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攻勢作戦“タイフーン”

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……………………


 ──攻勢作戦“タイフーン”



『本日、メクレンブルク宰相は緊急勅令によって布告された徴集に関する法律の運用を開始すると発表しました。対象となるのは16歳から65歳の男性で、軍務省から召集令状が送られた場合、最寄りの帝国軍事務所に出頭するように求めています』


 ラジオがニュースを報じている。


『しかし、最大野党である社会民主同盟などは本法律に依然として反発しており、民主主義的なプロセスを無視しているとして法律を帝国議会に提出して議会で審議することを求めています』


 政治家は政治をしている。戦時においてもそれは変わらない。


『また社会民主同盟党首シャルル・サルトル氏は挙国一致内閣を組織するべきであると訴え、同党が民主的戦時体制に協力する意向はあるとメクレンブルク宰相に伝えました。メクレンブルク宰相は前向きに検討するとしています』


 戦時の色が濃くなり始めている。


 徴集は開始され、健康な成人男性たちが軍に徴集される。軍の駐屯地では新兵の大規模な訓練が開始され、大学などでは即席士官を養成するための講座が開かれていた。


 また皇帝大本営の決定で軍需品の生産拡大に関する法律の作成が始まり、それを受けて民需品が不足することを見越した配給制度の試行を含めた統制経済への移行についての話し合いも始まっている。


 一方、前線では帝国軍に有利な動きがあった。


 魔獣猟兵側が攻勢限界点に達して以後、兵站線が伸び切ったのに対して、帝国軍は内陸の拠点に向けて撤退したために兵站線は短くなったのだ。


 備蓄されていた装備がすぐさま前線に送られ、動員された予備役によって兵員も補充される。帝国軍はあくまで局所的にではあるが、攻撃を続けて疲弊した魔獣猟兵に対して優位な状況となっていた。


 これを逃す手はない。


「我々第3軍はトレネズンプフ領における戦略的勝利を獲得するために限定的攻勢作戦を実行することを決断した」


 第3軍司令官のミラー大将が集まった隷下部隊の指揮官たちに宣言する。


「この攻勢の目的はトレネズンプフ領の要衝の防衛を有利にするためのものだ。前線と守るべき要衝の間に縦深を与え、要衝をこちらが利用し、敵の攻撃に晒されないようにするためのものである」


 ミラー大将はトレネズンプフ領の地図を前に説明する。


 各部隊の攻撃発起位置が記され、どこまで前進するのかが記された地図だ。この地図は各部隊の指揮官にも配られているが、非常時には奪われることを避けるために焼却処分するように命じられていた。


「改めて言うが、これは限定的攻勢である。本格的な反攻とはならない。いずれ全域で同時実行されるであろう大攻勢の前の準備である。それを頭において無理な前進しないように。これは下級部隊にも厳命すること」


 これは魔獣猟兵を完全に押し返すものではない。あくまで防衛作戦のために有利な状況を作り出すための作戦だ。


「閣下。空軍の支援は?」


「第10空中艦隊が支援に当たるが、帝国空軍は作戦に消極的だ。第10空中艦隊には補助艦と旧式の主力艦しか配備されていない。もし、魔獣猟兵の空中艦隊が反撃に出れば瞬く間に航空優勢を奪われるだろう」


「つまり、航空優勢がない状況での攻勢作戦だというのですか?」


 ミラー大将の言葉に隷下部隊の指揮官が渋い顔をする。


 攻勢のために戦場を機動する地上部隊は砲爆撃に弱い。軍用トラックによって自動車化されていても、装甲車一種である装甲兵員輸送車(APC)などで装甲化されていないのでは砲爆撃で大きな打撃を受ける。


 そのため航空優勢なしに攻撃を仕掛けるというのは指揮官たちにとって悪夢だ。


「恐らく空軍は積極な地上支援は行わないだろうが、敵空中艦隊への損害を与えることには努力するだろう」


 ミラー大将はそう言うだけだ。


 帝国空軍は主力艦を投入するタイミングをずっと話し合っている。一度主力艦同士の決戦に敗れれば、敵の空中艦隊に大きな行動の自由を与えることになるからだ。


 今は帝国空軍が保有している最新鋭の主力艦が後方に控えていることで、魔獣猟兵側もその活動が制限されている。迂闊に行動すれば帝国空軍に撃破される恐れがあり、それが相手に対する抑止力となっているからだ。


