44 襲撃の夜
ハグル王国を出発した暗殺部隊の四人は馬を飛ばし、十日間かけてアシュベリーの王都に到着した。
『王都在住の銀髪の大男でおそらく貴族』のことは出発前にある程度把握している。
九割九分、第二騎士団長を務めているジェフリー・アッシャーと思われた。
アシュベリーに住み着いているハグルの手の者に連絡を取りジェフリー・アッシャーの交際相手の住まいを調べさせた。この国の人間も金で雇って使った。
するとたった数日で第二騎士団長の交際相手であるクロエの偽名とその住まいが特定された。
「あれがその屋敷か。離れがあるな。おそらく離れのほうだろう」
日中にさりげなく下見をして離れに狙いをつけた。
夜を待って四人でヨラナ・ヘインズ宅に近づいた。母屋にも離れにも灯りがついている。それを確認してまた少し離れた。
「全部の灯りが消えてから一時間は待つ。侵入は三人、見張りが一人」
リーダーの確認に三人がうなずく。
全ての灯りが消えた。そのまま一時間待ってから四人は離れに近づき、ドアの鍵を手慣れた様子で開錠した。離れの中に入った三人は二手に別れた。
二人組が主寝室らしい部屋のドアをそっと開けて室内に入った。リーダーと中堅の男はベッドの膨らみに近づき、ナイフを構えた瞬間、ヒュッという音。
音に反応して、振り向きざまにそれをナイフで受けた。
剣を振り下ろしているのは大男だ。夜目の利くリーダーは相手が銀髪なのを見て(何でこいつが?)と驚いた。
そこから反撃する余裕がない。大男の剣は力と速さが凄まじく、繰り出される剣を受け止めるのに精一杯で防戦を強いられる一方だった。
もう一人の仲間も別の男と闘っていたが、すぐになだれ込んできた黒ずくめの男たちに全身を床に押さえつけられ、首の動脈を両手で押さえられて失神した。
暗殺者のリーダーは逃げ出す可能性を求めてナイフで戦い続けたが、大男の剣を防いでいる最中に黒ずくめの男に足を縄のようなものですくわれて転倒し、押さえ込まれた。
子ども部屋に侵入した暗殺者はドアを開けて一歩二歩踏み込んだところで隣室の激しい物音に気づいて動きを止めた。
(気づかれたのか?)
隣室に駆けつけようとして廊下に出た瞬間に鳩尾を拳で強打され、頭を棒のようなもので強打される。「ガハッ」と声が漏れて暗殺者の動きが止まったところでもう一人が後ろから首に腕を回して締め上げた。
外にいた見張り役の暗殺者は仲間が離れの中に入って行ったのを見届けた直後、首にナイフを当てられた。ナイフを当てている者とは別の男がスッと正面に立った。
「動いたら殺す。声を出しても殺す」
流暢なハグル語だった。コクコクとうなずく。相手の隙を見て反撃しようと思ったが、既に(どこから湧いて出た?)と思うほど黒ずくめの男たちに囲まれていた。
しばらくして屋敷の庭ではたくさんのランプが点けられた。
黒ずくめの男たちは意識を失っている四人の靴を脱がせベルトも外し、半裸になるまで衣服を脱がしてから縛り上げ、担ぎ上げて運んで行った。実に手早かった。暗殺者の服には小ぶりな暗器がいくつも隠してあった。
主寝室で負傷した者が二人いて、血の匂いが夜の空気に漂っている。
第二騎士団員たちは他に暗殺者の仲間がいないかを確認するべく敷地の周囲を見回っていた。
第三騎士団の一人がジェフリーに近づき、「お疲れ」と声をかけて立ち去る。
ヨラナ夫人とその使用人たちは明るいうちにひっそりと避難していた。人の気配がなくなったヘインズ邸を去り際、ジェフリーは離れに目を向けたがすぐに視線を外して王城に向かった。
暗殺者たちが運び込まれたのは王城の牢獄。真夜中なのに人がたくさん出入りしていた。
やがて黒い布で目以外を全て覆った男が牢獄を訪れた。
暗殺者たちは全員が別の牢獄、それも互いの姿が見えない場所に収容されていた。
「君がリーダーかな?部下からはそう聞いているけど。ああ、猿ぐつわをしてるから答えられないね。驚いただろう?私たちが待ち構えていて。アシュベリーにも地味だけど特殊任務を請け負う組織はあるからね。君たちが来ることは知っていたんだ」
流暢なハグル語でそう言うと質問者は「いいよ!」と牢獄の外に声をかけて人を招き入れた。
