パレードの日
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──パレードの日
帝都でパレードが行われることが告知され、帝都がにわかに活気づいた。
そんな中、クローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港にアーケミア連合王国首都クイーンズキャッスルからの民間航空会社が運航する飛行艇が着陸した。
「帝都に来るのは久しぶりだね」
「そうだな」
そこから降り立ったのはルナ・カーウィンとアザゼルだ。死霊術師たちの秘密結社である偽神学会の学会長とその右腕がともに帝都にやって来た。
ルナは飾り気のない灰色のワンピースの上にカーディガンを羽織り、アザゼルはいつものパンツスーツ姿だ。
「では、ホテルに行こう。もうロックダウンは終わっていると聞いているよ。自由に出歩ける。少しばかり帝都を楽しむのもいいかもしれないね」
「どうだろうな。既にマスコミは今回のテロと魔獣猟兵の繋がりを報じている」
「……彼らがことを起こすまでのつかの間の平和だとしても、それが平和であることに変わりはない。そうだろう?」
「平和とは常に戦争の間のつかの間のもの。そうだったな」
ルナの言葉にアザゼルが頷き、彼女たちはタクシーに乗って帝都内のホテルへと向かった。帝都の商業地区にある外国人ビジネスマン向けの高級ビジネスホテルだ。
「いい部屋だな。悪くはない。……ルナ?」
アザゼルがふとホテルに向かうタクシーの途中から黙り込んだルナを見る。
「……人の焼ける臭いがした。人間の髪が焼ける嫌な臭いが。脂肪の焼ける甘い臭いが。人が焼けている。人が……。ああ……」
「ルナ! 大丈夫か!? 落ち着くんだ!」
ホテルに部屋に入った途端、崩れ落ちて過呼吸になっているルナをアザゼルが懸命に落ち着かせようとする。
「私たちが殺したんだ。彼らを。今までは実感がなかったが、あの臭いではっきり分かった。私たちが大勢を殺したんだ。彼らから理不尽に奪った」
「仕方のないことだ。私たちは成し遂げなければならない。私たちの復讐を。そのためには犠牲は容認するとそう誓っただろう?」
「誓った。そう、誓った。だが、怖くなってしまったんだ。憎むべき敵と同じことをしてしまったと言うことが……」
「怖いことはない。お前のことは私が守る」
啜り泣き、震えるルナをアザゼルがそっと抱きしめた。
ルナが落ち着くまでアザゼルは彼女をなだめ続け、ふたり部屋で過ごした。
「随分とお困りのようですね」
だが、そのふたりしかいなかった部屋に不意に別の女性の声が響く。
アザゼルが振り返って見た先には20代前半ほどの女性がいた。
大学教授のような白いブラウスに紺色のジャケット、そして同じ紺色のロングスカートを纏った女性。髪の色はブルネットで三つ編みにして肩に流し、その青い瞳は黒縁のメガネのレンズの先にある。
「カノン・ヴィンセント。カーマーゼンの魔女が何の用だ?」
「今回の作戦の結果について報告をと思いまして。魔獣猟兵としては今回の作戦を高く評価します。帝国に精神的揺さぶりを与え、私たちがことを起こすまでの時間稼ぎになりました。作戦は成功です」
アザゼルにカノンと呼ばれた女性がそう淡々と語る。
「あなたたち偽神学会が何を目的にしているにせよ、今は我々と同盟関係です。ですが、同盟者が明日も同じく友人であるという保証はない」
「何が言いたい」
「ただ一般論を述べただけです。それともこの話に何か思うところでも?」
「お前たち魔女とは友人にはなれないな」
「そうでしょう。そうであるが故に私たち魔女は孤立しているのですから。神々が去ったこの世界の全てから」
アザゼルが吐き捨てるのにカノンはそう流した。
「今は友人でいましょう。いつかお互いに裏切る日が来るまで。では、失礼します」
カノンはそう言い残し、瞬時に姿を消した。
セラフィーネも行使した空間魔術だが、カノンのそれはセラフィーネのものよりも遥かに高度で、洗練されているものだ。
