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クローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港

……………………


 ──クローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港



 ヘンリー・ノックスは研究内容をまとめた書類とリスター・マーラー病の病原菌のサンプルを詰めたブリーフケースひとつを下げて、乗って来たタクシーを降りてクローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港のエントランスロビーに入った。


「ヘンリー・ノックスだな?」


「そうだ。お前たちがサイラス・ウェイトリーの部下か?」


「大佐から命令は受けてる。あんたのうちの会社の飛行艇でアイゼンライトに亡命させる。魔獣猟兵側は受け入れに同意した。手続きを済ませろ」


「ああ」


 ヘンリー・ノックスを出迎えたのはサングラスに黒いスーツ姿の男たちだった。数が4名。金属製のスーツケースを下げている。


 ヘンリー・ノックスは男たちに囲まれたまま、厚生省が設置している検査所に入る。厚生省はロックダウン下の帝都で検査所をいろいろな場所に設置していた。


「許可証を」


「これだ」


 厚生省の職員にヘンリー・ノックスが許可証を渡す。


「問診表に記入して検温を。異常がなければ行って構いません」


「分かった」


 ヘンリー・ノックスが差し出された問診票に容体を記入し、検温を済ませる。全てパスできるようになっている。


「ご協力感謝します。行って構いません」


 そして、検査をパスしたヘンリー・ノックスが再び男たちに連れられて空港内を進む。秘書に告げていた予定とは違い、アーケミア連合王国に向かう搭乗口には行かずにプライベート便を運航している搭乗口を目指す。


