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タイフーン作戦の行く末

……………………


 ──タイフーン作戦の行く末



 帝国陸軍第3軍が実施したトレネズンプフ領における限定攻勢タイフーン作戦。


 帝国陸軍は現在、計画通りに前進できていた。魔獣猟兵に後退を強い、確実に前進している。火砲が揃い、砲兵の火力が発揮できるので戦況は遥かに改善していた。


 帝国陸軍は後方から続々と送り込まれる装備と予備役、徴集兵で補充されて行き、攻勢で伸びた後方連絡線を守る部隊も確保できていた。とは言え、徴集兵だ。3ヶ月程度の訓練を受けただけの素人そのものであるが。


「あの丘を押さえられれば敵の陣地が観測可能になる。この遮蔽物のない平原では火砲だけが頼りだ。何としても確保しなければならん」


 帝国陸軍第49自動車化擲弾兵師団第491自動車化擲弾兵連隊第1擲弾兵大隊はトレネズンプフ領の中央付近に広がる平原に塹壕陣地を作って、魔獣猟兵が待ち構える陣地を見つめていた。


 低い草原があるだけの開けた地形で小高い丘がひとつだけ聳えている。


 一度突破を試みたが、魔獣猟兵は火砲によって無防備な平原を突進する帝国陸軍の兵士たちを砲撃し、機関銃で追い払った。


 再度、攻撃を目指す帝国陸軍は丘を確保し、そこに前線観測班を送り込み、魔獣猟兵の陣地に向けて砲撃を叩き込む予定だ。


「突撃!」


 そして、攻撃が始まった。


 偵察では魔獣猟兵の小部隊が丘を守っている。帝国陸軍は火砲で丘を砲撃し、同時に歩兵を突撃させた。歩兵が塹壕を飛び出し、丘に向かって突き進む。


 歩兵たちは必死に走る。幸い、まだ魔獣猟兵の砲撃はない。丘に向けて突き進み、丘を確保することだけを考える。恐怖を殺し、勇気を振り絞っていつ死ぬか分からない平原を走り続けた。


「少佐殿! 敵の抵抗は皆無です! 敵の抵抗がありません!」


「なんだと」


 しかし、魔獣猟兵は全く反撃してこない。丘にいたはずの部隊はいなくなっていた。


「どういうことだ……」


 大隊指揮官の少佐自らが丘の上に昇って周囲を見渡す。


 魔獣猟兵が作った塹壕陣地には装備も兵士も残っておらず、完全に敵撤退していた。少佐の擲弾兵大隊は何の損害もなく丘を手に入れたのだ。


 しかし──。


「あれは」


 丘から見えた魔獣猟兵の陣地から黒い塊が溢れかえって前方に侵食してきた。双眼鏡を持っている将校たちはそれが何なのかを確かめようとする。


「敵の大部隊だ! 凄い数だぞ!?」


「砲兵に支援を要請しろ! 前線観測班をすぐに配置するんだ! 急げ、急げ!」


 大混乱が発生した。


 魔獣猟兵はこの丘のある平原だけでなく、トレネズンプフ領の全戦域で大規模な兵力を攻勢に出した。その全てが人狼でも吸血鬼でもなく、武装した屍食鬼である。


「敵の反撃です! 我が師団は大規模な反撃を受けています! 撤退の許可を!」


『撤退を許可する。後方に撤退し友軍部隊と合流して防衛を開始せよ』


 進軍していた全ての部隊が自分たちの数倍の数の屍食鬼が人海戦術で波状攻撃を仕掛けてくるのに後退を強いられる。後方には後方連絡線を守るために配置されている二線級部隊がおり、主力はその部隊との合流を目指した。


 だが、それを読んでいない魔獣猟兵ではなかった。


「クソ! 待ち伏せだ! 車両がやられたぞ!」


「いつの間に後方に回り込みやがったんだよ!」


 撤退経路に魔獣猟兵のコマンドが忍び込み、地雷を設置し、待ち伏せを仕掛けてきた。撤退のために乗り込んだ車両が爆発炎上し、兵士たちが火だるまになる。それによって混乱する帝国軍の将兵が狙撃され、機関銃で薙ぎ払われた。


