事件の総括
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──事件の総括
アレステアはリスター・マーラー病の感染終結を受けて開かれた非常事態対策本部の事件に関する総括会議に出席を求められた。
「また? 君、絶対利用されてるよ、アレステア少年。政治家は腹黒だから」
「でも、断るのも難しそうですし」
「んー。じゃあ、いろいろと気を付けてね?」
シャーロットが渋い顔をしながらもアレステアを見送り、アレステアは首相官邸に向かった。レオナルドに軍用四輪駆動車で送ってもらい、アレステアは首相官邸を最初に訪れたときのように会議室に案内される。
会議室には非常事態対策本部の前のメンバーが揃っていた。テロ・暴動対策室のラムゼイ大佐も出席している。
そして、最後にメクレンブルク宰相が現れて会議が始まる。
「感染はほぼ終結したとの報告を受けているが、正しいだろうか?」
メクレンブルク宰相が厚生大臣に尋ねた。
「はい。ワクチン接種は広域かつ迅速に行われ、感染者数は大幅に減少。我々はこの疫病に勝利したと宣言できます」
「よろしい。このことは改めてマスコミに会見を開いて告知する。市民を安心させなければならないからな。経済活動もなるべく早く正常化させたい」
リスター・マーラー病の影響は直接的な感染者の被害だけでなく、感染を恐れて外出を控えるようになった市民の経済活動の萎縮という経済上の被害もあった。
「しかし、一連のテロの背景については把握できていないと聞いている。ラムゼイ大佐、詳しい報告を頼みたい。国家憲兵隊司令官のイーサン・ガンビエ上級大将も君が一番の専門家だと言っていた」
そこでメクレンブルク宰相がラムゼイ大佐に説明を求めた。
「報告します。テロの実行犯であるヘンリー・ノックスは事件の動機について一切を黙秘しています。犯行そのものは認めましたが、犯行に使用された爆薬などの入手経路などについても黙秘を続けています」
ヘンリー・ノックスは自分がテロを実行したと自白したが、どうしてテロを起こしたのかや、テロの計画をどのように具体的に練ったのかについてなどは黙秘している。
「しかし、新たに明らかになったこともあります。ヘンリー・ノックスを国外に逃亡させようとし、葬送旅団と交戦した武装集団の構成員について身元が判明しました」
アレステアが自分たちが戦った男たちの話に興味を示す。
「この集団はアーケミア連合王国首都クイーンズキャッスルに本社を置く民間軍事会社スピアヘッド・オペレーションズのコントラクターです。詳細はお配りしましたお手元に資料に記載されています」
ラムゼイ大佐の言葉にメンバーが資料を開く。
「元アーケミア連合王国空軍特殊降下連隊曹長。元エスタシア帝国陸軍ワルキューレ武装偵察旅団准尉。元エスタシア帝国陸軍ノルトラント近衛擲弾兵師団大尉だと……」
「はい。全員が正規軍での軍歴があり、高度な訓練を受けた人物です。死亡した1名についても身元の確認を急いでいますが、身体にあった入れ墨などから元帝国海軍海兵コマンドの隊員と思われます」
「トロイエンフェルト軍務大臣。帝国軍の軍人がテロリストを支援したということをあなたは把握していたのか?」
ラムゼイ大佐の説明に閣僚のひとりがトロイエンフェルト軍務大臣を問い詰める。
「元軍人です。誤解なきよう。民間軍事会社は著しい成長を遂げている業界であります。帝国が軍事的行動を起こさなくなり、国際犯罪や地域紛争の調停を行う軍事力が不足する中、彼らはその需要を満たす形で生まれました」
トロイエンフェルト軍務大臣が語る。
「帝国軍も既に複数の民間軍事会社と契約を締結しているのが現状です。兵站支援や高度な訓練の実施を外注しているのです。これもそれも帝国軍の予算削減の影響ですぞ。軍人たちは高給を餌に民間軍事会社に引き抜かれているのです」
「それは私も把握している。傭兵法が改正され、一部に制限が生じたとは言えど退役軍人の再就職を制限するのは帝国憲法に定められた就労の自由に違反する故に彼らが民間軍事会社に就職することは禁止できない」
トロイエンフェルト軍務大臣が政府の軍に対する処遇を非難するが、メクレンブルク宰相はそう言って受け流した。
「資料には記されていないがスピアヘッド・オペレーションズという会社はどのような事業を行っているのだ? 民間軍事会社にもいろいろあるだろう。警備や兵站業務、あるいは訓練における対抗部隊など」
