魔獣猟兵コマンド
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──魔獣猟兵コマンド
「葬送旅団アレステア・ブラックドッグです! 援護にきました!」
「助かる、アレステア卿。最後の通信を終えたら我々司令部も陣地に移動する。このままでは迫撃砲のいい的だ」
指揮官の少佐がそう返し、通信兵が隷下の部隊に指示を伝達し終えると、司令部も通信機ごと構築された塹壕陣地へと移動した。
「少佐殿。現在、警戒線への砲撃は止まっています。敵のコマンドの動きは不明。隷下部隊はケルベロス擲弾兵大隊と協力して警戒中です」
「これ以上奴らに部下を殺させるわけにはいかない。何としても阻止する」
通信兵が報告し、少佐が眉を歪めた。泥と汗で汚れたその表情にしわが刻まれる。
それから不気味な静けさが周囲を襲った。戦場では静かな方が不気味だ。銃声のひとつもしない戦場というのは敵が何かを企んでいることを想像させる。
「敵はまだか?」
「今だ敵コマンドの動きは不明。撤退した可能性も」
「ただ迫撃砲で数発砲撃しただけで敵が満足するとは思えない」
副官の言葉に少佐がそう言ったとき爆発音が響いた。砲撃だ。それも近い。
「敵の迫撃砲による砲撃です! 狙われています!」
「来たな。部下たちの仇だ」
軽迫撃砲の連続した砲撃が陣地の付近で炸裂する。
「狙いは地雷原か。クソ、把握されているぞ」
軽迫撃砲は地雷を埋設した場所に砲弾を降り注がせており、暴発した地雷が爆発を起こし、地雷原が耕されていく。
「敵も無限に砲弾を持っているわけではない。いずれ進んで来るはずだ」
「ええ。そうしたら僕たちも戦います」
「頼むぞ、アレステア卿」
少佐は塹壕の外を睨み、アレステアも様子を窺う。
「敵だ! 敵の歩兵を視認! 接近中! 距離900!」
「近いぞ。機関銃班、射撃準備! 迫撃砲小隊と合わせて最終防護射撃を実施する!」
塹壕に据えられた重機関銃の銃口が急速に迫りつつある魔獣猟兵のコマンドに向けられる。地雷原は既に砲撃で粉砕されており、機能することは期待できない。
迫りくる魔獣猟兵のコマンドの姿がアレステアにも見えた。
毛深い半獣形態の人狼8名と吸血鬼と思われる兵士が8名。火薬式短機関銃と同じく火薬式自動小銃のカービンモデル、そして携行可能な軽機関銃という武装。
防弾ベストは装備しておらず、迷彩柄の戦闘服の上にタクティカルベストを装備し、降下狙撃兵や特殊作戦部隊が装備する軽装のヘルメットを被っていた。
「距離500!」
「まだ撃つな。まだ撃つんじゃない。弾を無駄にするなよ。確実に当てるんだ」
「了解──」
重機関銃を操作する射手の頭が弾けた。
「狙撃だ! 頭を下げろ、下げろ!」
次に塹壕から頭を出していた兵士が頭部を撃ち抜かれて塹壕の中に崩れ落ちる。兵士たちは全員が塹壕の中に頭をひっこめた。
「不味いね。狙撃手がいる。このままだと魔獣猟兵の人狼たちに白兵戦を強いられる。そうなると人間では勝ち目が薄い。ということでお仕事しますか」
シャーロットはそう言うと塹壕から手鏡を出して、頭を出さずに外を見る。
「狙撃手発見。観測手とのペアを組んでる。模範的な狙撃班だね。それが2組──」
手鏡が狙撃されて破壊された。
「大丈夫ですか、シャーロットお姉さん!?」
「わお。腕がいい。だけど、こっちも負けてないよー」
アレステアが慌てるのにシャーロットは平然とした様子で“グレンデル”を握ると瞬時に塹壕の外に向けてそれを構え、即座に引き金を引いた。
口径14.5ミリの大口径ライフル弾が魔獣猟兵の狙撃手を一発で仕留める。
「まずひとつ!」
すぐにシャーロットが塹壕に身を隠す。銃弾がすぐ頭上を飛び去り、敵の狙撃手が狙っていることを示した。
「レニー。敵の狙撃班があと1チームいる。どうする?」
「私が陽動をやりましょう。狙撃手を引き付けるのでその隙に狙撃を」
レオナルドがそう言ってクレイモアを握る。
「ダメですよ、レオナルドさん! 僕がやります!」
「アレステア君。しかし……」
「大丈夫です。任せてください」
アレステアはそう言うと“月華”を構えて塹壕から飛び出した。
魔獣猟兵のコマンドは姿勢を低くして塹壕に迫りつつあり、軽機関銃を装備した吸血鬼は匍匐した状態でバイポッドを展開し、援護射撃の準備を整えていた。
「行きます!」