 だが、空港の外でサイレンの音が響き始め、人々が戸惑う声が聞こえて来た。


「国家憲兵隊だ! 全員床に伏せろ!」


 国家憲兵隊が空港内に突入し、ヘンリー・ノックスを捜索する。


「大佐殿。運輸省から全ての飛行艇の運航停止が認められました。これでもう逃げられないはずです」


「よろしい。迅速に目標を拘束するぞ。急げ」


 ラムゼイ大佐は部下とともに空港施設に入った。


「ラムゼイ大佐さん。僕たちも協力していいですか?」


「ええ。お願いします。最悪、ここで屍食鬼を使ったテロが起きる可能性もあります」


 アレステアがラムゼイ大佐の許可を得て、レオナルドとシャーロット、そしてゲヘナの化身とともに空港内の捜索に加わる。


「死霊術師の気配だ。分かるか、アレステア」


「はい、ゲヘナ様。これで位置が分かりますね」


 アレステアは既に死霊術師であるヘンリー・ノックスの気配を感知していた。


 そして、その感覚に従って混乱が広がる空港内を駆ける。


「いた──!」


 男たちと逃げようとしているヘンリー・ノックスの姿がアレステアの目に映った。


「クソ。あれはゲヘナの眷属とやらだ。気づかれたぞ」


「大佐から暴れる許可は得ている。排除しろ」


 スーツ姿の男たちが下げていたスーツケースから魔道式短機関銃や手榴弾を取り出し、一瞬で武装した。


 そして、その銃口をアレステアに向ける。


「撃て!」


 45口径拳銃弾を使用する魔道式短機関銃がけたたましい銃声を上げて射撃を開始。アレステアに向けて銃弾が降りかかる。


「“月華”!」


 アレステアが即座に“月華”を抜き、致命傷となる銃弾を漆黒の刃で弾き、男たちに向けて突撃を続ける。


「手榴弾!」


 民間人を巻き込むことを考えずに男たちは空港内の椅子や看板などを遮蔽物にしつつ、手榴弾まで放り込んできた。手榴弾が炸裂し、アレステアの肉体が引きちぎられる。


「まだ、やれる!」


 アレステアは殺戮の嵐の中を駆け抜けて突き進む。


「あいつ、死なないぞ。既にもう何発もぶち込んでるってのに」


「ゲヘナの眷属ってのはそういうことか。奴は無視して飛行艇に向かうぞ。足止めだけすればいい。爆薬をありったけ叩き込んで、スモークを展開後離脱。急げ!」


 男たちは手榴弾を連続してアレステアに向けて投擲し、さらには軍用の混合爆薬も投射。巨大な爆発が生じ、アレステアが吹き飛ばされる。


「今だ。スモーク!」


 そして、煙幕手榴弾が放り投げられ、辺り一面に魔術によって生じた濃い煙幕が立ち込め、視界が効かなくなる。


「急げ。撤収だ」


 男たちはヘンリー・ノックスを連れて空港内を逃げた。


「アレステア少年!」


 そこにシャーロットたちが追いついた。


「大丈夫です。ヘンリー・ノックスは武装した人たちに護衛されてます。気を付けてください。魔道式銃や爆薬も装備していますから」


「オーケー。追いかけよう。レニー! 国家憲兵隊にも連絡して!」


 アレステアが報告するのにシャーロットが“グレンデル”を構えて進む。


「僕が先導します。死霊術師の気配は分かるようになりましたから」


「援護はお姉さんに任せておいて」


 アレステアは空港をプライベート便を運航する搭乗口に向かう。


 前方から銃声と悲鳴が聞こえてくる。


「国家憲兵隊の人たちが……」


 アレステアたちが進むと空港を警備していた国家憲兵隊の兵士たちが射殺され、死体が血の海に沈んでいた。


「ねえ、アレステア少年。相手は屍食鬼じゃないの?」


「違います。生きている人間です」


「思ったより大きな組織だったのかな……」


 敵は屍食鬼ではなく、訓練された武装集団だった。


「いました! あそこです! ヘンリー・ノックスさんもいる!」


「確認した。あいつら、飛行艇に向かってる」


 プライベート便の搭乗口を空港職員を射殺してヘンリー・ノックスを連れた男たちが潜り抜け、空港のエプロンに出ていた。


 エプロンには飛行艇が駐機している。


「軍用中型輸送飛行艇? 軍用機がどうして……」


 シャーロットはエプロンに駐機している飛行艇が帝国空軍などでも使用されてる軍用機であることを確認した。中距離の航続距離で搭載量も戦術規模の輸送飛行艇だ。


「シャーロット。応援の国家憲兵隊が向かっています。現在全ての飛行艇に運航停止命令が出ていますが、状況は?」


「連中、軍用機を持ってる。無理やり離陸するつもりだよ」


「では、防がなければいけないですね」


 レオナルドも合流し、ヘンリー・ノックスと男たちを追跡する。


 空港のエプロンに飛び出し、軍用飛行艇に向かう男たちをアレステアとレオナルドが急いで追いかけ、シャーロットは後方で“グレンデル”を構えた。


「よし。狙撃可能。やっちゃいましょ」


 シャーロットが“グレンデル”の光学照準器を覗き込み、武装した男のひとりに狙いを定めると引き金を引いた。


 男の頭が弾け飛び、崩れ落ちる。


「狙撃だ! 狙撃手がいるぞ!」


「狙撃手を叩いている暇はない。撤収だ」


 戦場において狙撃手の存在はこの上なく厄介だ。身を隠し、遠距離から正確に無防備な歩兵を撃ち抜く狙撃手ひとりで大隊規模の部隊が足止めされることすらある。


 狙撃手を叩くには火砲に砲撃や爆撃などの大火力で叩くか、カウンタースナイプを行うか、あるいは犠牲を前提に物量で攻撃するかだ。