「スピアヘッド・オペレーションズは主に紛争地での民間企業が有する施設の警備業務を引き受け、また訓練業務も引き受けています。帝国軍、アーケミア連合王国軍などの特殊作戦部隊への訓練の実施」
閣僚のひとりが尋ねるとラムゼイ大佐が答える。
「しかし、注目すべき契約はアイゼンラント領との契約です。スピアヘッド・オペレーションズは魔獣猟兵に軍事訓練を行っています」
「なんてことだ。そのことをアーケミア連合王国は把握しているのか?」
スピアヘッド・オペレーションズはアイゼンラント領の軍と契約していた。つまり、魔獣猟兵を相手に仕事をしていたのだ。
「アーケミア連合王国側に問い合わせて、同国の当局が確認した結果判明した事実です。ですが、アーケミア連合王国のスピアヘッド・オペレーションズ本社はもぬけの殻で虚偽の申請をしていたもの思われます」
「この会社の最高経営責任者は?」
「サイラス・ウェイトリー元アーケミア連合王国空軍大佐です。明らかになっている軍歴では元同国空軍特殊降下連隊に所属し、その後は同国外務省情報局に出向し、準軍事作戦の指揮をしていた模様。8年前に退役しています」
サイラス・ウェイトリーの情報が報告された。
「アーケミア連合王国当局と協力して、そのサイラス・ウェイトリーという男を拘束したい。外務大臣、内務大臣。アーケミア連合王国当局と協力を図るように」
「畏まりました」
メクレンブルク宰相が命じ、外務大臣と内務大臣が応じる。
幸いにして帝国とアーケミア連合王国は友好国だ。軍事的な協力はこれまでずっと重ねて来たし、官民両方で深い交流がある。
「大佐。仮にスピアヘッド・オペレーションズが魔獣猟兵と協力し、さらには死霊術師のテロリストに雇われていたとしよう。どの程度の脅威になると君たちは分析しているか教えてほしい」
ここでシコルスキ元帥が発言した。
「アーケミア連合王国当局に報告されていた常時雇用の職員は数名です。ほとんどは業務に応じて適時雇われる契約職員──コントラクターとなります。故にどの程度の規模の人員を擁しているかは不明です」
「民間軍事会社は基本的にそのような業務形態だな」
ラムゼイ大佐の報告にトロイエンフェルト軍務大臣が横から言う。
「ええ。しかし、このスピアヘッド・オペレーションズが他の民間軍事会社と違うのは使用する装備を中古市場を扱う会社からリースするというものではなく、完全に購入しているという点です」
戦争は常に起きているわけではなく民間軍事会社の事業は安定したものではない。
故に民間軍事会社は可能な限り抱えている設備と人員を減らす。必要に応じてコントラクターと契約し、装備はリースで調達するのだ。本社という名の事務室ひとつだけの会社もあるほどだ。
だが、スピアヘッド・オペレーションズは違うと言う。
「スピアヘッド・オペレーションズの取引記録によると中古市場を中心に軍用飛行艇や火砲、装甲車、小火器などを含めた装備を75億ターラー規模で購入しています」
「ちょっとした小国の軍隊並みの装備を持っているということか」
多額の資金を投じ、スピアヘッド・オペレーションズは装備を準備していた。
「しかし、アーケミア連合王国にもこの会社は拠点がなく、もちろん帝国にもないのだろう? どこに購入した装備を置いているのだ?」
「不明です。ですが、ヘンリー・ノックスを国外逃亡させようとしていた飛行艇のパイロットはアイゼンラント領に向かうつもりだったと自白しています。一連のテロに魔獣猟兵が関わっているとなるとアイゼンラント領が怪しいですね」
「アイゼンラント領か。不審な動きを見せていたそうだが」
ラムゼイ大佐の報告にメクレンブルク宰相が呻く。
「これは懸案事項だな。国家憲兵隊はもちろん、帝国軍国防情報総局及び帝国安全保障局にも引き続き警戒と情報収集に当たってもらおう。また今回のような大規模なテロが起きるようなことがあってはならない」
「了解しました」
メクレンブルク宰相が厳命した。
「さて、今回のテロに我々は勝利したと言っていいだろう。一先ずはとは言えど勝利したのは事実だ。事件解決に当たってくれた国家憲兵隊と軍の部隊に感謝する」
そして、メクレンブルク宰相がそう言い始めた。
