葬送旅団の戦力化
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──葬送旅団の戦力化
「戦争をどう終わらせるか。当然ながら敵からの一方的かつ不当な侵略を受けている我が帝国は国家を防衛し、国土と国民の生命及び財産を守る義務がある。だが、戦争を終わらせることは考えておかなければならない」
メクレンブルク宰相が皇帝大本営のメンバーに語る。
「まず敵である魔獣猟兵がどうして戦争を始めたのかを考えよう。魔獣猟兵と我々の間の対立要因と魔獣猟兵がこの戦争において何を求めているか」
魔獣猟兵が戦争を何を目的として起こしたかを理解しなければ交渉はできない。
「鉄血蜂起と同じでは? つまりこれまでの扱いに対する報復と自分たちの権利が保障される領土の獲得」
「しかし、鉄血蜂起とは規模が違う。鉄血蜂起は真祖吸血鬼ソフィア・ベッテルハイムが率いる吸血鬼が主力であり、人狼や魔女は少数参加しただけ。魔獣猟兵全軍の動きとは言えない」
「規模が違うだけで目的は同じだろう」
皇帝大本営のメンバーたちが意見を交わす。
「鉄血蜂起は魔獣猟兵としての行動というより、ソフィア・ベッテルハイム個人の報復というものだ。それに鉄血蜂起以降、我々は魔獣猟兵を刺激しないように注意してきた。目立った迫害や事件は起きていない」
メクレンブルク宰相も意見する。
「しかし、魔獣猟兵を構成する人狼、吸血鬼、魔女、ドラゴンに対する権利の保障と法による保護は未だない。そのことを不満に思っているとも考えられる」
「いいや。連中は我々と対等になりたいなどと考えているはずがない。神々を全て信仰するのではなく、自分の崇拝し、そのために戦った自分の神を至上とする連中なのだ。狙いがあるとすればこの世界を破壊し尽くすことでしょうな」
メクレンブルク宰相の言葉にトロイエンフェルト軍務大臣が忌々し気に吐き捨てるように言った。
「魔獣猟兵にとって今の世界そのものが不満であると言うことか。旧神戦争の生き残りたちが求めるものとは……」
ハインリヒも考え込んだ。
「世界を滅ぼすことや征服することは魔獣猟兵でも現実的ではない。敵がそれを求めているとすれば講和交渉は不可能になり、向こうが滅ぶまで戦うしかない。だが、本当にそんな現実的でない目標を敵は掲げているのか?」
メクレンブルク宰相がそう皇帝大本営のメンバーに尋ねる。
「相手は化け物どもです。人間のような知性は期待できないでしょう」
「そうやって相手を侮るのは止めたまえ、トロイエンフェルト軍務大臣。君が言うその知性のない化け物に人間が大敗を喫したことになるのだぞ」
トロイエンフェルト軍務大臣の言葉にメクレンブルク宰相が注意した。
「敵の目的は完全には分かりませんが、想定されるのはやはり今の自分たちの権利が保障されず、異端の化け物として扱われていることを解決することでしょう。そのために世界に変革を求めるか、あるいは領土を得て自分たちでそれを成すか」
「領土の割譲を求めてくることもあるということだな」
皇帝大本営のメンバーのひとりが発言するのにメクレンブルク宰相が頷く。
「領土の割譲はなりません。武力によって領土を得ることを認めてしまえば、悪しき前例となります。そもそも鉄血蜂起で領土を割譲したことが今回の戦争に繋がった可能性もあるのですから」
「しかし、鉄血蜂起を終わらせるにはそれしかなかった。下手をすれば今のアイゼンラント領以上の領土を与えることになっていたかもしれないのだ。良くも悪くも世界は強者がルールを決める」
「では、今回は勝たねばなりませんな」
メクレンブルク宰相と枢密院議長がそう言い合う。
「勝つことを目指すのは当然だ、枢密院議長。しかし、負けることにも備えておかなければならない。国が亡ぶまで戦うことは避けるべきだ」
「その通りです、陛下。勝つと言うだけならば容易ですが、現実には敗北もあり得ます。現状、我々は劣勢であるのですから」
他のメンバーが言い出しにくい敗北についてハインリヒ自身が言及し、メクレンブルク宰相がそれを起点に議論を始める。
「そうなれば法の改正により、彼らの権利を保障し、人間と平等に扱うということになりますかな」