「拷問されるんじゃないかと緊張してる?安心してね。うちはおたくと違ってそんな手荒なことはしないから。注射を一本打つだけだ」
暗殺者のリーダーは椅子に縛り付けられ猿ぐつわを噛まされたまま暴れた。
「大丈夫。チクッとするだけだし、死なないよ。くつろいだ感じに気持ち良くなるだけさ。おたくの所みたいに爪を剥がしたり針を刺したり水に頭を突っ込んだりなんて、この国ではもう長年やってないんだ。私もそういうの、見たくないしね」
暴れる男を黒ずくめの男が押さえつけ、医者らしい服装の男が手早く注射を打った。注射をした男はしばらく数を数えていたらしく縛られた男を見ていたが
「もう効いてると思います」
と質問者に囁いた。
商業王国アシュベリーははるか遠い海の向こうの国からこの薬を買っている。国民全員が黒目黒髪という国から買う薬はかなり高価だが、どれも効き目が素晴らしい。
火傷の薬や切り傷用の薬、鎮痛剤などと一緒にこの自白剤も国が買い入れていた。代わりにその国にはアシュベリーで育つ良質な黒檀や紫檀を買ってもらっている。
質問をしていた男が牢獄の中に椅子を持ち込み、縛り上げられている男の正面に座った。牢獄の扉の鍵が用心のためにかけられたが、質問者の男は気にしない。ハグル語での質問が開始された。
「さて、君たちは誰を狙って来たのかな?対象者の名前を教えてくれる?」
穏やかな表情になった暗殺者が顔をゆっくりと動かす。瞳孔がくつろいだ時のように絞られていた。後ろに控えていた黒ずくめの男が暗殺者の猿ぐつわを外した。
「クロエ。クロエを殺しに来た」
「そう。クロエは女性の名前だね。どんな人なの?」
「特務隊のエース。茶色の髪、茶色の目、中肉中背。二十七歳」
「へええ、エースなの。そうかそうか。で、クロエはどうして殺されることになったの?」
「脱走した」
「何か失敗したの?」
「してない。突然消えた」
「脱走しただけ?」
「そうだ。忠誠を失った犬は殺せと、陛下が」
質問者が何度もうなずく。
「なるほど。君たちは辞めたくなっても組織を辞められないって聞いたことがあるけど、本当?」
「辞める?組織を辞める?」
「そうだよ。辞めたくなったら辞められるの?辞められないの?」
「辞める者はいない。動ける限り働く」
男は不思議なことを尋ねられたという顔をしていたが
「教官、事務、雑用、掃除。仕事はいくらでもある。組織を辞めることはない」
と説明した。
質問者は暗殺者の後ろの人物と目を合わせた。後ろの男が「やれやれ」というように肩をすくめた。
「それ、アシュベリーでは『奴隷』って言うけどね。給料を貰える奴隷だな。今回の事情はだいたいわかった。君たちは身分証を偽造して入国し、貴族の屋敷の敷地内に不法に侵入し、武器を持って建物内にも侵入。暗殺を実行しようとした。大変な重罪だよ。さて。次はこの国に住んでいる君の仲間のことを教えてもらおうかな」
そう言うと質問者は次々と質問をし、しばらくしてから牢獄を出た。続いて質問者の部下も牢獄を出る。牢番に声をかけた。
「もう少ししたら薬が切れるからよく見張っといて。警備兵を配置しておくけど、器用な人たちだから油断しちゃだめだよ。また脱獄されたら、今度こそ首だからね」
「はっ」
質問者は階段を登りながら頭部を覆っていた布を取り外した。サラリと銀髪が現れた。すぐ後ろを歩く部下に話しかける。
「私が作った連絡網、大成功だったね。暗殺者たちより早く連絡が届くなんて、我ながら感動しちゃうよ」
「はい。さすがは部長です」
エドワード・アッシャーの提案した周辺諸国からの緊急情報を伝える連絡網は早馬を次々に乗り換え人も交代して進み、夜間も情報が進み続ける。
「宰相は『維持管理に費用がかかり過ぎる』と言うけどさ、国民の安全のためにこそ税金を使うべきでしょうよ。他国の軍隊に攻め入られることを思ったら維持管理費用なんて安いものさ。今回それが証明されたよ」
「全くです」
「今夜はこれから彼らの仲間を捕まえなくちゃね。逃げられる前にもうひと踏ん張りしてね」
「はっ」
エドワード・アッシャーは満足げな顔で階段を登った。
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