「魔女め。所詮、お前たちも神々の使い走りではないか」
アザゼルが忌々し気に呟いた。
「アザゼル……?」
「大丈夫だ、ルナ。今は落ち着け」
ルナが力なくアザゼルを見るのにアザゼルが笑みを浮かべて返す。
「外が騒々しくなってきたな。何の騒ぎだ?」
「今日はパレードがあるそうだよ。軍のパレードだ」
ホテルの外から賑やかな群衆の声が聞こえ始め、軍楽隊が奏でる勇ましい行進曲も徐々に近づいて来た。
それを聞いてルナがアザゼルに支えられ、通りが見える部屋の窓に向かう。
「軍隊のパレードか。昔から大して変わらないな」
「そうだね。戦争という非人間的な地獄を乗り切るには一種のヒロイズムが必要だ。それを補うためのもの」
アザゼルが嘲るように言うのにルナはただ通りを行進する国家憲兵隊の将兵たちをずっと眺め続けた。
「……え?」
そこでルナの口から戸惑いの声が漏れる。
通りを行進する国家憲兵隊の後ろからオープンカーに乗ったアレステアたち葬送旅団のメンバーが現れたのだ。アレステアを先頭に、シャーロットとレオナルド。
ルナの黄金の瞳にはアレステアだけが映っていた。
「エリオット……? エリオット! ああ、エリオットが! あの子がいる! 私のエリオットがいる! いかなくちゃ! 早く! エリオット、エリオット! 私の愛するエリオット!」
「よせ、ルナ! 止めろ! あれは違う!」
10階の窓から飛び降りようとするルナを必死にアザゼルが止める。
「止めないで、アザゼル! あの子が待ってる! あの子がいるんだ!」
「エリオットは死んだ! お前の子は死んだんだ! もういない! この地上にも、冥界にすらも!」
アザゼルがルナに向けてそう叫ぶとルナが動き止め、無言でその場に跪いた。ただその瞳から涙だけが溢れている。
「……すまない、ルナ。私は、その、お前を傷つけるつもりは……」
「あの子は死んだ。そう、死んだ。私はだから……」
アザゼルはどうしていいか分からないようにルナから離れ、ルナは呟く。
「でも、あの子がゲヘナの眷属だ。私の子と同じ。神々の加護という名のおぞましいい呪いを受けた子供。可哀そうに……」
「そうだ。あれは敵だ。私たちの敵だ。きっとあれは私たちの前に立ち塞がり、そして復讐の邪魔をするだろう。倒さねばならない」
ルナの言葉にアザゼルが強く告げる。
「そうだね。私たちの敵だよ、彼は。けど、同時に被害者でもある。あんなに幼いのに酷い仕打ちを受けている。可哀そうだ……」
ルナは憐みの視線をアレステアに向けた。
「あの子はきっとこれからとても辛い思いをする。だから、私はあの子のことを見守りたい。私たちと彼が戦う時まで」
「ルナ。少年であろうとあれは敵になる。私たちの目的を妨害する敵になるんだ」
「それでも私は彼を見守りたいんだ。お願いだ、アザゼル。行かせてくれないか……」
ルナが縋るような視線でアザゼルを見る。
「人は自分しか救えない。そう言ったのはお前自身だぞ。お前はあの子供は救えない。分かっているんだろう?」
「そうだよ。私が彼を救うことはできない。けど、彼がどういう道を辿るのかを見送ることはできるだろう。もしかしたらエリオットが辿るかもしれなかった道を彼らが進みのを見守ることは」
「ルナ……」
ルナの言葉にアザゼルは何も言えなかった。
──ここで場面が変わる──。
パレードは華やかに行われた。
国家憲兵隊の有する軍楽隊が行進しながら行進曲を奏で、凛々しい軍服姿の国家憲兵隊の将兵が行進。そして、葬送旅団のメンバーがオープンカーで民衆に手を振る。
民衆は熱狂した。勇ましい国家憲兵隊の兵隊たちの姿を見て誇りと安心を抱き、英雄となることが定められたゲヘナの眷属たるアレステアに勇気を授けられた。
民衆の歓声を浴びせられ、軍事パレードの隊列は帝都を進み、宮殿前で皇帝ハインリヒの閲兵を受け、軍事パレードは終了した。
「ふう。緊張しました……」
「やっとお酒が飲める……」
