていた通信兵からベック大佐が何事かを聞いた。
「陛下! まずシコルスキ元帥閣下がシュヴァルツラント近衛擲弾兵師団駐屯地に陸軍司令部を設置しました。そして、そこから葬送旅団に宮殿の救出命令が出されたとのことです!」
ここでシュヴァルツラント近衛擲弾兵師団駐屯地に避難したシコルスキ元帥が、ムートフリューゲル空軍基地に待機している葬送旅団に出動を命じたという知らせが入る。
「本当か? そうか。来てくれるのか、我が友……」
ハインリヒが僅かに笑みを浮かべた。
だが、そこで宮殿が振動に揺れる。砲撃だ。
「ベック大佐殿! 宮殿正面に大規模な屍食鬼の部隊の攻撃です! 守備部隊からは守り切れない可能性があるとの報告!」
「クソ。援軍到着まで何としても持たせろ! 何をしてもいい!」
ここで葬送旅団の宮殿への派遣を察知したのか、反乱軍が宮殿に大規模な攻勢を仕掛けて来た。武装した屍食鬼が津波のように宮殿に押し寄せてくる。そして、反乱軍の砲兵がその突撃を支援していた。
既に弾薬が尽きかけていたノルトラント近衛擲弾兵師団の守備隊は懸命に応戦する。ありあわせのもので爆発物を作って地雷のように運用し、積極的に白兵戦を行って弾薬の消耗を押さえた。
しかし、敵は数が多く、そして人間よりタフだ。
「後退、後退! 予備陣地で迎撃する!」
「戦友を置いていくな! 全員で下がるんだ!」
ノルトラント近衛擲弾兵師団は屍食鬼による波状攻撃を前に予備陣地に下がる。屍食鬼は押し寄せ続けるが、宮殿内の予備陣地に下がったことで、反乱軍の砲撃による影響は少なくなった。
しかし、そのせいで宮殿の外に展開させていた高射砲が敵に制圧されてしまう。
「ベック大佐殿。反乱軍に加わった空軍の飛行艇が宮殿に向かっています。敵は飛行艇で降下部隊を突入させるつもりのようです」
「この状況で降下部隊が投入されるのは不味いぞ。葬送旅団はまだか?」
「空軍は隷下の飛行艇のうち、どの飛行艇が反乱軍に参加しているのかを確認しており、最悪の場合帝都上空での空中戦もあり得るとみています。そのせいで葬送旅団の移動が困難になっていると」
帝国空軍でも反乱が起きていて、飛行艇が反乱軍に合流している。そのせいで葬送旅団の作戦機であるアンスヴァルトが移動することが難しくなっている。
もし、帝都上空で空中戦が勃発すれば民間人に被害が出るのだ。
「しかし、敵の飛行艇が宮殿を襲撃すれば危機に陥る。宮殿が陥落するかもしれない。空軍に忠誠が確かな飛行艇を展開させて、葬送旅団を支援させるよう要請せよ」
「陸軍司令部に要請します」
反乱軍の空中機動部隊を乗せた飛行艇が宮殿に迫る中、陸軍司令部から空軍司令部に忠誠が確かな飛行艇の展開が要請される。空軍のボートカンプ元帥はその要請を了承し、忠誠を明らかにした空中駆逐艦4隻を帝都上空に向かわせた。
また帝都防空を担当するレーダー基地に連絡を取り、帝都上空を飛行中の飛行艇について把握を始めた。
「ボートカンプ元帥閣下。現在、帝都上空には我々の正規の指揮系統から展開した空中駆逐艦4隻が展開中。また無許可で展開している戦術級大型輸送飛行艇2隻と空中大型巡航艦2隻が展開しています」
「宮殿への攻撃の可能性が大きいが、帝都上空で空中戦するわけにはいかない。降下狙撃兵はどうなっている?」
「降下狙撃兵は忠誠を誓っています。第1降下狙撃兵師団から第13降下狙撃兵師団まで全ての師団の師団長が忠誠を明らかにしまし」
「では、移乗戦闘だ。降下狙撃兵を小型飛行艇で反乱軍の飛行艇に乗り込ませて制圧させろ。飛行艇の奪還を目指せ」
「了解」
空軍省の空軍司令部からボートカンプ元帥が指示を出す。
帝都郊外に駐留している第1降下狙撃兵師団が出動準備に入り、輸送飛行艇に乗り込む。第1降下狙撃兵師団の駐留する基地には降下作戦母艦となる大型飛行艇が配備されており、その飛行艇を母艦として小型飛行艇が展開可能だ。