「彼らが帝国で国民としての義務を果たし、それでいて権利が得られなかったならともかく、彼らは全く無関係の位置にいたのです。勝者である彼らに義務を果たすのならば権利を与えると言って納得するだろうか?」
皇帝大本営のメンバーたちは意見を言い合う。
「アイゼンラント領の拡張という形で領土を割譲するというのは」
「魔獣猟兵は我々の国土の4分の1を占領している。それを認めさせられることになるやもしれんぞ」
「流石にそれは国民が納得しませんな……」
領土の割譲も視野に入り始めた。
いくら武力による現状変更を認めないと言おうと弱者や敗者がそれを訴えても意味はない。世界のルールは常に強者と勝者によって決められる。
「よろしいでしょうか?」
「シコルスキ元帥。何かね?」
ここでシコルスキ元帥が発言を求めた。
「この戦争は我が国だけの戦争ではありません。他の多くの国々が巻き込まれています。講和の交渉をするならばその点にも配慮を。軍としては共通の敵に対し、友好国と協力することを求めたいのです」
「確かに我が国だけで単独講和するのは他の国にとっても不愉快なことだろう。まして、同盟国として協力し合うのであれば、なおさらのこと」
未だ明確な同盟は結成されていないが、多くの国が共通の敵である魔獣猟兵を相手にしている以上、共同戦線を展開することは予想できる。
「領土の割譲も視野に入れつつ、同盟国と相談を。単独講和は避ける。しかし、基本的には勝利を目指す。戦争の方針はこれだ。徴集も実施し、軍事物資の量産も行う。一時的に統制経済に移行することも考慮する」
「それはここではなく閣議で話し合うとよいだろう。ここは純粋な戦争指導の場だ」
「はい、陛下」
ハインリヒはメクレンブルク宰相の戦時経済政策の実行に自分の承諾は必要ないと言うことを示し、メクレンブルク宰相にフリーハンドを与えた。
「では、私からいいだろうか」
そして、ハインリヒがそのまま発言する。
「既に報告にあったように敵には屍食鬼がいる。帝都で起きた一連の事件も含めて考えれば死霊術師たちと魔獣猟兵が手を結んだのは明白だ。これは死者が眠り、冥界に行くという神々の協定を脅かす事件である」
ハインリヒがそう言ってアレステアの方を見た。アレステアはこの場違いな場所にいることに酷く緊張しており、何も発言できていない。
「故にゲヘナ様の眷属であるアレステア・ブラックドッグ卿の葬送旅団を本格的に戦力化させたい。この戦争において神々は我々の側に立っていることを示すのだ。これは苦しい戦いになる。だからこそ、だ」
ハインリヒの言葉に異論を述べる列席者はいなかった。
「シコルスキ元帥。葬送旅団に陸軍から部隊を派遣してほしい。ボートカンプ元帥。葬送旅団は高い機動力を持たせたいので飛行艇を準備してほしい」
「陛下! そのようなことは軍人に直接命じるのではなく、私たち閣僚を通していただきたい。確かに帝国憲法において軍の最高司令官は陛下ですが、それが形式上のものであることは御理解しているはず」
ハインリヒの言葉にトロイエンフェルト軍務大臣が猛反発する。
「では、メクレンブルク宰相。頼めるか? 私は帝国軍大元帥として発言している」
「理解いたしました、陛下。シコルスキ元帥、ボートカンプ元帥。陛下の命じられたことを実行するように」
ハインリヒがメクレンブルク宰相に言い、メクレンブルク宰相が頷く。
「メクレンブルク宰相。それは軍務大臣である私が管轄する問題ですぞ。そのような頭越しの命令は法的手続きを無視していると言ってもいい!」
「トロイエンフェルト軍務大臣。陛下には既に我々が徴集に関する法案を緊急勅令によって成立させることにご協力いただいている。我々がこのような事態を想定せず、準備してこなかったことの尻ぬぐいをしてくださったのだぞ」
ハインリヒも使われてばかりではないと言うことだ。徴集に関する法を緊急勅令で通す代わりに葬送旅団を戦力化することを求めるという取引を持ち掛けたのだ。
そう言われてトロイエンフェルト軍務大臣は黙り込んだ。
「陸軍としては異論ありません。しかし、葬送旅団は近衛の扱いとなっておりますので、派遣する部隊は近衛から抽出することになります」
「派遣される将兵は不満を抱かないだろうか?」
