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フェリシア・アルビヌス

……………………


 ──フェリシア・アルビヌス



 アレステアたち葬送旅団とワルキューレ武装偵察旅団は攻勢計画フサリア作戦のために、魔獣猟兵第3戦域軍アルビヌス軍集団の司令部を襲撃した。


「畜生。人間どもめ!」


「頭を上げるな! 敵の狙撃手がいるぞ!」


 魔獣猟兵の警備部隊が応戦を試みるも帝国軍の精鋭たるワルキューレ武装偵察旅団のゴードン少佐が指揮するシグルドリーヴァ大隊A分遣隊が丘の上から狙撃と軽迫撃砲の砲撃を加えており、まともに動けない。


 丘に向かった部隊もゴードン少佐たちが事前に設置した地雷と機関銃によって攻めきれずに足止めされており、依然として攻撃が続ていた。


 さらに軽迫撃砲が照明弾を打ち上げたことで司令部は明々と照らされている。


「司令部へ! 司令部へ行きます!」


「援護します、アレステア君!」


 アレステアとレオナルドが攻撃を受けてまともに動けない魔獣猟兵の警備を突破し、司令部のある天幕へと突撃していく。


 そこで白い影が突然天幕から現れ、アレステアが認識できる前にアレステアの喉元を引き裂いて駆け抜けていった。


「アレステア君!」


「だ、大丈夫です。今のは……」


 アレステアが回復して周囲を見渡す。


「ほう。死なないか。お前が例のゲヘナの眷属か?」


「あなたは……」


 魔獣猟兵の戦闘服を纏っているが、他の兵士とは異なるただならない雰囲気を醸し出している存在。それはひとりの女性であり、人狼だ。戦闘服から覗いている肌には人狼としての狼のような灰色の体毛が見えている。


 その瞳も狼のそれ。血の飢えた獣のような瞳。


 その手に伸びる爪は鋭く、アレステアの喉を引き裂いた際の血が滴っている。


「名乗ろう。私こそが偉大なる“竜狩りの獣”の直系。魔獣猟兵中将フェリシア・アルビヌスである。貴様も名乗れ、小僧」


 この女性こそが他ならぬアルビヌス軍集団司令官フェリシア・アルビヌスだ。


「アレステア・ブラックドッグです。ゲヘナ様の眷属」


「前線で戦わず、盗人のようにこそこそと司令部を襲うとはな。神の眷属が落ちたものだ。だが、これも戦争。敵は倒さねばならん。覚悟しろ」


 そして、フェリシアが咆哮を上げた。


 その体が獣のそれに、巨大な狼のそれに変わっていく。戦闘服が裂け、筋肉が数倍に膨れ上がり、灰色の体毛が前進を覆う。


 そして、猛々しい巨大な狼がその姿を現した。


「……全ての人狼の始祖“竜狩りの獣”に近い血を持つ人狼はその姿を狼のそれとすると聞いたことがありますが、まさか……」


「これが始祖の直系……!」


 その鋭い牙をむき出しにし、狼の目でアレステアを睨む獣と化したフェリシアを前に、アレステアが勇気を振り絞って“月華”を握る。


「その肉を引き裂き、その肉で腹を満たし、その血で喉を潤そうではないか」


 フェリシアが低い唸りとともにそう言い、アレステアに向けて突撃してきた。


「やりますっ!」


 アレステアが“月華”で突撃してくるフェリシアを迎撃しようとするも、フェリシアが振るった腕がアレステアの上半身を引きちぎり、地面に叩きつけた。アレステアは臓物を撒き散らして倒れる。


「その程度か? セラフィーネの婆に一太刀浴びせたと聞いたが、存外ゲヘナの眷属というのも大したものではないな」


 返り血を浴びたフェリシアが倒れているアレステアを見てそう吐き捨てる。


「アレステア少年! 援護するよ!」


「撃て、撃て!」


 後方にいるシャーロットとケルベロス擲弾兵大隊の兵士たちがフェリシアに向けて銃弾を浴びせる。無数の銃弾が照明弾に照らされたフェリシアの体に叩き込まれた。


「舐めるな。私とて旧神戦争を戦った戦士のひとりであり、“竜狩りの獣”の直系。そのような小細工が通じるものか」


「効いてない……!?」


 放たれた銃弾は全く効果を発さず、フェリシアの毛皮に防がれていた。


「皆殺しだ。恐怖と絶望に沈め、人間ども」


 ファリシアが雄たけびを上げるとシャーロットとケルベロス擲弾兵大隊の兵士たちに向けて突撃を開始した。恐ろしいほどの巨体がシャーロットたちに向けて凄まじい速度で突き進んでくる。


