段階配置転換と無力さの自覚
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──段階配置転換と無力さの自覚
帝国陸軍A軍集団第3軍がマルティアで魔獣猟兵のコマンドに敗北したこと前線での部隊の配置転換が始まった。
夜間に闇に紛れて歩兵たちが移動し、新しい地点で塹壕や蛸壺を掘る。
「タバコ、持ってないか?」
「あるけど俺の傍で吸うなよ。火が見えると狙撃されるぞ」
魔獣猟兵の砲爆撃と狙撃に怯えながら歩兵たちは暗闇の中を暗視装置もなく、魔道式自動小銃を含めて30キログラムほどの重い装備を背負って徒歩で移動する。道らしい道もない場所をひたすら歩き、そして周囲を警戒する。
全ては生き残るためだ。
その頃、葬送旅団には新しい任務が与えられていた。
「配置転換の支援ですか?」
アレステアがそう言って首を傾げる。
「はい。第3軍司令部からの要請です。現在、敵に防衛計画が発覚したことから防衛計画の変更とそれに伴う部隊の再配置が行われています。しかし、もし部隊が移動中に攻撃を受ければ多大な被害が出ます」
葬送旅団の司令部となっている特務空中巡航戦艦アンスヴァルトの会議室でシーラスヴオ大佐が今回の任務のブリーフィングを行う。
「だから、僕たちがそれを支援するんですね」
「その通りです。我々葬送旅団は空中機動部隊として緊急時に即応可能な部隊として第3軍司令部に認識されています。もし、今現在行われている配置転換中に魔獣猟兵が動いた場合、我々が火消しを行います」
アレステアが頷き、シーラスヴオ大佐が言う。
「でも、大佐。航空優勢は魔獣猟兵が握ってるんでしょ? この飛行艇を飛ばして大丈夫なの? 敵の空中艦隊と出くわす可能性は?」
「あります。しかし、この空域での作戦を実行している第10空中艦隊司令部によれば魔獣猟兵が狙っているのは主力艦との決戦で、今前線に配備されている小型の補助艦や旧式艦とは積極的に交戦しないと言われています」
「本当かなあ。敵が地上で動けば当然空中艦隊も動くと思うけど」
シーラスヴオ大佐の説明にシャーロットは不満そうだった。
「他の空中機動部隊はどうなっているのですか? 空軍の降下狙撃兵は完全充足されていると記憶しているのですが」
「今は温存しているというところです。降下狙撃兵は恐らく軍集団レベルの戦略予備に入っているのでしょう。今起きている問題はあくまで第3軍の問題ですから、彼らが動くことはないかと」
「ふむ。その点、我々は気軽に使えるというわけですね」
戦争において将軍たちは全ての部隊を一斉に前線に送り込み、戦わせることはほぼない。戦況の動きに応じて必要な場所に投入する予備軍を有しておくのだ。
特に軍隊の自動車化と空中機動によって機動力が跳ね上がった現代戦においては、予備の存在は重要だ。敵が突破した場合、その突破は機動力の向上によって数十キロ以上になる場合もある。それを途中で防ぐのも予備の役割だ。
アレステアたち葬送旅団は第3軍に予備として指揮下に置かれた。敵の機動攻撃に対する防衛作戦を行う部隊として。このような部隊の任務は火消しと比喩される。
「テクトマイヤー大佐にも相談しましたが、低空飛行で電波輻射管制を徹底すれば敵の飛行艇による探知は可能な限り避けられるとのことです。我々が降下後の航空支援も行うと言っています」
「では、テクトマイヤー大佐さんを信じましょう。僕たちが頑張らないと。元はと言えば司令部を守り切れなかった僕の失態が原因ですし……」
アレステアは第3軍司令部でカノンに徹底的にやられたことを悔やんでいた。
「いえ。あれは私の判断ミスです。物資備蓄が陽動だと気づくべきでした。攻撃を行った部隊は吸血鬼と屍食鬼と報告されていましたが、実際には屍食鬼しかいませんでした。明らかな捨て駒。その時点で司令部に戻るべきでした」
「けど」