「ガル中将閣下! 空軍司令部は反乱軍の飛行艇に移乗戦闘を行い、飛行艇を奪還せよと命じています!」
「まさか同じ空軍同士で争うことになるとは。だが、命令であれば達成する。急げ!」
第1降下狙撃兵師団師団長アリエル・ガル帝国空軍中将も自ら飛行艇に乗り込み、戦場と化している帝都に急いだ。
帝都では依然として宮殿が反乱軍の猛攻撃を受けており、ノルトラント近衛擲弾兵師団は出血を続けていた。
「攻撃が止まったぞ」
「どういうことだ?」
だが、そこで不意に宮殿を襲っていた砲撃が止まり、攻撃が停止した。
「大尉殿。白旗を掲げたものが来ます」
「軍使か。私が行く」
ノルトラント近衛擲弾兵師団の宮殿守備隊に反乱軍の将校が白旗を掲げて向かってきた。それを受けて指揮官の大尉が反乱軍の軍使を迎える。
「降伏せよ。そうすれば捕虜として世界協定に則って扱う。同じ帝国軍同士で殺し合うのは無益だろう」
「ふん。逆賊の言葉など信じられるか。失せろ」
降伏を勧告する反乱軍の軍使に大尉はそう吐き捨てて、追い返した。
「賊軍が攻撃を仕掛けてくるぞ。警戒しろ」
「大尉殿。もう予備弾薬が僅かです。どうしますか?」
「敵から奪ってでも戦う。皇帝陛下を守らなければならない」
度重なる防衛戦と孤立した状態からノルトラント近衛擲弾兵師団の弾薬は底が見え始めている。後2、3回敵の攻勢を受ければ弾薬は尽きる。
「来たぞ! 敵だ!」
再び屍食鬼の軍勢が宮殿正面に押し寄せて来た。それを援護するための砲兵の砲撃も始まり、宮殿が揺れる。
「無駄玉を撃つな。十分に引き付けてから撃て」
ノルトラント近衛擲弾兵師団の宮殿守備隊は僅かな弾薬を無駄にしないように、敵である屍食鬼が十分に近づくまで射撃を控えた。土嚢で作った陣地で姿勢を低くして魔道式自動小銃のアイアンサイトを覗き、敵を待つ。
「引き付けろ、引き付けろ。まだ撃つな」
屍食鬼たちは続々と現れ、ノルトラント近衛擲弾兵師団の陣地に接近する。
そして──。
「撃てえっ!」
一斉に射撃が行われた。
屍食鬼の軍勢にあらゆる火力が叩き込まれ、屍食鬼の隊列が崩れる。それでも屍食鬼は突撃を続け、陣地に迫ってくる。
「白兵戦用意!」
「叩きのめせ!」
再び反乱軍とノルトラント近衛擲弾兵師団が衝突。
戦線が宮殿内に至る中、防衛戦で生じる銃声や爆発音はハインリヒたちがいる地下司令部まで響いていた。
「ベック大佐殿。宮殿正面の守備隊はまだ抵抗していますが、このままでは」
「分かっている。葬送旅団はまだなのか?」
「空軍がまずは敵の飛行艇を制圧すると言っています」
守備隊指揮官のベック大佐が焦る中、空軍の作戦は進行中だった。
第1降下狙撃兵師団を搭載した輸送飛行艇が帝都に向かっており、反乱軍の飛行艇を制圧すべく小型飛行艇の発艦準備が整えられている。
しかし、反乱軍が動く方が早かった。
「大佐殿! 輸送飛行艇が宮殿に迫っています! こちらの通信に応答しません!」
「クソ。敵だ。敵の降下部隊だぞ。部隊を再配置する。降下艇で乗り込まれたら宮殿内がいよいよ主戦場となる……!」
反乱軍の空中機動部隊を搭載した輸送飛行艇が宮殿に迫ってきたのを見張りに当たっていた兵士が報告し、ベック大佐はそれに応じて命令を下す。
「大佐。不味い状況か?」
「率直に申し上げていい状況ではありません」
「そうか」
ハインリヒはベック大佐の言葉に頷くと腰に下げていた剣を抜いた。
「私は魔力がない故に銃を持って戦うことはできない。だが、この剣で戦うことはできる。おめおめと賊軍に首をくれてやるつもりはない」
「そのご覚悟に敬意を示します、陛下」
ハインリヒが宣言し、ベック大佐が頷く。
「我が友が来るまで持ちこたえてみせよう……!」
ハインリヒはそう覚悟し、地下司令部で敵と友を待った。
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