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特務空中巡航戦艦アンスヴァルト

……………………


 ──特務空中巡航戦艦アンスヴァルト



 アレステアたちは葬送旅団に配備される飛行艇アンスヴァルトの艦内に入った。


「電子機器はモスボール保存からの復帰に当たって再配備されました。レーダーや通信機などの設備は最新のものです。射撃管制装置も同様に」


「つまり性能が上がったということですか?」


「そうですね。現役だった頃より強力になっているでしょう」


 アレステアの質問にテクトマイヤー大佐が答える。


「本艦の特徴はその名の通り、特務艦であるということです。艦体の後部を見てみればそれが分かります。行きましょう」


 アレステアたちは艦橋を降りて、アンスヴァルトの後部に向かう。


「アンスヴァルトは空軍のある戦術思想から一度改装されました。その戦術思想とは強固な装甲と火力を有する飛行艇を利用し、軽歩兵に過ぎない空中機動部隊に防護と火力支援を与えるというものです」


「ああ! そうですね。戦艦なら輸送用の飛行艇よりも装甲もあるし、大砲も載せてるし、強くて安全ですよね。凄い便利だと思います!」


「いえ。この改装はあまり評価されませんでした。輸送能力のために後部主砲を撤去したことで戦闘艦としての火力は低下。それで得た輸送能力も専用の輸送飛行艇と比較して貧相。そういうどっちつかずになってしまったのです」


「うーん……。全部できるというのは無理なんですね」


「ええ。何でもできるは全部中途半端というのが経験として残りました。それにひとつの兵器に全てを任せるとそれを喪失したときの損害が大きいということもあります」


 テクトマイヤー大佐にそう説明されながらアンスヴァルトの艦内施設に案内される。


「ここは司令部の機能がある会議室です。通信機器などを備えており、外部からの攻撃にも強い場所になります。葬送旅団の方々は作戦行動中はここを司令部にされるといいでしょう」


 まず司令部だ。アンスヴァルトの艦内にやや広めの無線などを備えた15人前後が出入りできるだろう部屋があった。ここが司令部となる。


「次に降下のための小型飛行艇を駐機させる格納庫です。一度に1個中隊の完全武装の歩兵を降下させることができます」


「なんだかわくわくしちゃいますね。秘密基地みたいです」


「そういう雰囲気はありますね」


 アレステアが降下用小型飛行艇を搭載した格納庫を見て目を輝かせるのにテクトマイヤー大佐が優し気に笑った。


「そして、アンスヴァルトの乗組員以外の兵士を乗せる兵員室がいくつかあります。士官用と兵卒用で分かれていますが、全部で2個大隊は搭載できます」


「そんなに載せられるんですか? 1個大隊は600名だと知ったんですが……」


「後部主砲と後部艦橋を完全に撤去しましたからスペースがありますよ。本艦の本来の乗員は2600名ですが艦体の半分が輸送用のものに変わったので必要な乗員はざっと半分になったのです」


「飛行艇ってそんなに人を乗せられるんですね……。初めて知りました……」


 アレステアは改めて飛行艇の大きさを知った。


「その様子ですと飛行艇に乗ること自体、初めてですか、アレステア卿?」


「はい。飛んでる飛行艇に一度は乗ってみたいと思ってたんですが、乗る機会がなくて。海外に行くこととかありませんでしたし……」


 アレステアは飛行艇というものを格好いいものだとは思っていた。鉄道やパトカーが格好いいものとして見える年齢だったのだ。


「では、訓練飛行に同行されますか?」


「いいんですか!?」


「訓練飛行は予定に入っていますから。何分、長い間モスボール保存されていてどこが脆弱か分かりませんし、さらには旧式の機関部を扱う予備役と最新の電子機器を扱う現役との連携も訓練しなければいけません」


