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第62自動車化擲弾兵連隊救援戦

……………………


 ──第62自動車化擲弾兵連隊救援戦



 アレステアたち葬送旅団は配置転換中に夜襲を受けた帝国陸軍第62自動車化擲弾兵連隊の救援のために戦場に降下した。


 降下に使用される降下艇は垂直離着陸可能な飛行艇で大きいものでは60名の兵員と装備を輸送することができる。アレステアたちはケルベロス擲弾兵大隊の将兵とともに降下艇に乗り込み、戦場に降り立った。


「凄い砲声が……」


「救援を求めている第62自動車化擲弾兵連隊によると魔獣猟兵が迫撃砲で集中攻撃を行っているようです。それで身動きが取れないと」


 戦場には連続した砲声と着弾した際の爆発音が響き渡り、各種小火器の銃声がけたたましく唸り声をあげていた。


「止まれ! 誰だ!」


「葬送旅団です! アレステア・ブラックドッグ!」


 第62自動車化擲弾兵連隊の兵士が暗闇から誰何するのにアレステアが砲声と銃声に負けないように大きく叫ぶ。


「救援か。よく来てくれた。あんたらは救いの女神だ。連隊司令部に案内する」


 誰何したのは帝国陸軍中尉で2名の部下とともにアレステアたちを第62自動車化擲弾兵連隊の連隊司令部に案内した。


「大佐殿。葬送旅団が到着しました」


「来てくれたか。歓迎する。俺はアーサー・スペンサー陸軍大佐。第62自動車化擲弾兵連隊の連隊長だ」


 アレステアたちを出迎えたのは薄汚れた三角巾で左腕を吊っている壮年の陸軍将校だった。纏っている戦闘服は泥にまみれており、顔には乾燥して黒くなった血がついている。その容貌は激戦を潜り抜けたのを感じさせた。


「アレステア・ブラックドッグです。こちらは旅団長のオラヴィ・シーラスヴオ大佐さんです。彼が葬送旅団を指揮しています」


「ああ。君が噂のゲヘナ様の眷属か。帝都でも武勇は聞いているぞ。その神から授かった加護、頼りにさせてもらう。ではシーラスヴオ大佐、状況を説明する」


 スペンサー大佐はそう言って地図を見せる。


「まず我々は完全な奇襲を受けた。移動中に敵に捕捉され、襲撃された。辛うじて隊列を維持していたので壊滅こそしなかったが、迫撃砲の砲撃によって甚大な被害が出た。考えるに敵はここを我々が通ると予想していたようだ」


「待ち伏せですか。敵の目的はフランツ・ヨーゼフ橋ということですかな?」


「恐らくは。魔獣猟兵はカリスト河を渡河するための橋頭保を確保しようとしていると第3軍司令部は分析している。我々がフランツ・ヨーゼフ橋に到着する前に撃破し、橋を確保して橋頭保を作るつもりなのだろう」


 この第62自動車化擲弾兵連隊の任務は移動してフランツ・ヨーゼフ橋を防衛することだった。フランツ・ヨーゼフ橋はカリスト河を渡河するための重要な橋である。


 渡河は非常に困難な軍事行動のひとつだ。川を超える際の兵士は脆弱な目標であり、格好の標的となってしまう。さらに火砲などの重装備を渡河させるのは難しい。


 工兵は古代の時代から架橋を任務のひとつとしており、現代においてもそれは変わらないが、臨時に架けられた橋の耐久度は低く、やはり重装備の移動は難しい。


 そうであるからにして戦争において橋は常に要衝となり、双方が奪い合い、時として命を懸けて爆破する目標となる。


「では、作戦目標はフランツ・ヨーゼフ橋への到達と防衛ですな。こちらの兵力はどの程度です? 装備の類はどうなっていますか?」


「酷い状況だ。まず車両は全て失った。以前に行われた激しい砲爆撃でな。負傷者を後送することもできない。そして、牽引車を失ったので重迫撃砲の類も放棄することになった。おまけに運べる武器弾薬も限られた」


