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タラニス作戦

……………………


 ──タラニス作戦



 魔獣猟兵第3戦域軍による大攻勢タラニス作戦が発動したのは、アレステアたち葬送旅団がアルマ・ガルシアの暗殺を実行してから7日後のことだった。


 魔獣猟兵は一斉に攻勢に出た。


 大量の火砲が短時間ながら集中した砲撃を帝国陸軍の陣地に行い、魔獣猟兵の小規模な部隊を多く編成し、帝国陸軍の防衛線の弱点を突破して後方に浸透していった。いわゆる浸透戦術である。


 火砲の中でも長射程のカノン砲の砲撃は後方の帝国陸軍の予備部隊を拘束し、機動防御を困難にした。また攻勢前に浸透しているコマンドも破壊活動を行い、予備部隊の機動を阻止した。


「第9自動車化擲弾師団と第20自動車化擲弾兵師団が包囲されました。第2軍は解囲のために攻勢に出るとのこと」


「各地で部隊が包囲されています。こちらの予備戦力は拘束されており対処不能。戦線の後退を進言します」


 帝国陸軍A軍集団司令部は突如として始まった魔獣猟兵の大攻勢を前に窮地に立たされていた。各地で魔獣猟兵の進軍によって隷下部隊が包囲されており、そのまま殲滅されそうになっていたのだ。


 A軍集団司令官リュカ・ガリエニ帝国陸軍上級大将は判断を迫られている。


「空軍の支援は?」


「空軍は敵空中艦隊の動きに警戒しています。地上支援のために低空飛行しているときに敵の主力艦に襲われるかもしれないと。さらに既に魔獣猟兵の攻勢によって地上レーダー基地は破壊されています」


「そうか。A軍集団司令官としては後退を選択肢から除外しない。しかし、友軍を見捨てて撤退するわけにはいかない。可能な限り友軍を救援し、ともに撤退する。それから陸軍司令部に連絡し、撤退することを通知せよ」


 ガリエニ上級大将が重々しく司令部の地図を囲む参謀たちに告げる。


「友軍の救援のための戦力が不足しています。完全な撤退は不可能です」


「それでもだ。我々が見捨てれば士気に響く。これから徴集兵も動員されるのだ。徴集兵たちは訓練された兵士ではない。その士気は容易に崩れるだろう。それは避けなければならないのだ」


 参謀の指摘にガリエニ上級大将が返す。


「では、隷下部隊に救出を命じます。A軍集団としても可能な限りの支援を実施しましょう。包囲されている部隊は重装備を喪失しています」


「よろしい。可能な手段は全て行使せよ」


 そして、A軍集団の解囲救出及び撤退戦が始まった。


 だが、追い込まれているのはA軍集団だけではない。帝国陸軍が魔獣猟兵との戦いに投入しているA軍集団、B軍集団、C軍集団の全てが魔獣猟兵の大攻勢によって打撃を受け、撤退を強いられていた。


 そのことはすぐさま皇帝大本営に知らされ、彼らも対応を迫られることになる。


「シコルスキ元帥。状況を報告してもらいたい。極めて危機的な状況にあることはここにいる全員が既に知っている」


 宮殿の地下司令部で開かれた皇帝大本営にてメクレンブルク宰相が深刻そうな表情をして陸軍司令官のシコルスキ元帥に説明を求めた。


「では、説明させていただきます。現在帝国軍は戦線全域において大攻勢を受けております。初期の攻勢以来の大規模攻勢です。我が軍はいくつもの地点で包囲されており、救出を行いながら撤退中」


「食い止められるのか?」


「最終的な防衛線をフリードリヒタット=ホフバッハの線に定めて行動中です。防衛線は暫定的にカエサル・ラインと呼称。ここで魔獣猟兵を完全に食い止めます。現地では工兵が永久陣地を構築し、大量の火砲が運び込まれています」


「ふむ。それならいいのだが」


 少なくとも魔獣猟兵がこのまま帝都に攻め込んでこないということに皇帝大本営のメンバーたちは安堵した。


「元帥。住民の避難の状況は? 住民は脱出できているのか?」


 そこでハインリヒがシコルスキ元帥に尋ねた。


「はっ。軍が住民の避難を前々から計画しておりましたので。そのための道路を確保してありました。住民の自主的な避難も当然ですが、軍による集団避難も実施しております。避難には内務省及び自治省の協力も得ております」