 これを海軍との共通の用語で現存艦隊主義と言う。


「本作戦はタイフーン作戦と呼称。では、諸君の健闘を祈る。帝国と皇帝陛下のために義務を果たし、勇気を奮って尽力せよ。以上だ」


 ミラー大将はそう言って作戦会議を終えた。


 タイフーン作戦の話はアレステアたち葬送旅団にも及んだ。


「第3軍司令部はトレネズンプフ領での限定攻勢を決断しました。作戦名はタイフーン。我々にも参加するように命令が来ています」


 第3軍司令部の作戦会議に出席していたシーラスヴオ大佐が特務空中巡航戦艦アンスヴァルト艦内の司令部でアレステアたちに告げる。


「了解です。僕たちは何をすればいいのでしょうか?」


「第3軍司令部は引き続き我々を機動力の高い予備部隊として扱うつもりです。これまでは防衛のための機動防御を担当していましたが、次は攻撃のための機動部隊としての運用となります」


 アレステアが尋ねるのにシーラスヴオ大佐が説明を始める。


「主な任務は想定以上の敵に遭遇した部隊の援軍としての突破支援、あるいは撤退の支援となります。守りから攻めに変わっただけで任務は同じようなものです。我々は危険な戦局に投入される火消しとなります」


「けど、あたしたちは依然として1個大隊の軽歩兵に過ぎないでしょ。それを当てにされてもちょっと困るんだけどなあ」


 シーラスヴオ大佐の言葉にシャーロットが渋い顔をした。


「いえ。第3軍司令部は我々を1個大隊の軽歩兵以上の存在として扱っています。この戦争はこれまで我々が想定してきた人間同士の、人間の能力で戦う戦いではありません。敵は旧神戦争の戦士たちです」


「旧神戦争の英雄たちですな。人狼、吸血鬼、ドラゴン、そして魔女。人間より遥かに高い能力を有するものたち。確かにそれらに対応するのにはアレステア君のような神々の加護を受けたものが必要となるでしょう」


 そう、相手は自分たちと同じように銃弾と爆薬だけで戦う相手ではない。


 セラフィーネやカノンのような旧神戦争で神々すら屠った魔術を使う存在が敵として存在しているのだ。彼女たちはひとりで戦局をひっくり返しかねない。


 そして、それに対抗できるのは彼女たちと同じように人ならざる力を行使することができるアレステアのような人材だ。ゲヘナの加護を受けた彼ならば、一度はセラフィーネを退けたように対抗できる。


「君たちはこんな幼い少年にそんな重責を担わせるのかい?」


 そこで列席していたルナが静かにそう言った。


「あたしたちだってできれば代わってあげたいよ、先生。けど、ゲヘナ様が選んだのはアレステア少年だった。神々が選んだことにあたしたちは変更を求められない。人は神々に従って生きていくから」


「軍人としては確かにアレステア卿のような子供に過酷な戦場を経験させるのはあまりよくは思いません。しかし、アレステア卿しかいないのです。カーマーゼンの魔女たちのような怪物に対抗できるのは」


 シャーロットとシーラスヴオ大佐がそれぞれ反論する。


「カーウィン先生。戦いたいと言ったのは僕自身なんです。強制的に戦わされているわけではありません。むしろ、僕のような子供を使うように頼み込んでいるんです」


「そうか……。私としては大人が子供に頼るのは、それも戦争という大人の業が生み出したものにおいて子供に頼るというのは少し辛いよ」


 アレステアも気丈に告げるが、ルナは目を伏せて暗い顔をしていた。


「まあ、アレステア少年はちょっと頑張りすぎるというか、自分を犠牲にしちゃうところがあるからお姉さんも心配ではあるけどね。それでもあたしたちじゃ、カーマーゼンの魔女や真祖吸血鬼の相手は無理なのが現実」


「この戦争に至った経緯を考えれば、確かに我々大人が背負うべき責任を子供であるアレステア君に押し付けていると言わざるを得ません」


 シャーロットとレオナルドもアレステアを頼りに思いつつも、彼があまりに大きな責任を背負わされていることを感じていた。


 そして、不意に沈黙が訪れる。


「子供だとか関係ないです! 僕は頑張ります! できることをします! だって、僕はゲヘナ様に加護を与えていただいたんですから。カーウィン先生も僕を頼ってくださいね。あなたのためにも戦いますから」


