【朝も】パァン!【夜も】
焼き立てという証拠のホカホカと湯気が立つそれをと片手で持ち上げ、大きなひと口で噛みしめる。まず感じるのは生にんにくの香り。生のため少々辛味はあるが気になるものでもない。むしろその辛味がいいほどだ。
後を追うようにやってくるのはサクサクに焼き上がったバゲットの香ばしさと塩味、トマトの爽やかな酸味。そしてオリーブオイルのコク――嗚呼、この料理に対しての言葉は装飾なんて必要ないだろう。こう言えばいい。
「うンめぇ……!」
「オイシイねー!」
「ぴぁー!」
『一切の説明もなく作り出したと思ったら食い始めて草』
『でも美味そう』
『ほう、パンコントマテですか』
そう、今食べているのはスペインの定番料理であるパンコントマテだ。
焼きたてのバゲットに生にんにくの断面を香りつけ程度にこすりつける。んで次は半分にカットしたトマトの断面をコレまたパンにこすりつける。そうしてにんにくとトマトを拷問した後のバゲットにオリーブオイルを回しかけ塩をひとつまみと割と簡単なもの。
『なんでみんな焼き立てのバゲットを素手で掴んで平然としているジョージにツッコまないんだ?』
『お前がツッコもうとしている箇所は既に――』
『我々が2000年前に通過した箇所だッッ!』
「2000年前からやってねーよ」
あ、オーロラとロゼのバゲットはちゃんと薄めだ。俺が食べるサイズを食べようとすると顎外れちゃうからね。
「これにはロゼワインがよく合うんだわ……」
「ソウだねー……」
「ぴぁ?」
「あぁうん、ちょっと反応あるかなと思っていったけどロゼのことじゃないんだ」
「ぴぁー」
『ややこしくて草』
にんにく、トマト、オリーブオイルの組み合わせといえばワインだろう。ということで俺とオーロラはグラスに注がれたロゼワインを傾ける。そして言葉を漏らしてみればロゼが自分の名前が呼ばれたものと勘違いして声を上げた。違うことに気づいた後は「なーんだ」みたいに鳴き、自分のパンコントマテを改めて食べ始めた。
普段から愛称の"ロゼ"で呼んでいるからそっちの方が馴染みがあるんだろうけど君の本名は"ローゼリア"なんだよね。……ふと視聴者たちの何割がロゼの本名を覚えているのか試したくなったが――パンコントマテが美味いからいいか。
「ジョージおかわりー」
「ぴぁー」
「待て待てもうちょっとで次が焼けるからな。それにアレンジもやるからなー」
「ワーイ!」
「ぴぁー!」
新人の小型オーブントースターくん、小さいのはいいことなのだが如何せん焼ける量も少ない。それに対してこちとら食欲が留まることを知らないハイエルフと妖精女王With食べ盛りジュエルグリフォンだ。キッチンに立たなくていいのはいいことだが、需要と供給が追いついていないのが悲しいところだな。――おっと、出来たようだな。それじゃアレンジや他のやつもやってみるか!
・
・
・
まずはさっきと同じレシピで作ったパンコントマテに生ハムのぜて粉チーズと黒こしょうを振りかける。生ハムの旨味と塩気に粉チーズの風味に黒こしょうのピリッとした刺激が加わってもはや別の料理へと昇華してしまったのではないかと錯覚を覚えるほどだ。
「オニクがあるだけで違うね!」
「ぴぁー!」
「そうだな、チーズに黒こしょうでガッツリ感が増した気がする」
『ちなその生ハムって自家製?』
「そうそう、ワイルドオークジェネラルので作った」
『なんでも作るやん』
「なんでもは作れないって。簡単なレシピがあるんだってば。ただ自分たちで調べてくれな」
面倒だし。
・
・
・
次はダイスカットしたアボカドをバゲットに乗せ、その上に塩とレモン汁を振りかける。
ねっとりとしたアボカドの舌触りに特有の甘みとコク。その味わいを引き締めるのは塩でトドメにレモンだ。レモンの酸味のおかげでスッキリと軽くなり、また次へと手を伸ばしたくなってしまう。そして需要と供給――
「ショッパい!」
「オーロラレモンかけすぎたんじゃないか……?」
「ぴぁー」
・
・
・
お次は明太子+バター――福岡ではよく見かける一品らしいな。これを作り出した時は視聴者の地元アピールが凄まじかった。気持ちは分からんでもないけどね?
「ジョージワタシコレ好きかも!」
「ぴぁー!」
「ンー、こりゃあいい。え、福岡ってこれがパン屋で買えんの?」
『結構な店で売ってるんじゃないかな?』
『朝食にも酒のツマミにもいいぞ』
濃厚なバターの風味と明太子のプチプチとした食感と旨辛さ――合わないわけがないでしょうがこんなもん。いや、この2つの相性の良さは知っていた。知っていたが、2人の受けとめているバゲットくんがさらにいい味を出している。ちょっと背徳感があるのもいい。
・
・
・
まだまだ俺達の食欲は止まらないぜ!続いてはアンチョビバターだ!
単体では強い塩辛さが目立つアンチョビをバターが包み込むことでまろやかな味わいにしている。だが、アンチョビの良さが消えたわけではない。深みのある味わいへと変わったアンチョビはそれだけではなく火が通ったことで香ばしくもなっている。
「ちょっぴり大人向けの味わいかもなー美味いけど」
「でもロゼイッパイ食べてるよ?」
「ぴぁ?」
「子供向けかもしれん」
『ロゼちゃんが特殊なだけだから……』
『ハイエルフの手のひらクルー助かる』
「どう助かるんだそれ」
・
・
・
ちょっとお口の中が塩辛くなってきたところで、次はデザートっぽくしてみよう。
てな訳であんこバター。今度は名古屋発祥の俗に言うあんバターだな。
「アマーイ!オイシーイ!」
「ぴぁー!」
「これもいいなぁ。……ところで名古屋の喫茶店てモーニングいつでも頼めるって本当?」
『マジやぞ』
『朝にコーヒー1杯頼んだだけでトーストやゆで卵がついてくるのとかザラだぞ』
「うっそだぁ」
そんな冗談は軽く聞き流してあんバターバゲットだ。
いや、あんこの落ち着いた甘みがいいね。それにバターの塩気とコクが加わってもなお美味いのが不思議なところだ。うーむ、これで一日を始めるのもいいかもしれないな。だが、酒のつまみとしても十分なポテンシャルはある。現に辛口の日本酒が進む進む。
・
・
・
「無くなっちゃったネー……」
「ぴぁー」
「思いの外、食が進んでしまったな……」
悲しげにつぶやくオーロラとロゼ。その目線の先にはすっかり空っぽになってしまった、バゲットが入っていた紙袋の悲しき姿があった。
いやぁ……色々と試してしまった。ツナマヨやピザ風、卵黄+醤油にシンプルなガーリックトースト。温めたパウチのミネストローネに浸けたり、オーブントースターでさっと作ったアヒージョに浸けて食べたのも一興だったな。おかげで用意したバゲットも酒もすべて平らげてしまった。
『色々参考になったわ』
『バゲットじゃなくても食パンでもうまいこと作れそうだな』
『明日目玉焼きトースト作るわ』
「ウチは流石に明日の朝はご飯系かな……」
明日中はパン見なくてもいいかなって……明後日以降ならいいけど。