 自動車化部隊であるはずの第62自動車化擲弾兵連隊だったが、肝心の軍用トラックなどの車両を喪失し、輸送能力は大幅に低下していた。


「また連隊隷下のほぼ1個大隊が完全に戦闘不能だ。死傷者が出過ぎているし、補充もされていない。このままここで戦い続ければ全滅しかねん」


「それは不味いですね」


 帝国陸軍の自動車化擲弾兵連隊連隊の場合、その編成は3個擲弾兵大隊をベースとしている。1個擲弾兵大隊の壊滅というのは戦力の3分の1を喪失した状態だ。


「シーラスヴオ大佐。我が連隊は魔獣猟兵が待ち構えていたこの地点を突破し、フランツ・ヨーゼフ橋に向かわねばならん。まず我が連隊を身動きできなくしている敵の迫撃砲を叩き、現在交戦中の敵歩兵部隊を撃退する」


 第62自動車化擲弾兵連隊は強力な迫撃砲の砲撃によって身動きできない。兵士たちは大急ぎで作った塹壕に立て籠もるばかりで、そこから出れないのだ。迂闊に出れば砲弾で八つ裂きにされる。


 どうあれまずは敵の迫撃砲を叩く必要がある。


「そして、連隊の負担となっている負傷者をそちらで後送してほしい。車両の喪失は負傷者を運ぶこともできなくしている。こちらにはもう医療品も底を尽きているのだ」


 戦争において負傷者の存在は負担だ。見捨てれば士気に響く。負傷して戦地に置き去りにされると分かって士気が上がる軍隊などない。


 自分で歩ける負傷者ならともかく、歩けない負傷者を運ぶのは無事な兵士たちの労力となり、戦闘に参加できる兵士の数を減らしてしまう。これが負担なのだ。


「頼めるな、シーラスヴオ大佐。お前の部隊が切り札だ」


「ええ。任せてください。まず飛行艇に迫撃砲陣地への攻撃を要請します」


「やってくれ」


 シーラスヴオ大佐が通信兵に命じて低空で待機しているアンスヴァルトに連絡を取る。アンスヴァルトは近くの空域でレーダーを停止させて地上からの要請を待っていた。


「テクトマイヤー大佐。地上部隊より支援要請です。敵迫撃砲陣地の攻撃を求めています。おおよその位置についても連絡が来ています」


「了解した。夜戦になるな。観測艇を出して目標を照明弾で指示させろ」


「はっ!」


 テクトマイヤー大佐の命令で観測艇がアンスヴァルトから発艦する。


 観測艇はレーダー技術が発達する前に長距離砲戦や夜戦のために使われていた小型飛行艇で武装は機関銃程度で乗員は3名のみ。母艦から発艦して敵を捕捉し、照明弾で照らしたり、弾着観測を実施するのが任務だ。


 レーダーが発達した今の時代では飛行艇から飛行艇に移動する連絡艇として使われることが多くなったが、このようなレーダーが使えない状況では未だに役に立つ。


 観測艇は静かに戦場上空を飛行し、魔獣猟兵の迫撃砲陣地を探す。


「見えた。迫撃砲陣地だ。間違いない」


「照明弾を投下する」


 観測艇の乗員たちがそう言葉を交わす。


 敵の迫撃砲陣地を発見した観測艇が照明弾を陣地上空で投下。落下傘によってゆっくりと落下する照明弾が迫撃砲陣地を照らし出し、アンスヴァルトに知らせる。


「観測艇が目標を捕捉!」


「砲戦用意!」


 アンスヴァルトの主砲である口径28ミリ3連装砲が鎌首をもたげ、目標に狙いを定める。アンスヴァルトに搭載されている弾道計算を行う電算機が必要な俯角を出力し、それに従って砲術科が主砲を操作した。