 アンスヴァルトは長い間、帝国空軍航空予備艦隊でモスボール保存されていた。電子機器は取り外され、帝国の砂漠にある空軍基地に放置されていたのだ。


「じゃあ、是非とも一緒に乗せてください! 飛んでいる飛行艇に乗ってみたいんです。お邪魔はしませんから」


「では、訓練飛行は3時間後からです。それまでは艦内でごゆっくりと」


 アレステアはテクトマイヤー大佐にそう言われてシャーロットたちと艦内で自分たちに与えられた司令部に集まった。


「お茶をお持ちしました」


「あ。すみません。ありがとうございます」


 アンスヴァルトの乗組員である空軍の若い少尉がアレステアたちに紅茶とお茶菓子代わりのサンドイッチを運んできた。


「飛行艇の中でも食事ができるんですね」


「そだよ。普通に厨房あるし、厨房で料理を作る専門の兵士もいるぐらいだから」


 アレステアが驚きながらサンドイッチを食べるのに空軍所属だったシャーロットは紅茶にとぷとぷとウィスキーを注ぎながら言った。


「というのもね。空軍の飛行艇って結構親善訪問とかに使われるから、お偉いさんが乗ることがあるんだよ。空軍と海軍は外交にも関係してるわけ。だから空軍士官ならマナーを叩き込まれるよ」


「そうなんですか……。もう知らないことばかりで、勉強になります。ちなみにご飯はどういうものがあるんでしょうか?」


「メニューはいろいろだね。あんまり決まってない。けど、空軍の食事は陸海空軍の中で一番おいしいって言われてるよ。一番不味いのは陸軍。ねえ、レニー?」


 シャーロットはそういうと二ッと笑ってレオナルドを見た。


「そうですね。陸軍は戦場である野外で食事をすることになりますし、もっとも補給が受けずらいものでもあります。食事があるだけありがたい、という状況もあるぐらいですから味については文句は言えないのです」


「空軍はお酒禁止じゃなければいいんだけどねー。海軍はお酒飲むし、陸軍にもお酒が出ることがあるのにさ」


「陸軍支給の酒類は弱いワイン程度ですよ、シャーロット」


 シャーロットが愚痴り、レオナルドが呆れたように返す。


「満足してもらえたか、我が友?」


「はい、陛下! とても嬉しいです。それに今から飛行艇が飛行するのも体験できますからとても楽しみです」


「うむ。我が友が喜んでくれるなら何よりだ。戦況は今も苦しい状況にある。アレステア、我が友。お前が英雄としての武勇を立て、この苦難の時代を戦う民衆を勇気づけてくれることを祈る」


「分かりました。頑張ります!」


 勃発した魔獣戦争において帝国を含めた人類国家は不利な状況が続いていた。


 帝国軍は即応可能な部隊はほぼ全て前線に派遣され、塹壕陣地を構築して守りの構えを見せている。予備役の動員も開始され、動員で充足された師団も鉄道や海上輸送、あるいは空輸で戦場に機動した。


 そして、国民の徴集に関する法案は緊急勅令によって成立した。


 しかし、どのように国民を徴集するのか、訓練はどう行うのか、どのように徴集した兵士で部隊を編成するのか、徴集によって生まれた産業の空白をどう埋めるのか。問題は山のように残っていた。


「では、私は先に帰る。戦時というだけあって緊急の公務もあるし、私が乗っていると飛行艇に皇帝旗を掲げ、礼儀やら何やらが必要になってしまうからな」


「あ……。一緒には乗れないんですね……」


「ああ。すまない。だが、いつかともに飛行艇で空を飛ぼう。またな、我が友」


 ハインリヒはアレステアに別れを告げてアンスヴァルトを降りた。


 それから時間が来た。


「これより本艦は訓練飛行を行います。離陸完了までは席に座りベルトを締めてください。離陸後も急な旋回等がありますので手すりなどはよく確認されておいてください。また甲板に出る際は非常用のパラシュートを必ず身に着けてください」


「はい」


 アンスヴァルトの乗組員がアレステアたちに告げ、アレステアが頷く。


「いよいよ飛ぶんですね。わくわくします!」


「いやあ。あんまり感動するほどのことじゃないと思うよ?」


 アレステアが見るからに興奮しているのにシャーロットは苦笑い。


『全乗員へ。本艦はこれより離陸する。離陸に備えよ』


 テクトマイヤー大佐が艦内スピーカーで通知し、アンスヴァルトがエンジンを始動させて、そしてトーイングトラクターに引かれてハンガーを出ると滑走路に入った。


『離陸開始』


 そして、アンスヴァルトが急速に加速すると滑走路からその巨大な艦体が地上を離れ、空へと飛び立つ。この際に発生するGがアレステアを座席のシートに押し付け、アレステアは初めての感覚を味わった。


