第1話
2040年1月1日 アメリカ合衆国バージニア州 アメリカ国家地理空間情報局本部
アメリカ合衆国の情報機関であり、アメリカ政府の各部局に対して必要とされる地理情報や衛星写真などの収集と分析及び提供を行う国防総省の外局である。
アメリカ国家地理空間情報局ことNGAの職員数は約1万6000人と日本における同等組織の内閣情報調査室内閣衛星情報センターの職員数が約200人なので馬鹿げた規模の組織でもある。
そんなNGA本部であるキャンパス・イーストにある衛星画像データ室内ではNGA長官を始めとする職員達は年が変わって衛星から送られてきたデータ、具体的に言うと太平洋の画像を見て茫然としていた。
『・・・私の目が可笑しくなってるのか?』
「どうやら私も同じ症状ですね。」
室内の壁一面に取り付けられた超大型パネルに表示された衛星画像を見ながらホワイトハウスと連絡を取り合うNGA長官だが、同じ画像を見ているホワイトハウスの面々も彼と同じ状態に陥っていた。
『取り敢えずこの事態の原因云々は後でいい。どう変化があったのか教えてくれ。』
教えてくれと言う通話相手、合衆国大統領だが言葉にするよりも見た方が早いのは言うまでもないが、取り敢えず報告という形で欲しかっただけなのでNGA長官が話しても殆ど聞く気はない。
「現時点で判明しているだけですが、ハワイ諸島やミッドウェー諸島が位置していた付近に、概算だけでも約400万㎢、オーストラリア大陸の約半分の陸地が出現しました。画像で確認出来ている通り緑がある事から海底火山の噴火による陸地の形成ではありません。」
そもそも海底火山による噴火でこんな大陸が出来てるならこの世界は火山噴火で滅亡してるのであり得ないが、そんな短時間で現れたこの大陸に緑がある事も同じレベルであり得ない。
ちなみに彼は伝えて無いが都市らしき物も確認出来ているので余計に訳がわからなくなっている。
「そして元々この場所に位置していたハワイ諸島などは1500km程東に移動しており、その他多数の島々が移動しているのが確認出来ます。ちなみにオアフ島にあるハワイ支所に連絡したところ繋がりましたので現地は無事なのが確認出来ています。」
島が1500km移動なんてハワイのキラウェア火山とか大丈夫か?とか何故起きたんだ?とかいう疑問は置いといて、1番の問題はアメリカが支配する太平洋に新たな勢力が現れた事である。
そもそも人間かも分からず、文明があるのは確認済みだが、どれ程の技術レベルなのか?戦争になったら勝てるのか?などの疑問が次々と浮かんでくる。
『同盟国との連携は急務だな。太平洋艦隊で出撃出来る艦艇は全て出撃させろ。可能ならば真っ先に接触だ。決して中国には先を越されるなよ。』
『了解しました!』
自分とは関係ない命令が画面越しに聞こえてくるが、軍事行動になると衛星を扱うのは合衆国宇宙軍になるのでNGAが出来る事は何も無い、精々宇宙軍の下について補助するくらいである。
『NGAは引き継ぎ新しく現れた陸地の情報を調査しろ。特に優先させるべきは首都の位置と軍事施設の位置だ、15分おきに報告をあげろ。』
言いたい事を言うと通信を切る大統領だが、軍事施設の位置はともかく首都の位置など画像を見てどう判断するんだ?という疑問が出てきた長官だが、それは俺の仕事じゃ無いと担当者に放り投げる事に決めた。
2040年1月1日 日本国 東日本管区 首都東京特別市 総理官邸地下 危機管理センター
「我が国のJAL機を始め出現当時付近を飛行していた8機が強制着陸されていますが、その後どうなったのかは安否を含めて不明です。」
アメリカ合衆国大統領とのホットライン後に国土交通大臣からの報告を受ける総理だが、どうにも現実味が無い。
それはそうだ、誰が太平洋の真ん中に大陸並みの陸地が現れ更にアフリカ大陸が消失したと聞いて、はいそうですかと納得する人がいる?それが一国のトップならばなおの事だった。