「失敗の責任は指揮官が取るものです。現場の兵士に押し付けてはならない。それが軍隊というものなのですよ、アレステア卿」
悔やむアレステアに言い聞かせるようにシーラスヴオ大佐が語った。
「火消ってことはずっと待機しろってことでいいの?」
「部隊の配置転換のスケジュールに従って待機します。追って連絡しますので、今は待機をしていてください。この飛行艇内にいてくだされば十分です」
「了解、大佐」
シャーロットがシーラスヴオ大佐の指示に頷く。
「それでは私は第3軍司令部と調整を行ってきます」
そう言ってシーラスヴオ大佐は退室した。
「さて、次のお仕事が来たよ。今回は厳しいことになりそう。敵の航空優勢下で空中機動任務だなんて。空軍の降下狙撃兵もそうだけど空中機動部隊ってのは結局のところ、軽歩兵に過ぎないから」
シャーロットが不満げにそう言ってスキットルからウィスキーを流し込む。
空軍の降下狙撃兵もアレステアたちのように飛行艇から降下して地上に展開する空中機動部隊だ。アレステアたちと違うのは彼らは落下傘によって降下することもあるということぐらいだろう。
共通している重要な点は装備が軽装だということ。
通常の歩兵部隊──帝国陸軍ならば擲弾兵部隊が装備している火砲の類が圧倒的に少ない。榴弾砲などの高火力の火砲はないし、迫撃砲などにしても空輸可能なものだけで口径120ミリの重迫撃砲などは数が限られる。
有しているのは歩兵が携行できる魔道式小火器で口径60ミリの軽迫撃砲や口径40ミリのライフルグレネードがほとんどとなる。
圧倒的に火力が足りない。だが、その分機動力は抜群だ。
そして、軍において機動力は重視される項目である。地球の名将であるクラウゼヴィッツは打撃力は兵力と速度の二乗に比例すると言った。それ以前の三国志でも『兵は神速を尊ぶ』と速度の重要性を示している。
「ですが、軽歩兵でも敵に先んじて要衝を押さえれば、火力で勝る敵に犠牲を強いることができます。地形を生かして戦うのも兵士の仕事です、シャーロット」
「今回は火消しだから必ずしも有利な地形に入れるわけじゃないよ、レニー。空軍の降下狙撃兵だって本来の仕事は敵地後方という敵が少ない場所を奇襲することが主任務で、敵の主力とドンパチするのは副業だ」
レオナルドの言葉にまさに空軍の降下狙撃兵だったシャーロットが返す。
「おふたりは軍事に詳しいんですね。流石は元軍人さんです。なのに僕は……」
レオナルドとシャーロットの会話を聞いていたアレステアが俯く。
「カーマーゼンの魔女に勝てなかったこと、悔いてるの?」
「ええ。僕はあの人に手も足も出なかった。完全に負けました。もし、ゲヘナ様の手助けがなければ、あのまま……」
アレステアはカーマーゼンの魔女のひとりカノンに一太刀も浴びせられなかった。一方的に切り刻まれ、地に這いずらされた。
「仕方ないよ。相手はあのカーマーゼンの魔女だし、それに加えて奇襲されたんだ。撤退させただけでも成功だよ。第3軍司令部はコマンドに情報こそ奪われたけど人的損害はなかったんだし」
「そうですよ、アレステア君。戦いは敵を倒すことが必ずしも勝利というわけではありません。目的を達成することが重要なのです」
シャーロットとレオナルドがアレステアを諭す。
「アレステア。自分で言っていたであろう。諦めなければ物事は成し遂げられると。お前には不死身の肉体がある。それを生かすには不屈の精神を持つことだ。そうすればどのような敵であろうと退けられよう」
ゲヘナの化身もアレステアにそう言う。
「そうですね。諦めることが一番情けないです。諦めずに頑張らないと!」
アレステアのいいところは立ち直るのが速いところだ。失敗は反省するし、犠牲は悲しむものの、必ず立ち直る。
アレステアたちはそれからアンスヴァルトの艦内で食事をとり、第3軍司令部からの命令を待って待機を続けた。
「第3軍司令部から要請が来ました」
夜も更けたころ、シーラスヴオ大佐が葬送旅団の司令部にやってきて告げる。