「撃ち方始め!」


 そして主砲が一斉に火を噴いた。


 装填された榴弾が放たれ、魔獣猟兵の迫撃砲陣地に命中。砲弾そのものの爆発と迫撃砲陣地にあった予備弾薬の誘爆で大爆発が生じた。夜の暗闇が裂かれ、光が瞬く。


「目標を撃破」


「地上部隊に通達せよ」


 アンスヴァルトから敵迫撃砲陣地撃破の報告が葬送旅団地上部隊に知らされた。


「迫撃砲は叩けました」


「いいニュースだ。これで突破できる。温存しておいたこちらの迫撃砲を使って敵を攻撃し、敵の攻撃を挫き、フランツ・ヨーゼフ橋を目指す」


 シーラスヴオ大佐が報告し、スペンサー大佐が僅かに笑顔を浮かべた。


「支援します。それから負傷者の搬送を」


「頼むぞ」


 葬送旅団の輸送に使われた降下艇にケルベロス擲弾兵大隊の将兵たちが第62自動車化擲弾兵連隊が抱えている負傷者を運び込み、アンスヴァルトに輸送する。


「乗せられるだけ乗せろ! 重傷のものが優先だ! 軽症者は降下地点の防衛を行え! 魔道式自動小銃が握れる間は戦うんだ!」


 第62自動車化擲弾兵連隊の将校が叫び、同連隊の衛生兵のトリアージによって分けられた負傷者たちが重傷のものを優先して降下艇に載せられ、アンスヴァルトに向かう。


「……あの人たちは助かるのでしょうか……? 手足がない人たちもいましたが……」


「分かりません。ですが、アンスヴァルトには医療品が積まれており、衛生兵よりも高度な医療技術を有する軍医がいます。ここに留まるよりも助かる可能性は高いでしょう」


「そうですね。僕たちが来たのは無駄じゃない。そのはずです」


 レオナルドの言葉にアレステアが頷く。


「アレステア卿! 葬送旅団の負傷者の輸送を行っている以外の将兵は第62自動車化擲弾兵連隊の突破を支援せよとのことです! これから第62自動車化擲弾兵連隊の指揮下で戦うことになります! よろしいですか?」


「はい! 頑張ります!」


 ケルベロス擲弾兵大隊の将校のひとりが叫ぶのにアレステアが威勢よく応じる。


「ケルベロス擲弾兵大隊第1擲弾兵中隊が同行します。我々は魔獣猟兵が設置した機関銃陣地の制圧を命じられています。この丘に設置された機関銃陣地のせいで友軍が釘付けにされています。友軍とともに撃破を」


「ええ。任せてください。行きましょう!」


 アレステアたちはケルベロス擲弾兵大隊の1個中隊とともに魔獣猟兵が丘に設置した機関銃陣地の制圧に向かう。


 迫撃砲の砲撃は止まっているものの魔獣猟兵は銃撃を続け、第62自動車化擲弾兵連隊の動きを止めていた。戦場の中を姿勢を低くしながらアレステアたちは進み、友軍が構築した塹壕に到着。


「応援にきました! 葬送旅団です!」


「よく来てくれた! 応援を待っていたところだ!」


 アレステアが塹壕に飛び込んで言うのに塹壕に立て籠もっていた第62自動車化擲弾兵連隊隷下の部隊を指揮する下士官が歓迎した。


「ここには擲弾兵中隊がいると聞いていたが、指揮官は?」


「私です、中尉殿。指揮を代わりました」


「なんてことだ」


 中隊の指揮は本来大尉が指揮するものなのだが、今擲弾兵中隊を指揮しているのは軍曹だった。それは彼より上の将校が戦死したということを意味する。


「中尉殿。敵はあの丘に重機関銃を据えています。あそこからだとこちらの塹壕は全て銃撃される範囲内です。ここから移動しようとすれば銃撃されます。既に3回、煙幕を張って陣地の攻略を目指しましたが失敗しました」


「そちらの現有戦力は?」


「兵員は80名にまで減少。保有していた魔道式軽迫撃砲と魔道式重機関銃は既に弾切れです。ここから重機関銃陣地を攻撃可能なのは2名小隊選抜射手だけになっています」


 帝国陸軍の擲弾兵中隊は150名の兵員で構築され、魔道式軽迫撃砲や魔道式重機関銃を装備した火力小隊が随伴する。だが、この中隊はもうかなりの損害を受けていた。


「分かった。では、再攻撃を実施する。こちらの火力小隊が支援するので、敵の重機関銃陣地に向けて突撃だ。この距離で、夜間となると航空支援も難しい。歩兵が道を切り開くよりほかない」


「了解。義務を果たしましょう」


 重機関銃陣地のような敵陣地を潰す方法はいくつかある。


 砲兵によって撃破する。これは確実だ。榴弾砲の間接射撃ならば相手は何もできずに吹き飛ばされる。ピンポイントで敵を吹き飛ばせずとも、継続的な砲撃を行えば敵の頭を抑え、射撃を阻止できる。


 航空攻撃で撃破する。砲兵による砲撃と同様に確かな手段ではあるが、これは目標の指示が難しい。飛行艇の爆撃高度から地上を完全に把握するのは困難であり、地上部隊が発煙弾などで目標を指示しなければならない。