 撤退は遅れに遅れ、その間に屍食鬼の大群が前線を突破し後方連絡線を遮断。


 進出した部隊の多くが孤立した。撤退できず、後方連絡線を切断されてしまった。


「出動要請です」


 そのような戦況の中でシーラスヴオ大佐がアンスヴァルトの司令部で告げる。


「タイフーン作戦は失敗です。作戦は中止され、部隊の撤退が始まっていますが、敵地で孤立した部隊が多数となっています。我々の任務はその孤立した部隊の救援です」


 葬送旅団は屍食鬼による大攻勢で孤立した帝国陸軍部隊の救援。


「今現在、我々以外にも屍食鬼を押し返して孤立した部隊の救援が行われています。第3軍全軍が救援のために戦闘中。なれど魔獣猟兵はほぼ使い捨ての勢いで屍食鬼を繰り出してきました」


 魔獣猟兵は屍食鬼を砲兵の支援もなく、そして戦術的な考えなく、ただ突撃させてきた。人海戦術による波状攻撃によって帝国陸軍の対応は飽和し、無思慮な突撃によって押し流されたのである。


「それは不味いですね……。僕たちは対応できるのでしょうか?」


「はい。幸いにも前進したのは砲兵の支援も何もない屍食鬼の大群だけです。こちらの火砲が準備が整った防衛線では、その数に任せた攻勢は粉砕されつつあります。数は多いですが、こちらの火力も負けていない」


 魔獣猟兵側が何も考えずに屍食鬼を数で叩きつけたことにより屍食鬼には補給もなければ、砲兵による支援もない。


 故にちゃんと防衛準備が整った第3軍の後方部隊と交戦すれば火砲によって吹き飛ばされ、徹底的にその攻勢は粉砕され、屍食鬼は急速に数を減らしていた。


「では、希望はあると言うことですね」


「もちろんです。孤立している部隊はほぼ車両を喪失しており、退却が困難です。我々は彼らの抱えている負傷者を救出し、物資を運ぶことで救援します。また攻撃に晒されている部隊には戦闘参加による支援を」


「はい!」


 シーラスヴオ大佐の説明にアレステアが元気よく頷いた。


「まあ、負傷者救援なら女医先生も加わったことだし、丁度いいね」


 そう言ってシャーロットが同席しているルナを見る。


「ああ。任せてほしい。医者としてできることをしよう。助けられる人間は助けるよ」


「頼りにしてます、カーウィン先生」


「期待に応えよう、アレステア君」


 アレステアの言葉にルナが優しく微笑む。


「では、早速ですが出撃です。物資は積み込みました。繰り返しの出撃となり、休憩できる機会は少ないと思いますので各々休める時に休んでください」


 戦争において規則正しい生活など不可能だ。人々が眠る夜の闇には戦術的な効果があるし、敵は常にこちらの隙を窺っている。特に塹壕を挟んだ消耗戦となれば敵の士気を挫くために昼夜を問わず砲撃を行うのは多々あるのだ。


 だから、軍人は休める時に休むように訓練されている。雨で泥沼になった塹壕の中であろうと、悪路を走る揺れるトラックの中であろうと、飛行艇の中でも。


 アレステアは訓練された軍人ではないが、今は戦場で戦う兵士のひとりだ。アレステアも休めるときに休んでいなければならない。


 アレステアたちはアンスヴァルト中で食事をし、眠り、待機した。


「出撃です」


 そして、葬送旅団が前線に出撃する。


「艦長。第10空中艦隊司令部より我々の護衛に第37空中駆逐艦隊がつくとのこと」


「了解。合流地点へ向かえ」


 アンスヴァルトは現在のトレネズンプフ領空域での作戦を担当している第10空中艦隊が派遣した護衛との合流を目指した。


「友軍空中巡航艦を視認」


「周辺の警戒は彼らに任せ、我々は引き続き電波輻射管制を実施し、友軍艦艇との連絡には発行信号を使用せよ」


「了解」


 引き続き友軍が完全に航空優勢を握ってない状況での空中機動作戦だ。敵に見つからないように慎重に行動しなければならない。


 友軍の空中駆逐艦隊が周囲に広がってレーダーピケット艦としての役割を果たし、アンスヴァルト自身は一切の電波を発信せずに目的地に向かう。


 低空を這う用に飛行して敵の探知を避け、武器弾薬や医療品などを積んだアンスヴァルトが救援を求めている部隊を目指した。


「しかし、魔獣猟兵の考えていることがよく分からないですね」


 その頃、葬送旅団司令部ではレオナルドがそう言い始めた。


「どういうことですか、レオナルドさん?」


「敵は我々の攻勢を挫くために屍食鬼による人海戦術で反撃しました。ですが、それによって得たはずの有意な戦況を活かす様子がないのです」


 アレステアが首を傾げるとレオナルドが説明する。


「確かにその通りですね。第3軍司令部も頭を悩ませています。魔獣猟兵は我々に退却を強いることに成功しました。しかし、その後で主力を投入して追撃をしていません。軍が被害を出すのは退却時に追撃されるときであるのに」