「大丈夫でしょう。葬送旅団はゲヘナ様のための名誉ある部隊であり、陛下御自身が名誉旅団長であらせられます。加えてアレステア卿の帝国への貢献とカーマーゼンの魔女セラフィーネを退けた武勇は陸軍でも広く知られています」
ハインリヒが尋ねるのにシコルスキ元帥が答える。
「私個人としてもアレステア卿のような英雄になるであろう人物を支えられるのは軍人として名誉であると感じております。近衛の将兵も同じでしょう」
「ありがとう、シコルスキ元帥」
アレステアにとってとても偉い人という認識のシコルスキ元帥から褒めちぎられるのにアレステアはちょっとびっくりしてしまい、硬直して、ハインリヒのように感謝の言葉を言えなかった。
「空軍としても異論ありません。しかし、最新鋭の飛行艇は流石に回せません。ですので、旧式でモスボール保存されていた飛行艇なら大丈夫でしょう。何隻か心当たりがあります。それから乗員についても」
空軍司令官のボートカンプ元帥もそう請け負った。
「あの、ありがとうございます! 頑張りますから!」
「ええ。武勇を祈っています、アレステア卿」
シコルスキ元帥とボートカンプ元帥が意気込むアレステアに優しく笑みを浮かべた。だが、その瞳には憐みの色がある。
本来ならば戦場に送られるような年齢でもない少年が戦場に向かう定めを背負ったことにもう戦場に出ることのない老人として同情しているのだろう。
「陸軍は現在の戦略機動を続けて防衛を。空軍は陸軍と連携するように。海軍は陸軍に協力し迅速な戦略機動を。以上だ。諸君の帝国への貢献に期待する」
メクレンブルク宰相はそう言って皇帝大本営を一旦終わらせた。
皇帝大本営は戦時下で設置されることになっている。戦争指導における最高司令部であり、政府と軍の意見を一致させる調整の場でもある。
いつメンバーが集まるかは帝国宰相の判断で決定され、常時開かれているわけではない。閣僚と軍司令官はそれぞれ別の場所で役割を果たす必要があるのだ。
「アレステア。少し話そう。来てくれ」
「はい、陛下」
メンバーが解散する中、ハインリヒに誘われてアレステアが宮殿内を進む。
そして、皇帝の私室である部屋に通された。
「宮殿には叔父上や妹もいたんだが、会わせることはできなかったな」
「妹さんがいたのですか?」
ハインリヒが言うのにアレステアが尋ねる。
「ああ。2歳下の妹がいる。ジーガヴァルト女公ルイーゼだ。今は疎開している。叔父上と一緒に。皇族は誰かが生き残らなければならないからな」
魔獣戦争が勃発してからすぐさま行われたのは皇族の疎開だった。
帝国宰相は代わりがいる。帝国議会の議員が全滅しない限り、民主的に選ばれる彼らが絶えることはない。
だが、皇族は違う。血筋によってその地位にある彼らの代わりはいない。それでいて帝国統一の象徴である彼らを保護することは優先事項だった。
「叔父上も妹も地方の城に疎開し、近衛に守られている。宮殿が静かになった」
「家族がいなくなるというのは寂しいですよね……」
「我が友の家族は?」
「僕は孤児なので」
「すまない。悪いことを聞いてしまった」
アレステアが苦い笑みを浮かべて返すのにハインリヒが謝った。
「気にしないでください。孤児院で大切に育ててもらいましたから、あまり苦ではなかったんです。それに今はシャーロットお姉さんやレオナルドさん、そしてゲヘナ様がいます。そして、皇帝陛下も」
「私も仲間として数えてくれるのは嬉しいよ、我が友。皇帝というのも華やかなようで孤独なものだからな。ほとんどの人間は上辺だけの関係。皇帝としての私が必要なだけで一個人としての私は必要ないわけだ」
「皇帝陛下は偉い人ですから、みんな委縮してしまうんでしょうね。僕も本当にこんな風にお話しても許されるんだろうかって心配になったりします」
「いいに決まっているさ。お前はゲヘナ様の眷属であり、英雄になることが定められた人間なのだ。私の方こそお前と友人であることを誇りたい」
アレステアが心配するのにハインリヒが微笑んだ。
「我が友。ともに戦ってくれるか?」
「ええ。もちろんです、陛下」
ハインリヒの言葉にアレステアは力強く頷いて返した。
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