プロローグ
本来ならば日々の自然からの恵みに感謝し、新たな年の幕開けとなる1月1日の感謝祭当日。この星に4つある大陸のうちの1つ、グランディル大陸全域を支配するスフィアナ連邦ではお祭り騒ぎの一般市民達とは異なり政府の人間、特に国の中枢に位置する人間達は混乱の最中にあった。
「全スカイネットシステムとのリンク途絶!全てオフラインです。」
「航空宇宙開発局も地理空間情報本部と同様の見解だそうです!」
「情報通信省から他国とのホットラインも繋がらないそうです!防衛総省からも同様の報告が!」
スフィアナ連邦首都レスティナード広域市の中心部近郊にある国家安全保障省の敷地内地下にある危機管理センターでは各省庁や機関から派遣されて来た職員達が前代未聞の異常事態に混乱しているが、しっかりと統制は取れており情報は重要度の高い物から上に上がられていった。
「たった今、外務大臣が到着されました。それとは別に首相から災害時における国家非常事態宣言を発令するのて準備するようにとの事です。」
「災害時か、妥当だな。」
首相補佐官からの代理指示を受けた危機管理センター長はその指示に納得すると、事前マニュアル通りに各省庁の人間に対し次々と指示を出していった。
スフィアナ連邦における国家非常事態宣言は国家非常事態宣言法により明文化されており、その目的に対し主に2種類に区別される。
1つは有事における国家非常事態宣言であり、これは他国や組織からの武力行使があった場合に発令され、主に連邦軍の管轄組織である防衛総省に対し効力を有する。
もう1つは今回発令が予測される災害時における国家非常事態宣言であり、こちらは有事の際より効力が弱く、主に消防や連邦警察を管轄する国家安全保障省に対し効力を有する。
このようにどちらの国家非常事態宣言に効力の強弱はあれども、どちらにも共通して言えるのは国民に対し強制が出来る事であり、それだけでもこの国が現在危機に瀕している事が窺えた。
「では航空宇宙局長は我が国が別の星にいると?」
「はい。現時点で我々が観測していたルトとファテの2つの月は観測されず、既知の星も観測出来なくなっており、代わりにこれまで観測されたのとは似ても似つかない星が確認されたのがその根拠になります。」
首相は航空宇宙局長の話を聞き、これは気を引き締めないといけないと考えた。
これまで観測されていた星が確認出来なったのは異なる世界への転移論の根拠としては十分過ぎた。
そしてその考えを後押しする情報も出てきた。
「連邦情報総局です。我が局の電波情報本部もこれまで傍受していた電波が傍受出来なくなり、代わりに全く意味が分からない単語が並んだ電波を傍受したと報告がありました。」
「意味が分からない?」
「はい。パールハーバーやヨコスカ、ニホンやアメリカなどの恐らく地名と思われる単語などです。同時に司令部や艦隊などの単語も傍受してるので軍事関連の通信と思われますが、既知の情報とは全く一致しませんし、そのような地名などはない事は確認済みです。」
スフィアナの情報機関である連邦情報総局、その隷下にはヒューミントを行う諜報情報本部、イミントを行う地理空間情報本部、傍聴を行う公安情報本部、そしてシギントを行う電波情報本部がありその活動は秘密のベールに包まれている。
だが、電波情報本部は国内十数ヶ所の観測所により周辺地域を飛び交う電波を収集・解析していた。
そしてその飛び交う電波が自国と同じ言語だが、見知らぬ単語ばかりだというのが異常事態発生から全力で情報の整理をした電波情報本部の見解だった。
そして、その見解はこの世界には自分達が知らない未知のそれなりに以上に発展している文明がある事、そして戦争の可能性がある事を示唆していた。
「取り敢えず連邦軍全軍に対しデフコン2を発令、陸・海上保安庁も同じくデフコン2で即応待機。」
「了解。」
連邦情報総局長を始めとする観測機関からの報告を聞いた首相は只ならぬ事態が発生したと判断し、デフコン2謂わゆる即応待機命令を連邦軍と有事の際には連邦軍に編入される陸・海上保安庁に指示をした。
陸・海上保安庁は通常は連邦警察を管轄する国土国家安全保障省の外局であり、平時は連邦警察と並びスフィアナ国内の治安を維持する国家武装警察である。