「そうか。住民に故郷を捨てさせるのは酷だが、戦火に巻き込まれるものが出ないようにしてほしい。頼むぞ」


「畏まりました、陛下。厳命したします」


 ハインリヒが頷き、シコルスキ元帥が了解した。


「ボートカンプ元帥。空軍はどうなっている? 陸軍の支援はできているのか?」


 次にメクレンブルク宰相が説明を求めたのは空軍司令官のボートカンプ元帥だ。


「今現在陸軍の直接的な支援は実施しておりません。この攻勢に乗じた敵航空戦力の進出を待って、それを撃破するという考えの下です。空軍は敵航空戦力の後方への阻止爆撃を防ぐ防空任務のみを行っています」


「空軍は戦う気があるのか? ずっと後方にいるではないか。空中戦艦も空中空母も。陸軍を支援すべきではないのか?」


 ボートカンプ元帥の発言にトロイエンフェルト軍務大臣が避難の意見を出す。


「大臣。もし、我々は主力艦を前線の支援に回し、支援のために低空飛行しているところを敵空中艦隊に叩かれれば、我々は航空戦力を失います。そうなれば敵空中艦隊による我が国の産業地帯に対する戦略爆撃すらありえるのです」


「しかし、陸軍は苦戦しているのだぞ。支援はできないのか?」


「陸軍への敵航空戦力による攻撃は阻止しています。防空任務も支援のひとつです」


 食い下がるトロイエンフェルト軍務大臣にボートカンプ元帥はきっぱりと返す。


「ボートカンプ元帥。敵による戦略爆撃の可能性はあるのか? 今の段階で?」


「我が軍の防空網を迂回突破した小規模の空中艦隊がゲリラ的に民間施設への爆撃を行うことは否定できません。ですが、継続的な攻撃というものはありえないかと」


 メクレンブルク宰相が懸念するのにボートカンプ元帥はそう説明した。


「すみません。陸軍から2点追加でいいでしょうか?」


「許可する、シコルスキ元帥」


 そこでシコルスキ元帥が手を上げた。


「まず戦略爆撃の恐れに関してです。内務省及び自治省から砲爆撃の際の民間人の取るべき行動や防空壕の設置について記した民間防衛のパンフレットを作成することに協力を求められています」


 内務省及び自治省は万が一戦闘が住民が避難し終えていない地域に達し、住民が戦火に晒された場合、住民にどのようにして生き残るのかを記載した民間防衛のパンフレットを作成しようと陸軍に協力を求めていた。


 砲爆撃で生じた火災をどのように消火するか。負傷した場合の応急手当の方法は。遺体の適切な処置。そして、防空壕の作成方法などを記したパンフレットになる。


「パンフレットは国民に戦時における適切な行動を知らせることが可能です。ですが、このようなパンフレットを配布することで国民の不安を煽るのではないかと懸念しております。ですので、ここは政府の判断をお願いしたい」


「シコルスキ元帥。パンフレットは作成してほしい。いずれにせよ既に戦争のことは国民に広く知れ渡っているし、国民は怯えている。彼らに戦争に対する対処方法を与えることはそのような恐怖を払拭できるだろう」


「畏まりました。では、すぐに内務省及び自治省に将校を派遣し、パンフレットの作成を支援します」


「頼むぞ」


 シコルスキ元帥が頷き、メクレンブルク宰相が託した。


「それからもう一点。判断の難しい問題が生じております。捕虜の取り扱いについてです。我々はこれまでの戦闘で魔獣猟兵の将兵を捕虜にしています。今は憲兵と帝国国防情報総局の情報将校が尋問に当たっています」


 戦争では捕虜が生じる。帝国軍も魔獣猟兵に捕虜にされたし、魔獣猟兵も帝国軍に捕虜にされている。


 そして、捕虜は憲兵が管理し、帝国国防情報総局が尋問していた。


「捕虜の取り扱いに関する決まりは世界協定で定められています。ですが、それは人間同士の戦争の場合にのみ適応されます。魔獣猟兵は世界協定に参加しておらず、捕虜の権利に関する法的な取り決めはありません」