 最後は歩兵よる肉弾攻撃。いつだって自分たちを支援してくれる砲兵や航空戦力がいるわけではない。歩兵は常に自分たちで道を切り開かなければならないものだ。知恵を巡らせ、戦況を打破する。犠牲は出るが仕方ない。


 今回はその最後の手段を行おうとしていた。


「火力小隊はまず魔道式軽迫撃砲で煙幕を展開。その後、敵陣地への砲撃を実施。ありったけの砲弾を叩き込め。魔道式重機関銃は制圧射撃を実施し、敵歩兵を牽制せよ」


「了解」


 ケルベロス擲弾兵大隊第1擲弾兵中隊にも魔道式軽迫撃砲と魔道式重機関銃を装備した火力小隊が配備されている。


 魔道式軽迫撃砲は口径60ミリで歩兵が携行可能な火力だ。中隊単位で配備されているので歩兵にとっては手ごろな間接火力となる。


「アレステア卿。煙幕展開後に突撃となります。準備はよろしいですか?」


「いつでも行けます。先頭を進みますよ」


「その勇気に敬意を払います」


 アレステアたちは塹壕に籠って火力小隊の攻撃を待つ。


 将校たちは腕時計の時刻を合わせ、正確なタイミングでの攻撃を行う。数秒のずれですら損害を生むことに繋がるのが戦場だ。


「射撃開始!」


 そして、攻撃が開始された。


 魔道式軽迫撃砲が敵の重機関銃陣地の周りに煙幕弾を叩き込み、その視界を奪う。


「中隊突撃! 進め!」


 同時に歩兵が敵の重機関銃陣地に向けて塹壕を飛び出て突撃する。


 後方から魔道式重機関銃が敵に制圧射撃を行って敵の攻撃を牽制し、歩兵たちは魔道式自動小銃を構えてひたすらに走る。塹壕を出た今、素早く動くことが一番の生存方法となっているのだ。


「僕が敵の攻撃を引き付けます! やれることをやらないと!」


 アレステアは2個擲弾兵中隊の突撃の先頭に立ち、魔獣猟兵の銃弾を浴びながらも重機関銃陣地に向けて突き進む。血を流し、傷つきながらも進み続けるアレステアを魔獣猟兵が集中射撃した。


「アレステア卿に続け! 彼に続くんだ!」


「英雄に続けえ!」


 アレステアの勇姿は他の兵士たちを勇気づけ、士気を高めた。本来ならば足がすくむような戦場でも兵士たちはアレステアのその勇敢さに感銘を受け、全く怯むことなく突撃していく。


 魔獣猟兵の重機関銃陣地周辺に火力小隊の魔道式軽迫撃砲の砲弾が降り注ぎ、敵の重機関銃の射撃が困難になる。その隙に歩兵が陣地に迫った。


「はあっ!」


 陣地に一番乗りしたのはアレステアだ。アレステアが火薬式重機関銃を操作していた屍食鬼を叩き切り、続いて重機関銃を破壊。


「やった! アレステア卿が陣地を押さえたぞ!」


「敵の塹壕に火力を叩き込め! ライフルグレネードも手榴弾も全て使え!」


 魔獣猟兵の陣地に迫った帝国陸軍部隊が魔獣猟兵の塹壕に火力を投射。塹壕に向けて爆発物が叩き込まれた。


「次は塹壕の制圧……!」


 アレステアも塹壕に向けて進み、塹壕に飛び込む。


 塹壕の中は屍食鬼で溢れており、銃剣を装着した自動小銃でアレステアを狙ってきた。アレステアは“月華”で敵の攻撃を弾きながら屍食鬼たちを屠っていく。


「塹壕に飛び込め!」


 アレステアに続いて友軍も塹壕に飛び込んだ。


 狭い塹壕内で帝国陸軍正式採用の口径7.62ミリ魔道式自動小銃は酷く取り回しにくい。そこで歩兵たちはスコップを握り、それを白兵戦の武器として使って屍食鬼たちの頭を叩き割り、倒していく。


「制圧! 制圧!」


「やったぞ! 俺たちの勝利だ!」


 そして、魔獣猟兵の重機関銃陣地は制圧され、撃破された。


「勝った……」


 屍食鬼の亡骸が転がる塹壕からアレステアは夜空に浮かぶ月を見たのだった。


……………………

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