ちなみに海上保安庁は日本と同じく海の警察だが、陸上保安庁は中国の武装警察、イタリアの警察軍と同様の組織であり、強力な警察力を有している。
「いったい何が起きているんだ・・・・・」
首相の指示の元、皆が慌ただしく動き回る中残された首相は1人そう呟きながら、絶賛混乱中の頭の整理を始めた。
スフィアナ連邦国は小さな大陸並みの島と周辺の多数の島嶼部からなる立憲連邦君主制の国家で人口は約1億7000万人、古くからの地域大国として周辺地域への影響力も強く前世界であるサリファ世界での国連にあたる世界統一政府の初期参加国にして7大国の1つに数えられる程の国家であった。
150年程前までは国王が全権を握る王政だったが、時の聡明な国王により国王主導で選挙制度を整えて誕生した内閣に権限を移譲し、現在の立憲連邦君主制となった。
昔から平和で豊かな国家として有名であり、現在に至るまで国民一人当たりのGDPも国家としてのGDPも世界トップクラスに位置し、世界最良の国一つに数えられる程安定している国家であった。
そして現在、そんな国は外界との全ての繋がりが途絶え未知の世界に飛ばされた。
幸いにも食糧自給率もエネルギー自給率も100%を超えており自給出来るだけの能力はあるが、もし戦争になれば分からない。
こちらの技術力を超える技術力を持つ国であったならば、連邦軍が歯が立たない可能性もあるのだ。
首相は近年減少傾向にある軍事費のグラフを見ながら少し後悔していた。
スフィアナ連邦国 ノルド=フォルステア州ナストラ島 FITSナストラ通信施設
本島北部沖合に浮かぶナストラ島は島全域が飛行場や演習場などの軍の管理下にある謂わゆる軍の島だが、その中でも異質な建物が島の一角にあった。
建物自体はバンカーの集合体みたいなコンクリート製なのだが、その建物には多数のアンテナやレドームなどが設置されており、その異質さが顕著に現れていた。
最も、この建物こそがFITSこと連邦情報総局の電波情報本部が所有する通信傍受施設である。
そんなナストラ通信傍受施設では日付が変わった時から通信員などの職員達が慌ただしく動き回っていた。
「いや傍受って言われても言葉は分かっても単語が一切意味不明なんですが?」
「こっちもジエイタイとかジンミンカイホウグンとか意味不明な単語が傍受されるんですが、何か暗号化したコードですかね?」
通信傍受室では多数の通信員達が急に聞こえてくるようになった通信内容について相談しており、それぞれが頭を悩ませていた。
「恐らくこのアメリカやニホン、チュウゴク、オーストラリアというのは通信内容から察するに国家もしくはそれに準ずる組織の名前だと推測されます。」
「そしてこのヨコスカやミサワ、ヒッカム、サンディエゴ、エルメンドルフというのは地名と推測されます。この傍受した通信が軍事通信ならば軍事基地の名前でしょう。」
通信傍受室の一角では通信員達が傍受してきた内容を解析員達がコンピュータや様々な物を使って解析しており、なんとか断片的な情報を掴んでいた。
「レーダーでは付近に陸地などは確認出来ないのですか?ここまで通信が飛び交ってるなら、かなりの勢力の国家又は地域の間なのが推測されますが。」
この国では国土の殆どを地上配備型の固定式レーダーの探知圏内に入れる程多数のレーダーを設置しており、少なくとも不審な機体が近づいてきたら空軍の戦闘機がスクランブル出来る体制が整っていた。
「安全の為警戒機はあげてないが、レーダーでは探知圏内に陸地は確認出来ないそうだ。ただ空軍の戦闘機が数機の旅客機とみられる機体を領空侵犯として強制着陸させたようだから何か情報が得られるかもしれん。」
「旅客機を強制着陸って大丈夫なんですか?」
「IFFにも反応しないし、飛行計画書も提出されてない機体だから仕方が無い。」
異世界ならば当然自国世界基準で作られた機械に反応しないのは当然だし、飛行計画書も提出されている筈もない。
なので空軍の対応としては当然なのだが、旅客機を飛行させている時点でこの世界の技術力は少なくとも自国と同等レベルある事が確定した。
「取り敢えず上層部からは国家とみられる情報を最優先で収集・解析しろって指示が出てるが・・・まぁ、現時点でわかる事は殆ど無いなぁ。」
そう言いながら未だに混乱している通信傍受室を眺めながら深く溜め息を吐きながらも作業の手を止めない解析員達であった。