「そうだったな。魔獣猟兵は世界協定に参加してない」


 世界協定は捕虜に対する非人道的な行為を禁止し、捕虜の権利を定めた協定を含んでおり、世界協定に調印した国々は捕虜を協定違反にならないように扱う。


 だが、魔獣猟兵は世界協定に調印していない。


 つまり魔獣猟兵は帝国軍の捕虜をどう扱うかは彼ら次第であり、同時に帝国軍が捕虜にした魔獣猟兵の兵士たちも法によって保護されていない。


「今現在は捕虜の数は少なく、負担になるというほどのものではありません。むしろ情報源として貴重な価値があるとして保護されています」


 帝国軍が敗退を続ける状況で捕虜になる魔獣猟兵の数は少ない。


「しかし、帝国国防情報総局の尋問についていくつか懸念すべき報告あるのが一点。そして、これから捕虜の数が増え、捕虜を収容することに負担が増してきた場合に将兵に捕虜をどう扱うか指示することに懸念があります」


 シコルスキ元帥がそう報告した。


「魔獣猟兵の捕虜など取る必要があるのか? 情報源になる将校ならばともかく世界協定に調印していない以上、奴らの捕虜に関して法的な保護はない。どう扱おうといかなる法にも抵触しない。そうだろう?」


「しかし、こちらが捕虜を殺害したり、拷問するようなことがあって、それを魔獣猟兵が把握した場合、魔獣猟兵の捕虜となった我が軍の将兵に報復が及ぶ可能性がある」


 トロイエンフェルト軍務大臣の言うことは正しくはあるが、メクレンブルク宰相が提言したように法律になくとも現実的な面で問題になることがある。


「魔獣猟兵側との交渉チャンネルはないのですか? 捕虜に関する取り決めをしなければなりません。それにいずれは講和や停戦の交渉も」


「連中は獣だ。そんな交渉ができるものか」


 枢密院議長の発言にトロイエンフェルト軍務大臣が吐き捨てた。


「その獣が帝国を追い詰めているのだぞ。敵を侮るべきではない。まして我が国の将兵の命がかかっている問題においては」


 メクレンブルク宰相が苦言を呈する。


「シコルスキ元帥。魔獣猟兵に軍使を送れるか試してほしい。一度交渉の場を設け、交渉チャンネルを確保する必要がある。捕虜の取り扱いは当然として講和や停戦などについても話し合いをしたい」


「畏まりました。前線部隊に命じておきます」


 メクレンブルク宰相の指示にシコルスキ元帥が了解した。


「海軍は未だに敵の抵抗を受けていないのだな、リッカルディ元帥?」


 次に海軍について質問が出る。


「海軍は陸軍の戦略機動及び兵站任務を実行しつつシーレーンの確保に尽力しております。アーケミア連合王国とのシーレーンは我が国の産業に関わりますので」


「アーケミア連合王国は我が国に次ぐ工業国家であり、飛行艇の分野においては世界のトップだ。かの国との交易路が遮断されるのは困るな……」


 アーケミア連合王国は帝国の次に巨大な工業力を有する国家だ。そして飛行艇の分野においては軍民ともにトップのシェアを握っている。


「メクレンブルク宰相。魔獣猟兵と交戦中の国々との協力についてはどうなっているのだ? 共通の敵に対し我々は団結するべきではないだろうか?」


 そこでハインリヒがメクレンブルク宰相に尋ねた。


「交渉は進んでおります。現在も自国領内での戦闘を行っているアーケミア連合王国などの国々や自国領土を制圧され亡命した国々と軍事同盟を締結することを外務省が主導して進めております」


「それならばそれを進めてほしい。協力が必要だ」


 メクレンブルク宰相の報告にハインリヒが頷く。


「陛下には外務省と宮内省から既にお知らせしたと思いますが、ご婚姻の件につきましてアーケミア連合王国との友好関係のためにも前向きにご検討いただければと思います」


「……分かっている。考えておく」


 メクレンブルク宰相の言葉にハインリヒは渋い表情でそう返した。


……………………

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