 どれも時間がかかる。


「逃がさない!」


「追いつかれたぞ。殺せ!」


 ヘンリー・ノックスを後部ランプを下ろした軍用飛行艇に押し込みつつ、生き残った男たちがアレステアに再び魔道式短機関銃から銃弾を叩き込む。


「いくら銃を撃っても逃がしませんよ!」


 アレステアは拳銃弾を弾き飛ばし、男たちに肉薄して切り捨てる。切り倒された男が倒れ、他の男たちが抵抗を試みるが今のアレステアは圧倒的だ。


「畜生! 急いで離陸させろ!」


 男たちが軍用飛行艇の後部ランプでアレステアを阻止する中、軍用飛行艇がタキシングを始め、滑走路に出ようとする。


『警告する! こちらは国家憲兵隊だ! 移動中の飛行艇に告げる! すぐにエンジンを停止させろ! さもなくば攻撃する!』


 だが、そこで国家憲兵隊の小型軍用飛行艇が到着し、滑走路に入ろうとしていた軍用飛行艇に警告を発し、魔道式重機関銃の銃口を向けた。


『クソ。滑走路を塞がれた。離陸できない!』


「……畜生。仕方ない。投降するぞ」


 そして、ついに男たちが抵抗を諦めて、武器を捨てた。


「ヘンリー・ノックスさんですね。そこにいてください。動かないで。国家憲兵隊があなたを逮捕します」


「ゲヘナの眷属か。こんな結果になるとは……」


 アレステアがヘンリー・ノックスに“月華”の刃を向け、ヘンリー・ノックスが両手を上げてアレステアに憔悴しきった表情を向けた。


「国家憲兵隊だ! ヘンリー・ノックスだな。テロ容疑にて逮捕する」


 そして、国家憲兵隊がヘンリー・ノックスに手錠をかけ連行する。


「この男の人たちもヘンリー・ノックスさんの逃亡を助けていました」


「その男たちも拘束しろ。連れて行って事情を聞く」


 アレステアが報告し、国家憲兵隊は生き残った男たちも連行。


「やれやれ。これで一段落かな?」


「そうですね。きっとこれで騒ぎは終わりです」


 アレステアたちの場所にやって来たシャーロットが言い、アレステアが頷く。


 国家憲兵隊はヘンリー・ノックス及びクローネベルグ・マックス・クリンガー国際空港で戦闘を行った男たちの身柄を国家憲兵隊帝都本部に移送し、そこに留置した。


 そして、取り調べが行われた。


「ヘンリー・ノックス。あなたはリスター・マーラー病の治療方法について把握しているとこちらは考えている。あなたはこのままならば重大なテロの実行犯として重罪となる。取引するならば事態は変わるかもしれない」


「リスター・マーラー病と呼ばれている感染症は私が生物化学戦研究所勤務時代に発明した魔術と病原菌の組み合わせによって発症するものだ。君たちが私の研究について理解する知識があれば治療できただろう」


 ヘンリー・ノックスは感情を窺わせずにそう語る。


「もちろん治療方法はある。病原菌に対する医学的処置と魔術に対する魔術的処置の組み合わせだ。私は肺炎レンサ球菌をベースにした病原菌を使っていて、魔術に関しては私が持っていた書類にある通りだ」


「よろしい。では、帝国感染症研究所にあなたの持っていた資料を分析させる」


 ヘンリー・ノックスの証言と所持していた資料が帝国感染症研究所に運ばれ、すぐさま治療方法の開発が始まった。


 とは言え、自分で細菌を撒くというテロを起こしたのが生物医学に通じた科学者であるために犯人であるヘンリー・ノックス自身が既にワクチンと治療法を確立していた。


 帝国感染症研究所はその有効性を確認した。そして、効果ありとの判定。


 すぐさま帝都中でワクチン接種と治療が始まり、リスター・マーラー病の感染拡大は急速に終結していったのだった。


「ワクチン接種完了! これでもう大丈夫だね」


「シャーロットお姉さん。ワクチン接種後半日は飲酒禁止ですよ」


「そんなの誰も守ってないって!」


 アレステアが葬送旅団司令部で渋い顔をして言うのにシャーロットがスキットルから遠慮なくウィスキーを喉に流し込んだ。


「しかし、まだ終わりではありませんよ」


 アレステアとシャーロットを見ながらレオナルドが言う。


「何故ヘンリー・ノックスはテロを起こしたのか。それについて彼はまだ自供していません。一切黙秘しています。名高い研究所の所長という成功した立場でありながら、彼はどうしてテロを起こしたのか」


「そうですね。レオ・アームストロング司祭長の事件からずっと死霊術師たちがテロや事件を起こしている理由が分かっていません。死霊術は手段であって目的ではないはずなのですか……」


 レオ・アームストロングがどうして自分の妻以外の死者を攫って生き返らせていたのか。ヘンリー・ノックスはどうしてここまで大規模なテロを起こしたのか。理由は全て謎のままである。


「国家憲兵隊が調べてくれるよ。彼らに任せよう。あたしたちは勝利を祝して一杯やらない? ロックダウンも解除されたし、お店も通常営業になったしさ。美味しいお酒で勝利を祝おうよー」


「でも、大勢犠牲者が出てしまいました……」


「それは仕方ないよ。あたしたちが全員を救えるわけじゃなかったんだから」


「そうですよね……」


 アレステアはやりきれない気分になりながら葬送旅団司令部でうなだれた。


……………………

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