「不味い……!」


 シャーロットが“グレンデル”で銃撃するもフェリシアの突撃は止まらない。


「死ぬがいい」


 そして大きく開いたフェリシアの口に並ぶ牙がシャーロットを捕らえようとし──。


「させません!」


 フェリシアの背後から声が響くと彼女の背中に刃が突き立てられる・


「アレステア少年!」


 そう、復活したアレステアが“月華”でフェリシアの背を貫いていたのだ。


「忌々しい! 不死身の戦士というわけか。ならば、生き返ることを諦めるほどに殺してくれる。血を流し、苦痛に喘げ」


 フェリシアはアレステアを振り落とすと、アレステアに向けて飛び掛かる。


「諦めなければ勝てる!」


 フェリシアの巨体をアレステアが“月華”で迎撃。向けられた鋭い牙を“月華”で押さえ、フェリシアの攻撃を食い止めつつ、弾いて距離を取る。


「なるほど。ゲヘナの眷属の名は確かか。殺し甲斐がある」


 フェリシアはその巨体からは想像できないほどの速度で攻撃を繰り出し、腕を振るって鎌のように鋭い爪でアレステアを引き裂こうとした。


「やられません!」


 その攻撃をアレステアが“月華”で防ぎ、カウンターとして斬撃を繰り出す。“月華”が突き出されていたフェリシアの腕を引き裂くも装甲のように硬い毛皮によって浅い傷しか与えられない。


「まだだです。まだやれる! 諦めない!」


「臓物をぶちまけるがいい」


 アレステアが必死に応戦するもフェリシアの攻撃速度は獣のそれである。人間の反射速度をはるかに凌駕した存在であり、あらゆるものがアレステアが想定していた以上の強敵であった。


 アレステアが再び爪によって引き裂かれ血と肉を飛び散らせる。


「諦めない!」


 しかし、アレステアはくじけなかった。今の彼は諦めない限り戦い続けられる。どんな敵だろうとアレステアは殺せないし、アレステアは諦めない覚悟があった。


「しぶといな。だが、死なないだけでは何も成せない」


「ええ。だから、頑張ります!」


 フェリシアとアレステアが再び衝突しかけたとき、凄まじい爆発音が響いた。


「全車両爆破!」


「全員、撤退だ! 目標は達した! これ以上ここに残る意味はない! 下がれ!」


 司令部の車両がゴードン少佐の部下によって全て破壊され、ゴードン少佐の部下がアレステアたちに向けて叫ぶ。


「アレステア君! 撤退しますよ!」


「分かりました!」


 レオナルドが呼びかけ、アレステアがフェリシアを睨む。


「行け、小僧。見逃してやる。だが、次あった時は容赦しない」


「はい」


 フェリシアが下がり、アレステアたちが司令部のあった陣地を脱出。


「合流地点に急ぐぞ。クソ、信じられない。あんな化け物と戦争をしてるってのかよ。どうなってんだ」


「これがこの戦争だよ」


 ゴードン少佐の部下が降下艇の効果予定地点であり、合流地点に向けて走る。アレステアたちも後に続いて必死に走る。


「ケラリオス軍曹。目的は達したか?」


「目標は達成しました、少佐」


 合流地点は先に到着していたゴードン少佐のワルキューレ武装偵察旅団シグルドリーヴァ大隊A分遣隊によって守られており、そこにアレステアたちは飛び込んだ。


「よろしい。降下艇を要請しろ。撤退だ」


「了解」


 通信兵がアンスヴァルトに連絡を取り、降下艇を要請。すぐさまアンスヴァルトから発艦した降下艇が降下予定地点に現れて着陸した。


「乗り込め。急げ、急げ」


 ゴードン少佐たちが降下地点を最後まで守る中、アレステアたちが降下艇に乗り込み、降下艇がアンスヴァルトに戻る。動員された部隊の全員が降下艇で戦場を脱出し、アンスヴァルトに乗り込むことに成功。


