出発当日――!
「武道さん、おはよう」
「オハヨー!」
「おー、おはよさん」
依頼を受けてから2日後の朝6時半ごろ、俺たちは戸中山ダンジョンの受付で待つ武道さんのところまで来ていた。相も変わらずのガラガラ具合だが、俺が冒険者活動するうえでこれぐらいが助かるんだよね。
挨拶もそこそこに案内される。確か三淵ダンジョンの時は所長室に通されていたが、今日は所長である尼崎さんが不在のため応接室に通された。
そこで待っていたのはあの時同様、まるで営業マンのようにパリッとしたスーツを身に纏い、黒いサングラスを装着した高身長の男性――転移スキルの持ち主、通称ブラックさんだ。
湯気が立つお茶を啜り一息ついていた様子のブラックさんは俺を視認すると、スッと立ち上がりこちらに向かって深々と頭を下げる。つられて俺も頭を下げる。そしたらオーロラも下げる。オーロラ認識阻害中だから見えてないだろうけど。
「お久しぶりです、木原さん。私のことは覚えていらっしゃいますでしょうか」
「忘れられる要素あるんですか、アンタ」
スキルが超絶便利な転移スキルに加えて、某バラエティー番組の狩人を思わせる風貌、そしてブラックという名前。これを忘れろという方が無理筋な話だろう。これもしかしてブラックさんのジョーク?略してブラックジョーク?――口に出さなくてよかったな――それにしても無表情で冗談言われるとそれはそれで困る。
「では早速出発しますか?」
「あぁ、ちょっと待ってもらえます?――ほら、ロゼ起きな」
「……ぴぁぁ~」
そう、今俺の手にはロゼが入った犬用キャリーバッグがぶら下げられていた。ロゼを一緒に連れていく訳では勿論ない。産まれて日にちが経ったとはいえ、弱いと言われているジュエルグリフォンの子供だ。それを危険度が不明なダンジョンに連れて行くなんて出来ようものか。
ならなぜ今連れてきているのかというと、武道さんに預かってもらうためだ。武道さんが働いている間は戸中山ダンジョンで退勤時には武道さんの家に連れて帰ってもらう。当然、武道さんの奥さんである冬子さんにも許可はいただいているし顔合わせも済んでいる。ロゼ自身預けられることについては納得してくれた。――最初「ぴぇー?」と不満げな鳴き声は出していたが。
親分とカルーア?親分は自分一株で生きていけるしカルーアに至っては俺が数日間不在ということで大掃除の絶好の機会だと張り切っていた。(オーロラ談)まぁ綺麗にしてくれること自体は本当にありがたいので、カルーアの依り代であるうさぎのぴょんちゃんの回りにおニューの洗剤や掃除道具備えておいたけども。あと親分にも肥料せがまれた。
さて、キャリーバッグからロゼを俺の顔辺りまで持ち上げる。ロゼは寝ぼけ眼ながらも俺を見返す。
「ロゼ、武道さんに迷惑をかけるんじゃないぞ?」
「ぴぁ」
「オミヤゲ持って帰るからね!」
「ぴぁ」
「1日に1回はテレビ電話するようにするからな」
「ぴぁ」
「あとは……えーっと何かあるか」
「ぴぁぴぁ!」
「ロゼがオマモリちゃんと持ったかだって」
「え?あ、おう。持ってる持ってる」
お守りというのは2日前の武道さんとの電話の後、ロゼが咥えて俺に寄こしてくれた深紅の宝石のことだ。産まれて初めて体から剥がれた宝石を俺に――と感慨深いものがあったなぁ。流石に宝石の加工に思い当たる節がなかったから未加工の状態でポケットに忍ばせているのだが。
「んじゃ武道さん、ロゼをお願いします。多分好き嫌いはないと思うんで。あとは悪いことしたら普通に叱ってくれて全然いいんで」
「任しとき。ま、ロゼちゃんは賢いからなぁ。そんな心配いらんと思うけど。なぁー?」
「ぴぁ!」
ロゼを受け取った武道さんは中々慣れた手つきで抱えると、いつもより少し高い声でロゼに話しかけロゼもそれに応じる。うん、相性は悪くなさそうで安心した。あ、武道さんこれロゼお気に入りのチュールね。これ毛布にご飯用の皿に遊ぶ用のボールに――あ、大丈夫?ハイ。
「それじゃブラックさん、お願いします――って泣いてる?」
挨拶も済ませたことだしささっと連れて行ってもらおうとブラックさんに近づき顔を上げたところ、サングラスの内側から滂沱の如く涙を流しているブラックさんがいた。涙拭いてもろて。
「すみません、こういうのに弱くて」
「今生の別れという訳でもないですし……そもそも涙だけで表情変わってないの怖いな」
「失礼しました。それでは転移させていただきます。転移」
おおう、浮遊感を感じるとか一切なく目の前の景色が一瞬にして切り替わる。まだ「転移」とブラックさんが前置きで言ってくれているから構えていられるけど、何の合図もなく転移されたら絶対混乱しちゃうよねこれ。
で、ついた先なんだけど……草原。見るからに草原。いや、遠くに柵のようなものもみえるな?
「ブラックさん、ここどこ?まさかダンジョンの中?」
「いいえ、ここはダンジョンが発生しましたネイムル牧場となります。流石に人が密集している中に転移すると混乱を招きますので、少し離れたところへ転移させていただきました。ええと――あぁ、木原さんはあちらに向かっていただければと」
ブラックさんが指差す先は俺が今まで見ていた方向の真後ろ。……あぁ、確かに建造物のようなものあるな。ダンジョンが出来てから数日というのに建築はやいな、流石。
「それでは私はこれで。転移を依頼された方がもう一人いらっしゃいますので……失礼します」
「あ、お世話になりました。帰りもよろしくお願いします」
転移したことで瞬時にその場から消え失せたブラックさん。それを見送った後、俺は指示された方向へ歩き出す。……改めて周囲を見渡す。やっぱり近くに飲食店ないよな……チッ、楽しみはホテルに着いてからか。