帰還した近衛騎兵師団駐屯地の司令部でアレステアが葬送旅団の白い軍服のまま安堵の息を吐き、シャーロットはどこに忍ばせていたのか分からないスキットルを取り出してウィスキーを喉に流し込む。
「これで市民も勇気づけられ、テロで生じた社会不安が収まればいいのですが」
「ええ。そうですね。辛い時代になりそうで僕も不安です」
レオナルドがそう言い、アレステアも今の帝国と世界が危機に晒され、不安定な状況にあるのを感じていた。
死霊術師の秘密結社である偽神学会によるテロ。今の世界を認めない魔獣猟兵の暗躍。何かもが不安を起こさせる。
「アレステア卿!」
そこで近衛騎兵師団所属の下士官がやってきた。
「はい。何でしょうか?」
「皇帝陛下がお呼びです。宮殿に来ていただきたいと」
「分かりました」
下士官に言われ、アレステアは迎えに来ていた宮内省の高級乗用車で宮殿に向かった。帝都は活気を取り戻し、人々が歩道に溢れ、車も多く走っている。
アレステアはその光景にちょっと安心を覚えながら宮殿に入った。
「アレステア卿。ようこそいらっしゃいました」
「侍従長さん。皇帝陛下がお呼びだと聞きました」
「ええ。皇帝陛下はこちらです」
エドアルド侍従長に案内され、アレステアは賓客をもてなす応接間に通される。
「おお。来たか、我が友!」
「皇帝陛下。ご無沙汰しております」
ハインリヒがやってきてアレステアに笑顔を向ける。
「今回はご苦労だったな。お前の帝国への貢献は決して忘れない。帝国は、そして私はお前に感謝している」
「僕がやれることをやって人々が救われるならいいことです。僕も嬉しく思います」
ハインリヒが告げるのにアレステアは頭を下げた。
「しかし、自爆テロで一度死にかけて意識が戻らなかったときは私も酷く心配したぞ。ゲヘナ様の加護があるとはいえ、あまり無茶はしないでくれ。お前は私の友なのだ。友を失いたくはない」
「すみません……。けど、僕しかやれる人がいなかったから、仕方なかったです。それに僕はそう簡単には死にませんよ」
「そうであることを望みたい。だが、不死の英雄が倒されることは旧神戦争時代の伝承から伝えられている。決してゲヘナ様の加護だけに頼るのではないぞ。お前には仲間がいるのだから」
「はい、皇帝陛下」
ハインリヒが心配そうに言い、アレステアは素直に頷いた。
「仲間と言えば葬送旅団を本格的な軍の部隊とするためにメクレンブルク宰相に話をしている。しかし、シコルスキ元帥は前に向きなのだが、トロイエンフェルト軍務大臣が首を縦に振らない」
「何故でしょうか?」
「トロイエンフェルト軍務大臣は私が皇帝であることが不満なのだろう」
アレステアが首を傾げるのにハインリヒがため息を吐く。
「私が戴冠する際に選択肢があった。私が皇帝として戴冠すれど実権は私の叔父でありラインハイトゼーン公オイゲンが摂政となるということだ。皇帝の権力は制限されているが、それでも子供に任せるよりはという理由でな」
「でも、そうはならなかったのですよね?」
「叔父上は宮内省とメクレンブルク宰相の提案を断った。何故かは分からない。私にはその理由を言わなかった。だが、そのせいで帝国議会内に不和が生じてしまった」
「不和が……」
「私のような子供を皇帝としているのは危ういという意見が生じたのだ。私を皇帝と認めるものと今からでも叔父上を摂政に立てるべきというもので意見は真っ二つとなった。トロイエンフェルト軍務大臣は後者の派閥だ」
アレステアのつぶやきにハインリヒがそう返した。
「政治家の人たちにはいろいろと考えがあるのですね」
「帝国臣民の意見を反映させるための帝国議会であり、議員だ。意見の数だけ派閥が生まれるのも当然と言えよう。そして、今の皇帝は政治的でないことを求められると同時に政治に配慮することを求められる。難しいものだ」
ハインリヒは疲れた様子でそう語った。
そこで不意に宮殿内が騒がしくなった。
「何だ……?」
「何でしょうか?」
ハインリヒとアレステアがその様子に共に首を傾げた。
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