「配置転換中の部隊が敵の夜間攻撃を受けました。連隊規模での機動中だった部隊です。そしてこの部隊はトレネズンプフ領の要衝のひとつカリスト河に架かるフランツ・ヨーゼフ橋の防衛に向かうところでした」
シーラスヴオ大佐が状況を説明する。
「現在、この部隊は夜襲を仕掛けて来た魔獣猟兵によって身動きが取れません。幸い、夜襲ということだけあって敵の砲兵は動いていない。しかし、敵の規模は大きく、不利な地形で襲われています」
弾着観測が必要になる榴弾砲などの長距離火力は夜間には使用できない。間違って友軍を砲撃する恐れがあるのだ。
しかし、歩兵が運用する迫撃砲ぐらいならば敵に向けてとにかく叩き込む程度には使用できる。恐らく両軍ともに砲兵の支援の代わりに迫撃砲で火力を補っているだろう。
「我々の任務はこの部隊の移動を支援し、魔獣猟兵がフランツ・ヨーゼフ橋を奪う前に展開させることです。また同部隊からは負傷者の収容と後方への輸送を要請されていますので、その任務も行います」
シーラスヴオ大佐がアレステアたちへのブリーフィングを終えた。
「では、早速ですね」
「すぐに出撃します。準備を」
「了解です!」
アレステアたちが戦闘準備を整える。シャーロットは“グレンデル”の弾薬を補充し、レオナルドは医療キットなどの歩兵の装備を準備した。
『これより本艦は離陸する。離陸に備えよ』
そして、アンスヴァルトが離陸。
「高度50メートルを維持。電波輻射管制を実施」
「高度50メートル!」
テクトマイヤー大佐がアンスヴァルトをレーダー探知を避ける超低空飛行で航行させ、同時に逆探を避けるためにレーダーなどの使用を制限。
「昔ながらの飛行になりますね」
「ああ。この高度でレーダーが使えないのは痛い。衝突の可能性もあるからな。昔ながらの飛行艇乗りの勘と経験がものを言うぞ」
副長の言葉にテクトマイヤー大佐が返す。
レーダーが一切使えないので障害物などの探知ができない。その上夜間飛行だ。暗視装置がないこの時代においてそれは乗員の経験が反映される作戦になっていた。
アンスヴァルトはそのような状況で飛行しつつ戦場に向けて進んでいった。
「そろそろ目的地ですが。無線を使用しますか?」
「地上のレーダー基地からの情報は? 周辺の空域に敵の飛行艇はいないか?」
「地上レーダー及び周辺を哨戒飛行中のレーダーピケット艦からは周辺空域に敵の飛行艇は存在しないとのことです」
「よろしい。では、無線封鎖解除。地上部隊と連絡を取れ」
テクトマイヤー大佐が無線の使用を許可し、シーラスヴオ大佐が救援を求めている地上の帝国陸軍部隊と連絡する。
「こちら葬送旅団。第3軍司令部からの要請を受けて救援に来た」
『こちら第6自動車化擲弾兵師団隷下第62自動車化擲弾兵連隊! 敵の猛攻撃を受けて身動きが取れない! 至急、支援してくれ!』
「了解。こちら地上部隊1個大隊と航空支援可能な飛行艇を有している。どのような支援が必要だ?」
『こっちは弾薬が尽きかけてる! それから負傷者多数だ! 1個小隊だろうと戦える人間が来てくれればそれだけで助かる! それから航空支援で敵の迫撃砲を叩いてほしいい! 滅多打ちにされていて身動きできない!』
第62自動車化擲弾兵連隊の指揮官が無線に向けて叫び、自分たちの状況をシーラスヴオ大佐に伝える。
『それから負傷者を収容し、後送してくれ! こちらにはもう鎮痛剤どころか包帯すらない! このままじゃ死人が増える! 部下が死ぬ!』
「分かった。すぐに向かう」
シーラスヴオ大佐はそう応じた。
「テクトマイヤー大佐。降下準備を頼みます」
「了解。降下高度に入る。降下艇、発艦準備!」
アンスヴァルトは戦場に姿を見せ、アレステアたちやケルベロス擲弾兵大隊を搭載した降下艇を発艦させた。
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