そこにアレステアが突撃。
「射撃開始! 撃て!」
軽機関銃がすぐさまアレステアを銃撃し、彼を仕留めようとする。
「やられません!」
だが、アレステアは“月華”を使って銃弾を弾くと突撃を続けた。
「クソ。何だ、あいつは」
「司令部が言っていたゲヘナの眷属か? まさか……」
魔獣猟兵のコマンドは困惑しながらも自分たちに突撃してくるアレステアを狙って、携行している小火器で銃撃し、彼を殺そうとする。
何発かの銃弾がアレステアの肉体を裂くもアレステアはひるまず進む。
「そうか。ゲヘナの眷属か。ならば、俺が仕留めてやる!」
人狼のコマンド兵がコンバットナイフを抜き、それを構えて進んで来るアレステアに立ち向かう。
「ゲヘナの眷属! 覚悟!」
「やられません!」
人狼のコマンド兵とアレステアがコンバットナイフと“月華”で戦闘を開始。
人狼──それも高度に訓練されたコマンド兵の振るうコンバットナイフの速度はアレステアにとって有利なはずの“月華”のリーチの長さを無力化し、一瞬でアレステアの喉を引き裂いた。
それでもアレステアはすぐに回復して立ち向かう。
激しい戦闘が繰り広げられ、アレステアがひとりで魔獣猟兵のコマンドを足止めしていた。他の魔獣猟兵のコマンドたちもアレステアという脅威を残したまま前進はできず、匍匐した姿勢で待ち続けた。
「シャーロット。狙撃手は?」
「位置を変えたみたい。さっきのカウンタースナイプでこっちの存在を警戒されちゃったね。参ったな……」
「アレステア君にいつまでも任せるわけには」
「分かってるって」
レオナルドとシャーロットは塹壕から魔獣猟兵の狙撃手を探る。
「少佐殿! 空軍から連絡です! 近接航空支援が可能とのこと!」
「要請しろ。すぐに!」
「了解!」
そこで帝国空軍から連絡があった。
その航空支援可能な飛行艇とは他でもない。アンスヴァルトだ。
「艦長。地上部隊から支援要請を受けました。現在本艦の火砲で支援可能な地点です」
「了解した。目標を指示させろ。煙幕弾での目標の指示を視聴部隊に要請」
「了解。アンスヴァルトより地上部隊へ。目標を煙幕弾で指示せよ」
アンスヴァルトは目標地点近くの空域を旋回しており、全ての火砲が使用可能だ。
「少佐殿。空軍から目標を煙幕弾で指示せよとのこと!」
「アレステア卿! 煙幕弾を使え! 空軍に目標を指示しろ! そして離脱せよ!」
連隊指揮官の少佐がアレステアに向けて叫ぶ。
「了解です!」
アレステアは携行していた赤の煙幕弾を投擲し、速やかに赤い色の煙幕が広がる。
「アレステア少年! 支援するから下がって!」
「こっちへ!」
シャーロットが“グレンデル”で魔獣猟兵のコマンドを狙い、レオナルドがクレイモアを握って塹壕から飛び出しアレステアを迎えに行く。
「逃げるのか、ゲヘナの眷属!」
「すみません! でも、許してください!」
アレステアと戦っていた人狼のコマンド兵が叫ぶがアレステアはシャーロットとレオナルドの支援を受けて大急ぎで塹壕に戻る。
「アンスヴァルト! 赤い煙幕に航空支援を実行されたし!」
『了解。航空支援を開始する。デンジャークロース。警戒せよ!』
上空を旋回中のアンスヴァルトが艦体を傾斜させ、火砲の照準を直接地上に向けた。主砲である口径28ミリ3連装砲から口径127ミリ2連装両用砲、口径40ミリ4連装高射機関砲まであらゆる火砲が地上にいる魔獣猟兵のコマンドを狙う。
「砲術長。60秒間全力射撃だ。叩き込め」
「了解。全火砲直接照準射撃! 撃ち方用意!」
テクトマイヤー大佐が命じ、砲術長が応じる。
そして、アンスヴァルトが攻撃を開始。
主砲が一斉射撃で榴弾を叩き込み、両用砲と高射機関砲が次々に砲弾を地上に向けて叩きつけていく。地上で爆炎が巻き起こり、破壊の嵐が吹き荒れる。
「来たぞ! 空軍の支援だ! 吹き飛ばせ!」
「やっちまえ!」
砲弾が連続して炸裂し続け、魔獣猟兵のコマンドを屠る。その様子に先ほどまでは狙撃手に怯えて塹壕に籠っていた兵士たちが歓声を上げた。
「凄い……」
「これでどうにかなりそうだ」
アレステアもアンスヴァルトの火力に感嘆と衝撃の感情を抱き、シャーロットは安堵の息を吐いた。
60秒間の間、アンスヴァルトは旋回しながら全火砲で地上に攻撃を加え、その後砲撃を停止して待機する。
「空軍から追加の支援が必要かどうかの問い合わせが来ています」