「……ありがとう、アレステア君」


 ルナがそう言ってアレステアに優しく微笑むのにアレステアの頬が紅潮した。


「失礼します!」


 そのとき、司令部にケルベロス擲弾兵大隊の下士官が入って来た。


「大佐殿、カーウィン軍医殿。要請した医療品が運ばれてきました。確認を願います」


「分かった。すぐに行く」


 下士官が言い、シーラスヴオ大佐とルナが第3軍に要請していた医療品を確認するためにアンスヴァルトの貨物室に向かう。


「ひょっとしてさ。アレステア少年、カーウィン先生に一目ぼれしてる?」


「え!? そ、そういうことはないです、かもです……」


「ほっぺ真っ赤だよ。照れてる、照れてる」


 アレステアが首を振るのにシャーロットがにやにやと笑った。


「どこら辺に惚れちゃったの? やっぱお医者さんだから優しそうって思った? それとも胸が大きいところかな?」


「も、もう! からかわないで下さいよ、シャーロットお姉さん!」


 シャーロットがアレステアをからかうとアレステアがそっぽを向く。


「しかし、やはり民間人としては子供を戦争に動員することにためらいが勝るものなのですね。我々はそう考えるより、アレステア君が戦えることの方を考えてしまった」


「仕方ないよ。あたしたちは実際に見てるもん。アレステア少年があのカーマーゼンの魔女にして旧神戦争最強の魔女セラフィーネを退けるのを」


 レオナルドが呟くように言い、シャーロットが肩をすくめる。


「それに英雄として祭り上げられていますからね。戦争には英雄が必要なのです。戦争という殺戮の場において正気を保つにはヒロイズムに浸るしかない。英雄はそれを成し遂げ、兵士たちを導いてくれる」


「英雄、ですか。僕はまだ何も成せていません。名前負けしていて情けないです」


「そんなことはありませんよ、アレステア君。あなたはもう立派な英雄です」


 アレステアが俯くのにレオナルドがそう励ました。


 それからアンスヴァルトを拠点に葬送旅団がタイフーン作戦に備える。


本部(HQ)より全部隊へ。タイフーン作戦発動、タイフーン作戦発動』


 暗号化された無線で第3軍隷下部隊にタイフーン作戦の発動が通知。


 第3軍が動き出した。


「砲兵が攻撃準備射撃を開始!」


 後方から補充された各種火砲が一斉に魔獣猟兵の陣地を砲撃し、猛烈な鉄と炎の嵐を吹き荒れさせる。砲兵の火力はやはり段違いだ。


「突撃、突撃!」


 それから歩兵が突撃を開始。


 全軍が目標を達成するために血を流しながら前進した。


 事前の偵察活動で把握していた魔獣猟兵の陣地の守りの手薄な地点を狙って攻撃が行われる。個々の突撃は分隊レベルで行われ、防衛線の隙間を縫って魔獣猟兵の後方に回り込んでいった。


「掩体を制圧しろ! 火炎放射器!」


 これまで機関銃の据えられた塹壕陣地を突破するには人海戦術しか方法はなかった。血を流し、死体を積み上げ、強引に敵の塹壕を撃破する。


 しかし、いくつかの地域紛争で得られた教訓が新しい戦術を生み出した。塹壕に横一線に一斉攻撃を仕掛ける従来の攻撃から、分隊単位の小部隊が敵の脆弱な地点を個々に突破して後方を制圧するという浸透戦術の発明だ。


 突破を行う歩兵部隊には塹壕に制圧に有効な軽機関銃、迫撃砲、火炎放射器を装備し、手榴弾で塹壕の敵にトドメを指す。


「こちら第491自動車化擲弾兵連隊司令部! 第一目標を奪取! さらに前進可能!」


『第49自動車化擲弾兵師団司令部、了解。第二目標の奪取のために前進せよ』


 自動車化された帝国陸軍の自動車化擲弾兵師団だが、攻撃の際には車両は使用しない。装甲のない軍用トラックなど小銃弾ですら脅威になってしまい、貴重な車両を失うことに繋がってしまうからだ。


「ミラー大将閣下。タイフーン作戦は今のところ順調です」


「ああ。しかし、油断はできんぞ。これは一種のギャンブルに近い」


 タイフーン作戦が進行していく。


……………………

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