 シーラスヴオ大佐も悩んでいた。


 軍は正面から敵と戦っているときは思ったより被害を出さない。よほど無謀な攻撃を仕掛けない限り、火砲などの重装備が支援するので真っ当な戦闘ができる。


 問題は退却する場合だ。既に帝国陸軍が経験しているが、退却時には負傷者などを輸送し、かつ火砲なども移動させなければならない。正面から戦っているときとは違い、火砲の支援はなく、陣地すら構築できない。


 それ故に重装備を放棄することになり、敵の足止めのために殿を務める部隊は不利な戦いで犠牲を出し、部隊は戦闘力を大きく損耗するのだ。


 しかし、どういうわけかタイフーン作戦が頓挫して撤退する帝国陸軍を魔獣猟兵は主力を前進させて追撃しなかった。屍食鬼たちは何の支援もないままに前進し、帝国陸軍を分断したものの、今は撃破されつつある。


「魔獣猟兵も意外と余裕がないのかもよ。拠点であるアイゼンラント領からかなり進出して後方連絡線は伸び切ってるしさ。兵站が間に合ってなくて、主力部隊は物資不足で動けない、とか」


「あり得なくはないですね。ここ最近、魔獣猟兵の活動は低調です。ですが、そうであったならば今回の作戦は成功したかもしれなかったのですが……」


 シャーロットの推理にシーラスヴオ大佐が唸った。


「追撃がなかったのはいいことです。僕たちが救援すればさらに大勢を助けられます。できることをして、最善を尽くせば多くが助かる。そうですよね?」


 アレステアは子供だ。戦争を理解しているとは言えない。彼はただ純粋に戦争で人が死ぬことを憂い、助けられる人を助けたいだけだ。勝利とは人々が生き残ることだと思っている。


「そろそろ到着かい?」


「カーウィン先生! まだですけど準備はしておきましょう。手伝いますよ」


 そこでルナが司令部に姿を見せた。


「そうか。では、負傷者の受け入れの準備を手伝ってくれるかな? ベッドを準備しておきたい。清潔なシートを布いて、負傷者を寝かせられるようにしておきたいんだ」


「手伝います!」


 アレステアはルナに頼まれて兵員室に準備された負傷者を収容する臨時の野戦病院に向かった。アンスヴァルト所属の軍医の他にケルベロス擲弾兵大隊の衛生兵が待機している。かなりの人数を収容可能だ。


 アレステアはルナに続いてベッドが準備された野戦病院に入る。


 飛行艇内は戦闘機動によって物が揺れ動くためベッドは固定されており、ずらりと並んでいた。軍医と衛生兵は清潔な包帯や消毒液、鎮痛剤と言った外傷治療の基本な医療品を整理し、いつでも使えるようにしている。


「シーツはそこにあるからベッドに広げてくれるかい?」


「分かりました」


 アレステアはルナと一緒にベッドに消毒されたシーツを広げていく。


「戦場の負傷者たちは泥にまみれ心身ともに疲弊している。清潔で、整えられたシーツは彼らを病原菌による感染症から守るとともに精神的な安らぎを与える。彼らのためにもしっかり整えておこう」


「はい!」


 アレステアも傷ついている人を助けると言うことには前向きになれた。


 死霊術師に呪われた屍食鬼はともかく、敵は人狼や吸血鬼であり、アレステアたちはそれらを殺すことになる。人は殺すより助ける方がストレスがない。


「うん。よくできているよ。慣れているんだね」


「ええ。ずっと自分でベッドは整えてきましたから」


 ルナがアレステアの整えたシーツを見て褒めるのにアレステアが嬉しそうに笑う。


「助けられるものは助けよう。それが私たちのやるべきことだ」


 葬送旅団を乗せたアンスヴァルトが目的地に近づく。


……………………

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