「もう大丈夫だ。連中は死んだ」
第491自動車化擲弾兵連隊指揮官の少佐は砲弾で穿たれたクレーターを見て満足そうにそう言った。魔獣猟兵のコマンドは跡形もなく消し飛んでいる。
「勝った、んですよね?」
「ええ。勝利です。今は、ですが」
これから第491自動車化擲弾兵連隊は航空支援もなく、友軍がいる後方まで敵中を突破しなければならない。車両は壊滅しており、徒歩で大地を進み、魔獣猟兵のコマンドに再び襲撃される恐怖を抱えながら。
「助かった、葬送旅団。弾薬も補充できたし、負傷者も後送してもらえた。これで我々はきっと友軍と合流できる」
「頑張ってください。あなた方に幸運がありますことを」
少佐が言い、アレステアがそう返した。
アレステアたちの任務は一応完了した。
展開していたケルベロス擲弾兵大隊と合流し、降下艇でアンスヴァルトへと戻る。
「はあ。全く、酷い戦争だ、これは。ここまで徹底的にやられるなんてさ」
「帝国とて魔獣猟兵を相手にすれば苦戦する。そのことは鉄血蜂起で学んでいたはずなのですがね。我々は学習しない生き物なのでしょう」
シャーロットがため息を吐いて葬送旅団司令部の椅子に座り、レオナルドがそう返す。鉄血蜂起で旧神戦争の生き残りである魔獣猟兵の脅威を人類は知ったはずなのに、あれから何の対策もしていなかったは事実だ。
「あの、負傷者の人たちを見てきてもいいですか? 何か手伝えるかもしれませんから。飛行艇にいる間は僕は何の役にも立たないので」
「休憩しておいた方がいいよ、アレステア少年。シーラスヴオ大佐が言っていたようにこれからまた同じような任務に出撃することになるしさ。休めるうちに休んで、食べられるうちに食べてないとダメだよ?」
アレステアが言うのにシャーロットがそう注意した。
「大丈夫です。ちゃんと休みますから」
「それならあたしから言うことはないよ」
「すみません」
シャーロットが手を振り、アレステアは負傷者が運び込まれた兵員室に向かう。
「彼、背負い過ぎじゃない? なんでもやろうとしてる」
「そうするように彼を持ち上げたのは我々ですよ。彼を英雄だと、選ばれた存在だと持ち上げ、彼を利用した。皇帝陛下も、政府も、軍も、我々も。帝国と言う国家のためにひとりの少年を生贄に捧げた」
「……そうだね。あたしたちのせいだ。仕方ないとはいえ、惨いことをしてしまった」
レオナルドとシャーロットがそう言葉を交わした。
一方のアレステアは負傷者が治療を受けている兵員室に入る。
「カーウィン先生。負傷者の方々はどうですか?」
アレステアがアンスヴァルトに運び込まれた負傷者の手当てをしているルナに話しかけた。彼女は衛生兵を指揮して包帯などを返させ、負傷者の容体を見ながら鎮痛剤や抗生物質を投与しているところだ。
「彼らは恐らく全員助かるよ。重傷者もいたが、輸血もできたし、傷口が壊死しているものは切除したからね。命は助かるだろう」
「よかったです」
「ああ。命は助かるよ。だけど、彼らは今後の日常生活に苦痛を抱えるような体の傷を負っている。手足を失った兵士はもう以前の生活には戻れない。それに加えて彼らは心にも傷を負っているんだ」
「心の傷……」
ルナが寂し気にいうのにアレステアが負傷者たちを見渡す。
手足を失った兵士は少なくない。手足がなければ働くことも、日常生活を送ることすらも難しい。身体の欠損は大きな障害だ。
それに加えて彼らは戦友の死を間近にし、敵の殺意ある攻撃を浴びて死の淵に立ち、負傷した。心には恐怖が刻まれ、それが彼らを外傷で負った障害とともに戦場から退いたのちも苦しめることになる。
「君は心に傷を追ってはいないかい、アレステア君? 君も死を見てきただろう。助かるかもしれなかった命が手から零れ落ちたこともあるに違いない。それは君を苦しめる傷となってしまう」
「僕は……」
ルナの言葉に友人を失った兵士のことをアレステアは思い出した。
もう少しでも早くアレステアたちが到着したら助かったかもしれない命。
「心の傷を癒すのも医者の仕事だ。君が苦しむようなことがあれば遠慮なく相談してほしい。頑張っている君の力になりたいからね」
「ありがとうございます、先生」
ルナの優しい笑みにアレステアは少し安心した。
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