「これは皇帝陛下も承諾なさったことだ。今回のテロへの勝利を祝すると同時に、未だ市民の間に残る不安を払拭し、解決に貢献した将兵を讃えるために帝都にて軍事パレードを行うこととした」
「軍事パレードですか?」
「皇帝陛下が閲兵をなされる。国家憲兵隊と軍の作戦に従事した部隊がパレードを行う。葬送旅団にも参加してもらう。アレステア卿、よろしいか?」
そこでメクレンブルク宰相がアレステアに尋ねてくる。
「軍事パレードというのはどういうことをするんでしょうか?」
「難しいことではない。国家憲兵隊からは表に出ていい機動隊の隊員たちが徒歩で行進し、葬送旅団には車両に乗ってパレードを」
「え、えっと。多分、大丈夫だと思います」
「葬送旅団の旅団長は皇帝陛下だ。よって近衛と同じ扱いとする」
「陸軍として異論ありません」
メクレンブルク宰相の言葉にシコルスキ元帥が同意した。
「では、諸君。これから──」
「会議中失礼します」
メクレンブルク宰相が会議を締めくくろうとしたとき、スーツ姿の内閣官房所属の男性職員が入室してきてメクレンブルク宰相に耳打ちすると同時に資料を手渡してから、退室していった。
「……マスコミが情報が漏れた。テロに魔獣猟兵が関与していることを新聞社各社が号外で報じている。魔獣猟兵が人を攫っていたことやヘンリー・ノックスがアイゼンラント領に向かおうとしていたこと。全てだ」
メクレンブルク宰相が重々しく告げた。
「この件に関しては混乱が生じないよう時期を見て公開を行う予定であった。捜査中の案件でもあるため情報の漏洩は今後の捜査に支障きたす可能性もある」
そう言いながら情報を知り得た閣僚たちをメクレンブルク宰相が見渡した。
「これは国家機密の漏洩という重大な犯罪だ。誰がどのような意図で情報を流したにせよ、法の裁きから逃れられるとは思わないことだ。私はすぐに国家憲兵隊に捜査を命じる。事情を知っている人間がいれば捜査に協力するように」
保守合流とその影響を受けたメクレンブルク内閣は同じ閣僚であろうと信頼できる相手ではなくなっていた。
「以上だ。会議を終える。ご苦労だった、諸君」
メクレンブルク宰相が会議の終わりをつげ、列席者たちが席を立つ。
「アレステア卿。少し時間をいいだろうか」
「はい、宰相さん」
またアレステアがメクレンブルク宰相に呼び止められ、他の列席者が退室するのを待ってメクレンブルク宰相が話し始めた。
「パレードの件を引き受けてくれて助かる。帝国は今、市民が非常に不安を抱いているのだ。ここに来て魔獣猟兵やテロの情報までリークされてしまった。市民は一層不安に陥るだろう。故に希望が必要なのだ」
「希望、ですか?」
「そうだ。疫病、テロ、戦争の気配。先行きが暗い現状がきっと打破されるという希望だ。それは君のような英雄の存在によって示されるだろう。古来より英雄は兵士を鼓舞し、そして民を勇気づけるものだ」
「僕は英雄というわけでは……」
「もう隠す必要はなくなったので全ての情報を流す。君が身を挺して情報を得たことも、ゲヘナ様の眷属として死霊術師の逮捕に貢献したことも。それを知れば人々は間違いなく君を英雄だと思うだろう。君が認めまいと」
戸惑うアレステアにメクレンブルク宰相が淡々と告げる。
「そう、英雄は自らがそう名乗るものではない。周囲がそう認めるものだ。周囲が希望を抱き、縋り、望みを託す存在。私もまた君に望みを託そう。帝国と世界に平和を、と」
「ですが、僕はそれを果たせるのはと自信をもって答えられません!」
「いいんだ。きっと状況が良くなると思えれば、それだけで状況はいい方向へと向かう。危機においては悲観的に準備する必要があれど、危機が起きてからは楽観的であることが求められる。危機管理とはそういうものなのだ」
アレステアが思わず叫ぶのにメクレンブルク宰相が視線を逸らしてそう言った。
「君といい皇帝陛下といい、我々老人が子供を頼りにしているのは実に情けないことであるのは認めよう。それでも老人より若者の方が人々は未来を託すに値すると考える。しかし、責任は老人が取ろう」
メクレンブルク宰相がアレステアにそう宣言する。
「分かりました。そうであれば僕もできる限りのことをします」
「ありがとう、アレステア卿。帝国には君が必要だ」
アレステアが頷き、メクレンブルク宰相はアレステアの瞳を見て言った。
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