「艦長。作戦に当たっていた部隊の回収が完了しました」


「よろしい。この空域を脱出する」


 テクトマイヤー大佐の指示でアンスヴァルトが作戦空域から離脱し、友軍の確保している空域へと向かっていった。


「ふう。作戦はなんとか成功ですよね?」


「ええ。敵の司令部は機能を喪失しました。後はフサリア作戦が上手くいくかどうかです。我々は与えられた任務で最善を尽くしました。これ以上できることはありません」


 アレステアがアンスヴァルトの兵員室で安堵の息を吐くのにレオナルドがそう言う。


「しかし、本当に不味いね。旧神戦争の英傑って奴はさ。銃弾が効かないなんて」


 シャーロットがそう言って呻く。


「強敵でしたね……。あれが真祖の直系……」


「旧神戦争という神々の戦争を戦い、生き残った英傑。その名に相応しい存在でしたね。あのような存在を相手に人間同士の戦争の常識で戦えるのか……」


 全ての人狼たちの真祖“竜狩りの獣”の直系であるフェリシアは銃弾すら通じず、恐ろしい力を誇った。あれこそがカーマーゼンの魔女たちと同じ、旧神戦争という神代の大戦を戦った英傑なのだ。


 そこで兵員室の扉が開き、シーラスヴオ大佐が入室した。


「皆さん。ご苦労様でした。作戦の結果についてはゴードン少佐から報告は受けました。作戦は成功です。これでフサリア作戦の補助は行えたでしょう」


「フサリア作戦は成功したのでしょうか?」


「まだ情報は入ってきていませんが、作戦そのものは発動したと聞いています」


 アレステアが心配そうに尋ねるのにシーラスヴオ大佐が答える。


「上手くいくといいのですが」


 アレステアがそう言った時、アンスヴァルトの艦内に警報が響いた。


『本艦は現在レーダー照射を受けている。総員戦闘配置、総員戦闘配置』


「え……!?」


 スピーカーから流れたテクトマイヤー大佐の声にアレステアが目を見開く。


 アンスヴァルトの艦橋ではテクトマイヤー大佐たちが状況を把握しようとしていた。


「逆探によればレーダー照射は本艦の後方から行われています。この空域で作戦行動中の友軍飛行艇は存在しないはずです」


「電波輻射管制解除。捜索レーダーを起動し、本艦付近の飛行艇を探知せよ」


「了解」


 敵による逆探を避けるために停止させていたアンスヴァルトの捜索レーダーが起動し、周囲で飛行中の飛行艇をレーダー波で探り始める。


「艦長。レーダーが飛行艇を探知。空中戦艦と思われる大型艦8隻と小型艦12隻。敵味方識別装置に反応なし。敵です!」


「その数では戦っても勝ち目はない。最大戦速! 迅速に離脱する!」


「了解!」


 アンスヴァルトが速力を上げ、作戦空域からの離脱を目指す。


「魔獣猟兵の大規模な艦隊が行動中であることを司令部に連絡しろ。できれば援軍も寄越してもらいたいとも」


「すぐに連絡します」


 テクトマイヤー大佐の指示でアンスヴァルトが魔獣猟兵の空中艦隊が行動していることをこの空域を担当する第10空中艦隊司令部に連絡した。


「依然本艦はレーダー照射を受けています」


「敵艦隊進路変針。本艦に向かっています!」


 魔獣猟兵の空中艦隊はアンスヴァルトに向けて進路を変え、アンスヴァルトを追跡し始めた。アンスヴァルトの艦橋に緊迫感が走る。


「戦闘は避ける。勝ち目がない。迅速に戦闘空域から離脱する。援軍の派遣について司令部は何か返して来たか?」


「いえ。司令部からは連絡なしです」


「クソ」


 テクトマイヤー大佐は今アンスヴァルトの空軍将兵の命だけでなく、葬送旅団とワルキューレ武装偵察旅団の命にも責任がある状況だ。迂闊なことはできない。


「敵艦隊変針。追跡を止めました」


「可能な限り位置を把握し、司令部に報告し続けろ。今、陸軍が攻勢に出ている。それに関係がないとは思えん」


「了解」


 アンスヴァルトはレーダーが捕捉できている限りの魔獣猟兵の空中艦隊の動きについて報告を続け、やがて魔獣猟兵の空中艦隊はレーダーに探知できなくなった。


 地上では帝国陸軍B軍集団がフサリア作戦を発動し、ザルトオードラント領の奪還を目指している。


……………………

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