『離陸完了。全乗員は持ち場に着け』


「も、もう空にいるんですか?」


 機内スピーカーの放送を聞いてアレステアが周囲を見渡す。


「艦橋に行ってみる? 外が見えるよ」


「是非!」


 シャーロットが誘うのにアレステアがすぐに応じた。


 そして、レオナルドは司令部に残り、シャーロットがアレステアを連れてアンスヴァルトの艦内を艦橋に向けて進む。


「手すりはちゃんと確認しておいてね。戦闘飛行艇は急な旋回や傾斜を起こすから。下手すると壁に叩きつけられて死傷しちゃう。そういう事故は年に2、3回は起きてるし」


 戦闘飛行艇は海上を航行する軍艦と違い、戦闘機動によって大きく艦体が傾斜することがある。そのような場合、乗員は手すりに安全帯を装着し任務にあたることになっていた。戦闘時には乗員はそのような対処を取る。


「ここからは外は見えないんですね……」


「民間の飛行艇なら窓があるんだけど、これは戦闘飛行艇だから。装甲に隙を作らないために窓は付けてない。軍用なら輸送用の飛行艇も同じだよ」


「ちょっと残念です」


 アレステアは空から地上を見てみたかった。かつての人類が思ったように鳥のように空から地上を見下ろすことを夢見ているのだ。


「シャーロットお姉さんもこういう戦闘飛行艇に乗ってたんですか?」


「ちょっと違うね。あたしが乗ってたのは強襲降下艦。テクトマイヤー大佐が言っていた輸送専用の飛行艇って奴。武装は高射機関砲程度しかなくて、その代わり大きな兵員室と降下用小型飛行艇をたくさん積んでる」


「なるほど。そういう飛行艇もあるんですね」


「空軍の降下狙撃兵はもっぱらそういうのばっかりで、こういう立派な戦闘飛行艇に乗るのは稀だよー。ご飯はどの飛行艇でも美味しいけどね」


 シャーロットも元空軍兵士として飛行艇には何度も乗っている。


 アレステアはシャーロットに先導されてアンスヴァルトの艦内を歩き、アンスヴァルトの乗組員である帝国空軍将兵たちとすれ違う。帝国空軍将兵たちは将校は制帽を、兵士たちは艦内帽を被っている。


 すれ違う際に彼らは敬礼を送ってくれた。


「お年寄りの軍人さんは見かけませんね」


「彼らは機関部でしょ。旧式飛行艇の何が問題かって言うと機関が古いってことだから。最近は艦載砲もレーダーと射撃管制装置で制御されてて面倒だけど、機関は昔から専門の将兵が扱うものだよ」


 機関部は飛行艇にとってとても重要な場所だ。ここが破損すれば飛行艇は墜落する。それでいて飛行艇の機関は非常に扱いが難しい。


 そのため帝国空軍の機関科の将兵は帝国空軍機関学校で専門の訓練を受けて、知識を叩き込まれる。それでも経験がものをいう世界でもあり、ベテランの機関科将兵は帝国空軍で尊敬される地位にあった。


「それにあの人たちは動員された予備役だろうから、最新の電子機器を扱う砲術科には配置できないし、体力的にも現役の将兵と同じようには動けないだろうし」


「そんな人たちまで動員しなければいけないんですか……」


「徴集も始まるし、もう誰もが戦争に動員されるよ。嫌な時代だねー」


 アレステアが少し残念そうな顔をしシャーロットが愚痴る中、艦橋に昇るためのラッタルが見えてきた。


「ここを昇るよ」


 シャーロットがラッタルを昇り、アレステアが続いた。


「おや? どうなさいました?」


「見学にきました、お邪魔でないといいのですが」


 艦橋には艦長のテクトマイヤー大佐を始め、砲術長や航行長などの将校たちがアンスヴァルトの訓練飛行に必要な任務を果たしている。


「構いませんよ。ご覧になっていってください」


「ありがとうございます」


 テクトマイヤー大佐の許可を受け、アレステアは艦橋から外の光景を見た。


「わあ……。本当に空を飛んでる……」


 アンスヴァルトは現在高度8000メートルを飛行しており、外には雲海と晴れた青空が広がる。アレステアには初めて見た空の光景だ。


 アレステアは暫し、その様子に見惚れ、年相応の少年として好奇心に胸躍らせた。


……………………

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