「陸地の出現でハワイ諸島は東に1500km程移動しました。この陸地に1番近いのはアメリカ領北アメリカ諸島ですが、次に近いのは我が国の小笠原諸島になります。」
「小笠原諸島に自衛隊の戦力は?」
「小笠原諸島の父島に空自のレーダーサイト、硫黄島に空自の基地があるのみですが、マトモな戦力と言えるような部隊は本土から増派しない限りありません。」
総理の質問に対しそう答える防衛大臣だが、硫黄島付近は国家も無くアメリカの領域なので戦力を配備する必要がなかったのだ。
そもそも近年の海面上昇により政府による強制集団移転で小笠原村は廃村になり、多数の島々が海の底に沈んでいる。
残ってるのはそれなりに標高のある山も残ってた島や、空自の基地があった硫黄島のみで、民間人は一切住んでいない。
海自の航空隊も対潜哨戒機や水陸両用機で、陸自のミサイル部隊も配備の名目は試験である、戦力としては殆ど期待出来ない。
一応空自の戦闘機4機が訓練の為硫黄島基地に居るが100機近い作戦機が配備されているグアムのアンダーソン空軍基地とは比べるのも痴がましい規模でしか無い。
「アメリカは太平洋艦隊を派遣するそうだが、海自も船出してたよな?」
「はい。調査目的で護衛艦4隻を派遣中です。また硫黄島に空自の1個飛行隊を前進配備する予定です。」
陸地の大きさを考えたら1個飛行隊レベルでは話にならないのだが、硫黄島基地のキャパシティを考えれば妥当な機数である。
ちなみに海自艦艇は派遣命令から経った2時間で担当艦が全艦出港しているので、隣で急いで出港準備中の横須賀海軍施設のアメリカ第7艦隊が化け物を見るような目で出港していく海自艦艇を茫然と眺めていたのは別の話。
「う〜ん、どうにも情報が少な過ぎるな。
情報が無いと悩む総理だが、日本は各国との関係や自前の衛星があるのでこれでも情報は多い方である。
「で?現れた陸地に文明や脅威となる物はありそうなのか?」
腐っても先進国な日本も自前でロケットを打ち上げる能力を有している為情報収集衛星と言う名前の偵察衛星は多数保有しているのでアメリカほどでは無いが、ある程度の情報は収集・解析出来る。
「明らかな高層ビル群が確認出来ますし、空港や港湾施設も確認出来ますので脅威となる物は沢山あるでしょうね。」
「やはりか・・・ところでこの陸地全て1つの国家か?」
「国境らしきものは確認出来ないので単一国家でしょう。この陸地内でシェンゲン協定のようなものを結んでるならば別でしょうが。」
基本的に隣国との境界にはフェンスなり壁なりが設置されるので上空からでも分かり易いが、関係性が良好だったりそんな物を設置する余裕のない場所は放置という事も考えられるのでまだ確定はしてない。
更に欧州諸国のようにパスポートや入国審査無しでの自由な移動を認める取り決めなんてこの陸地内で結ばれてたら国境線なんてものは無いので余計に分からなくなる。
「先程、高層ビル群や空港とか言ってたが文明レベルや科学技術レベルはどの程度なんだ?」
文部科学相はそれが気になるとばかりに確認する。
「空港に駐機している民間の物と思われる飛行機や街中を走行する車を確認する限り我々と同じレベル、誤差は±20年程と推測されます。」
異変が起きて直ぐにそこまで分かるのは自国で偵察衛星を保有しているからなのだが、外見は同じでも中身が全くの別物の可能性もあるので実際に見てみない事には分からないと言うのが内閣情報調査室長の報告である。
ちなみに防衛大臣は報告していないが、海軍基地とみられる場所にはステルス性を考慮したと思われる戦闘艦艇や空母、潜水艦が多数停泊してたりとかなりの海軍力を有するのは分かっている。
「なるほど、話が通じる相手である事を祈ろう・・・」
そう閉め切って近況報告会議を閉めた総理だが、現代国家というのは余程極端に走らない限り話は出来るので外務大臣としてはその辺りに関しては全く心配していなかったりする。